服屋とお菓子屋
支払いを済ませた後、イグナルスは満足そうな顔で、私はげっそりした顔で店を出た。
「いやぁ、なんかおまけでもう一個人形ももらえて、ラッキーだったな!」
イグナルスは不恰好な人形を大事そうに抱きしめながらそう言った。彼の手には、不恰好な人形がもう一体増えている。
店の店主が、なかなか売れなかった人形を買ってくれた、もとい自分の趣味を理解してくれたことを喜んでおまけにもう一体、少し小さめの人形をつけてくれたのだ。
おかげで、変な人形が増えてしまった。イグナルスが満足そうなので、まぁいいかと思えるが。
「お人形買ってあげたし、次は私の行きたいところに行くよ。いいね?」
「ああ!」
イグナルスは元気にそう返事をした。余程ご機嫌なようだ。
服屋に向かう途中、その近くでアクセサリー屋を見かけた。あそこなら、リボンも売ってそうだ。
後で見てみよう。そう思いながら、私たちは行きつけの服屋へと向かった。
「いらっしゃいませ……って、ミズキじゃない!」
服屋に入るなり、私はそう声をかけられた。
「カレンさん。こんにちは」
私は彼女の名前を呼んで挨拶をする。
「どうしたの〜?服を買いに?あらその服、前にうちで買って行ったやつね?ちゃんと着てくれてるのね!嬉しいわ〜。あら、そちらのお二人は?」
よく喋る人だ。口を挟む隙もない。そう思いながら、私は彼女の質問に答える。
「私の“家族″。こっちはイグナルスで、こっちがフィデリス」
「へぇ……。お子様と、旦那様ってところかしら?」
面白がるように言ったカレンに、私はすかさず反論する。
「いや違うから!」
「俺は子供じゃないぞ!」
イグナルスも、ムッとしながら言った。
私とイグナルスに否定されたカレンは、私たちを見て笑いながら、「ごめんなさいね〜」と謝った。
「それで、今日はどんなご用?私に会いに来てくれたのかしら?」
カレンは店主らしくカウンターに戻りながら私に尋ねた。
「服を買いに来たんだよ、イグナルスのね」
「えっ、そうなのか?」
ギョッとした顔のイグナルスを見て、私はまだ言ってなかったことを思い出す。
「そうなのね〜!この子、着飾り甲斐がありそうだわ!そちらの方のはいいの?」
カレンは嬉しそうにしながら、フィデリスの方を示して尋ねる。
「フィデリスは……やっぱり嫌?」
「……服は落ち着かない」
私が念の為尋ねると、フィデリスは苦い表情で言った。着てみた時に、しっくりこなかったことがあったのだろうか。
本人が嫌がるなら無理強いするつもりはない。
「彼は大丈夫。イグナルスのだけお願い」
「俺の意見は聞いてくれないのか……」
私がカレンに答えるのを聞いて、イグナルスがショックを受けた顔をした。そんな彼を、カレンが店の奥に連れていく。
「はいはい、行くわよ〜」
おそらくは、奥にある試着室に連れて行かれたのだろう。しばらくした後、奥から「うわぁ〜!」という悲鳴が聞こえてきた。
……なんだかんだで新しい物好きな子だし、新しい服を買ってあげたら喜ぶはず。今日のも、いい思い出になるはず。……たぶん。
イグナルスのことはカレンに任せておけば大丈夫だ。それよりも、せっかく来たのだから服をいろいろ見ていこうと思う。
カレンの服屋は女性用のものも男性用のものも、大人用も子供用も、なんなら妊婦用の服まで、幅広く扱っている。
代わりに値段がお高めで、どちらかといえば富裕層向けの店だ。
カレンの店は魔法使いさんの行きつけの服屋だったようで、私はそれを頼りにこの店へと辿り着いた。魔法使いさんがこの店に通っていた頃の店主はカレンの祖母で、それを娘、孫と受け継いで今はカレンが店主となっているらしい。
私は女性用の服の売り場を見に行く。フィデリスもそれについてきた。
「あっ、これいいかも」
私は目についた服を手に取ってフィデリスに尋ねる。
「フィデリスはどう思う?」
尋ねられたフィデリスは、頷きながらそれに答える。
「いいと思う。……まぁ、我にはよく分からないのだが」
その答えを聞いた私は、服を戻すと、フィデリスの手を引いて今度は男性用の服が並ぶ方へと向かった。
買わないにしても、合わせるだけならいいよね。いろんな服を着てるフィデリス、見てみたいし。
私はそう思いながら、いくつかの服をフィデリスの体に当ててみた。
うん、やっぱ素材がいいから、どんなのも似合っちゃうね。
白いシャツも、黒いスーツも、青のコートも。彼ならどんなのでも着こなせそうだと思う。ただ本人にその気がないのが残念だ。
そうやって、しばらくの間彼に合いそうな服を当てて、コーデを考えるのを楽しんでいた。
それから三十分は経っただろうか。そろそろ店中を回って服を見るのに飽きてきた頃、カレンが私を呼んだ。
「ミズキ、お待たせ〜!」
カレンが満足そうな顔をして私に声をかける。その横には、ぐったりした様子のイグナルスがいた。
「どうかしら?」
そう言って、カレンはイグナルスをぐいっと前に出す。
彼が着ていたのは黒のブラウスに装飾の施されたベスト、それからフリルのついたハーフパンツに……。
……ガーターソックス。う〜ん、カレンさん、自分の好みに全振りしたね?
ブラウスのリボンやベストなどにところどころ紫が取り入れられているところを見るに、彼の見た目も意識して選んでくれたのだろう。少々不満げな彼には悪いが、とてもよく似合っている。
服の雰囲気はゴスロリ系……に近いかな?でもゴスロリって女の子のイメージだし……。ゴシック系?
ファッションには疎いのでちょっと分からないのだが、とにかくそんな感じだ。そもそも分かったところで、この世界ではまた違った名称で呼ばれている可能性だってある。
「おい、どうなんだ」
イグナルスに尋ねられて、私はハッとする。それから慌てて頷いた。
「うん、とっても似合ってるよ!」
「なんでだよ!?」
私は褒めたつもりなのだが、イグナルスはそれに文句を返した。
「ほらね、言ったでしょう?」
悔しそうにするイグナルスに、カレンが勝ち誇った笑みでそう言った。
「オーダーメイドで作ったら、もっと彼に合う服にできると思うのだけど、あなたはきっと断るわよね。だから、店にあるもので揃えてみたわ。お買い上げいただける?」
カレンにそう聞かれ、私は頷く。
「ありがとう、カレンさん。もちろん買わせてもらうつもりだよ、よく似合ってるし。……でももしかして、イグナルスはあまり気に入ってない?」
私がイグナルスにそう尋ねると、彼はむぅっと唇を尖らせながら答える。
「別に、俺にはよく分からないから、似合ってるっていうならいいけど……。でもこいつ俺を着替えさせてる間、ずっと変にニヤニヤしてたんだぞ!だから貴様も、本当は似合ってると思ってないのに、俺を騙してるんじゃないかって……」
「あぁ、そういうことか。あなたも被害者なんだね」
私がポンと手を打って言うと、イグナルスはキョトンとした。
「は?」
「あの人は人を自分好みに着せ替えてる時、いつもそうなんだよ。私も初めは驚いて、あなたと同じようなことを思ったよ。リンネもそうだったかな。でもセンスは抜群だから、似合わない服を選んだりはしない。そこは安心して」
私がそう説明すると、イグナルスはさらに目を瞬き、カレンは嬉しそうに笑う。
「よく分かってるわね!」
「そこ喜ぶところか?多分呆れられてるぞ」
カレンの誇らしげなセリフにイグナルスがツッコミを入れる。
「でも楽しかったわ〜。最終的にはこのコーデに落ち着いたけど、何を着せても似合っちゃうわね。素材がいいわ」
「カレンさんが楽しんでくれたならよかったよ。……ところで、全部でいくら?」
私は身構えながら、カレンの言葉を待った。彼女は私の質問を受けて、カウンターに向かう。それからそろばんのようなもので計算を始めた。
「えっと……、全部で八千ルーベね!」
「はぁっ!?」
そう声を上げたのはイグナルスだ。私は声も出なかった。今日とこれからのお財布事情に不安を感じてしゅんとしていた。
「じいやとばあやが一万ルーベだったんだろ!?」
「そんなことを大声で、こんな場所で叫ぶんじゃないよ……。私が人身売買に加担してるみたい……」
私が沈んだ声でイグナルスを嗜める。
高い。とても高い。つまり円換算で八万円だ。庶民として千円ちょいの服ばかりを着て生きてきた私には、服にこれほどお金をかける感覚は分からない。
でも、この店で買うつもりで街に来たのだ。やっぱりイグナルスにはいい服を着せてあげたいという思いがある。そこら辺のボロい中古服なんかで済ませるわけにはいかない。それに、とてもよく似合っている。
……仕事を増やせば、討伐に行けば使った分もすぐ戻ってくる。それに、城に行った時お金いっぱいもらったもん。
「分かった、払うよ……」
「ミズキ……」
イグナルスが私を見て呟いた。私はそれに弱々しく手を振り、カレンの待つカウンターへと向かった。
「ありがとう、また来てね〜!いつでも歓迎するわ〜!」
そうカレンに見送られて、私は心の中で「たぶんしばらくは来ないよ〜!お金ないから〜!」と返しながら店を出た。
あぁ、懐が寂しい……。
それでも、横にいるイグナルスが素敵な服を着て少し嬉しそうな表情を浮かべているのを見たら、文句は言えない。買ってよかったと思える。
「大事に着てね」
「ああ!……次はお菓子屋だな!行くぞ!」
頷いた途端に走り出したイグナルスを、私は慌てて追いかける。
「ま、待って!適当な場所に走って行かないで!」
イグナルスを捕まえて、またさっきのように手を繋ぐ。するとフィデリスも私のもう片方の手を取り、私たちはまた、三人並んで歩き出した。
しばらく歩いて、お菓子屋に辿り着くと、イグナルスは一目散に中へと駆けて行った。
「店内を走り回らないでねー」
私は彼を止めるのは難しいと判断して、代わりにそう声をかけた。そんな私を見て、フィデリスが言う。
「本当に、彼の母親のようだな」
「フィデリスまで?それって、私が大人っぽくてお母さんみたいにしっかりしてるってこと?それとも単に、イグナルスが子供っぽいだけ?」
私が笑いながら尋ねると、フィデリスも穏やかな表情を浮かべて答えた。
「どっちもだな」
「えへへ、そっかぁ」
私たちはそんな会話をしながら、イグナルスの後を追ってお菓子屋へと入る。
イグナルスは興味津々に店内を見て回っている。私たちの姿を見つけると、いくつかのお菓子を持ってこちらへと向かってきた。
「おい!これはどんなお菓子だ?」
そう言ってお菓子を見せてきた彼に、私は答える。
「チョコだね。甘いよ」
「こっちは?」
「グミだね。物によるかもだけど、甘いよ」
「甘いのしかないのか!」
「しょっぱいのもあるんじゃない?」
私が答えると、「まあ俺は甘いのが好きだから甘いのを買うけどな!」と言ってイグナルスはまたお菓子を見に行った。
私はフィデリスと店内を見て回りながら、イグナルスの買い物が済むのを待っていた。
「そういえば、フィデリスってお菓子食べるの?」
「いや、あまり食べないな。……ノーラの作った焼き菓子なら食べたことはあるが」
「おいしいよね〜、おばあちゃんのお菓子は」
店の外に出てなんとなくそんな言葉を交わしているうちに、イグナルスが帰ってきた。
「一人で買えたんだね」
彼が手に持っている紙袋を見ながら、私はそう言った。イグナルスは大きく頷いた後、私たちに近づいて袋を開ける。
「見せてやる!これは棒付きの飴だな。んでこっちは、棒のついてない飴だ。いろんな味があったから、いっぱい買ったんだ!」
そう言って袋の中のお菓子を一通り紹介してくれた。そのほとんどが飴で、チョコやグミなどの飴以外のお菓子が一個ずつくらい。イグナルスのお気に入りは、やっぱり飴ちゃんのようだ。
「イグナルスの買い物が済んだなら、そろそろ帰るか」
お菓子屋を出てから、フィデリスがそう言った。
イグナルスはそれに不満そうにしていたが、自分も疲れているのか、渋々不服そうにしながらも頷いた。私も頷きながら、少し考える。
う〜ん、なんか忘れているような……。
「そうだ。俺だけが食べるのも悪いからな、みんなにもちょっとずつお菓子を買ったんだ。ミズキとフィデリスのもあるぞ。あとはじいやとばあやと、オリヴィエと、リンネのだ!」
イグナルスが歩きながら、楽しそうにそう言ったのを聞いて、私は思い出す。
ハッ!そうだ!リンネにリボンを見てきたらって言われてたんだ!
「ごめん、二人とも!ちょっと見ていきたいところがあるから、先帰っててもいいよ!」
そう言って私はさっき見つけたアクセサリー屋さんの方へと向かう。
「待て!ずるいぞ!俺も行く!」
イグナルスはそう言って私を追いかけてきた。たぶん彼が行っても楽しくはないと思うのだが、本人がついていきたいと言うのなら仕方ない。
さすがにフィデリスは帰るかな、と思いながら振り返って確認すると、彼も無言で後ろをついてきていた。
「あはは!二人とも、ついてきてくれるんだね」
「当たり前だ。一人にするわけにはいかない」
フィデリスがそう言ったのを聞いて、ときめきを感じた後、オリヴィエが頭をよぎる。そういえばフィデリスは彼に頼まれて私たちについてきたりしているだけなのだ。
……ま、一緒に買い物できるだけでもいいかな。理由がなんであれ。
そう思いながら、私はさっきのアクセサリー屋を目指して、二人と並んで歩いた。
ちょっといつもより遅めの時間に投稿になってしまいました。
服屋さんの登場です。