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買い物の約束

 次の日。

 私はロビーの椅子に座って、向かいに座るイグナルスを見ながら考え込んでいた。

 「うむ……」

 「な、なんなんだミズキ?俺の顔に何かついてるのか?」

 不安そうに自分の顔をペタペタと触るイグナルスを見ながら、私はもう一度「うむ……」と唸った。

 私が見ているのは、イグナルス本人というよりは、彼の着ている服である。

 今彼が着ているのは、フィデリスが着ているのと同じような、布を巻きつけた服だ。もはや服と呼ぶのかも怪しい。けれど一応体を隠せていて、何故か着崩れることもないので、服なのだろう。

 イメージでいうと、古代ローマ人の服装みたいな感じだ。あれはもうちょっと肌が隠れていた気がするが。

 フィデリスはもう諦めている。服を買おうと言っても断られるし、無理に渡しても袖を通してもらえるとは思えない。以前シャロンティーヌ様に招待されて城へ向かう途中、彼にお姫様抱っこをされてその服のいかがわしさに改めて気づいたため、今度こそ服を買うなどと意気込んだが、やっぱり無理な気がする。

 だがイグナルスならいけるのではないだろうか。フィデリスが何故服を変えるのを頑なに拒否するのかは分からないが、イグナルスにはその変なこだわりもないだろう。彼はまだ小さいためフィデリスほど露出はないとはいえ、どうせならちゃんとした服を着せたい。

 「……イグナルス」

 「なんだ?」

 私の呼びかけに、イグナルスはどこか警戒するような硬い声で答える。

 「前に、街に行きたいって言ってたよね?」

 「え、あぁ、確かに言ったが……。まさか、連れて行ってくれるのか!」

 イグナルスは期待に満ちた目でこちらを見ている。それを見て、私はニヤリと笑みを浮かべた。それがバレないように表情を取り繕ってから、私は言った。

 「そう、連れて行ってあげようと思うの。明日にでも。どうかな?」

 「ああ!行く!」

 「決まりだね!」

 元気に返事をしたイグナルスに、私はホッとする。

 あとは、街に来ていける服を適当にイグナルスに着せて、いい感じに服屋まで誘導できれば……。

 そんな計画を頭の中で立てている私の後ろにいつのまにか立っていたオリヴィエが冷たい声で私を呼ぶ。

 「ミ〜ズ〜キ〜?」

 「うわぁ!?」

 思わずビクッとして振り返ると、そこには般若の如き顔のオリヴィエがいた。

 「何を勝手に街へ行く計画など立てているのでしょうか?」

 「そんな怒ることでもないよね!?」

 私が慌てて言い返すと、オリヴィエはいつもの表情に戻って言った。

 「確かにそうですね。ただ、あなたは放っておくと事を大事にして戻ってくるので……」

 その言葉に、私は「うっ」と呻き声を上げた。案外その通りである。

 「でもだからって、そんな怖い顔しなくても。せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?それにほら、イグナルスも怖がってる」

 私はそう言って、向かいに座る涙目のイグナルスの方を示す。

 「おや、震えていらっしゃる。すみませんね、うちの主人が」

 「いや、イグナルスが震えてるのはあなたのせいだよ」

 そんな私とオリヴィエのやり取りに気が抜けたのか、イグナルスはガタガタと震えるのをやめ、いつもの無表情に戻った。

 「それで、明日本当に連れてってくれるのか?それとも、ナシなのか?どっちなんだ?」

 イグナルスがムッとしながら尋ねてきたので、私は彼の期待に応えるべく胸を張って言った。

 「もちろん、連れてくよ!」

 しかし、オリヴィエがそれに口を挟んできた。

 「難しいのでは?僕は明日月に一度の屋敷の全体の清掃を行う予定です。リンネともその話をしてきました。ジークとノーラを連れて行くわけにもいかないでしょう?」

 オリヴィエの言葉の、私は首を傾げる。

 「私、一人でも平気だよ?」

 「いやだから!あなたを一人で放っておいたら、何をしでかしてくるか分からないでしょう!?」

 彼が呆れと怒りの混じった声でそう怒鳴るように言ったのを聞いて、あ〜、なるほど、そういうことね〜と私はうんうん頷いた。

 「まぁあなたが望むのなら、大掃除はまた後日でもいいのですが……」

 「いや、それは申し訳ないよ」

 私は自分の都合で誰かの予定を乱したりはしたくない。

 ……かといって、期待させちゃったのに結局行けないってのも、イグナルスをガッカリさせちゃうしな……。

 う〜ん、としばらく考えた後、さっきオリヴィエが上げた名前の中にはいなかったもう一人の“家族″のことを思い出す。

 「あっ、フィデリスは?彼についてきてもらうのはどうかな?」

 私がいいことを思いついたと人差し指を立てながら言う。

 「フィデリス様ですか?なるほど、彼なら……。しかしあなたが自ら彼を推してくるとは思いませんでしたね。いつものあなたなら、真っ先に彼に迷惑がかからないようにと考えるはずですが」

 オリヴィエがそう言ったのを聞いて、私も確かに、と思った。

 「ん〜、もしかしたら……。私、フィデリスと久しぶりにお買い物がしたいのかも……?」

 顎に手を当てて考え込みながらそう言った後、自分がそう思った理由をなんとなく察して赤くなる。さらに周りに人がいることにも気づいてさらに顔を赤くする。

 「もしかして俺、邪魔か?」

 居心地悪そうに言ったイグナルスに、私はブンブンと手を振る。

 「全っ然そんなことないから!と、とりあえず、フィデリスに予定確認してくる!」

 私はそう言い残すと、勢いよく扉を開けて屋敷を出た。

 残された二人はポカンとして、しばらく私の出て行った方を見た後、堪えきれなくなったように笑いをこぼしていた。


 「フィデリス〜」

 いつもより小さくなった声で、私は彼の寝床の洞窟に声をかける。

 「……ん?あぁ、ミズキか」

 中から割とすぐに返事があったことに驚きながら、私は声を返す。

 「起きてたんだ」

 「あぁ。最近、あまり眠れなくてな」

 彼の答えを聞きながら、私は洞窟の中へ入る。そして、彼の隣に腰を下ろした。

 「……魔法使いさんのこと?」

 私が尋ねると、フィデリスは黙り込む。しかし彼の様子を見るに、きっと図星なのだろうと分かった。

 そりゃ気にするよね。仲良しだった人が、殺されてたんだもん。しかも、昔自分と自分の家族を傷つけた相手に。

 「……其方は」

 しばらく黙っていたフィデリスが、重い口を開いて小さな声で言った。

 「其方は、ミネルヴァが殺されたのは、我のせいだと思うか?」

 「そんなわけない!」

 フィデリスが暗い声でそう尋ねてきたのに対して、私は反射的にそれを否定した。

 「そんなわけない。悪いのは竜国の国王でしょ?あなたを追い出して、魔法使いさんのことを殺して。あなただって被害者なんだから、だから……」

 フィデリスが悲痛な顔をしていたのを見て、胸がキュッとなった。彼は今そんな私よりももっと傷ついているはずだ。

 あなたの大切な人になって、側にいるだけであなたの苦しみを和らげられるような、そんな存在になれたらいいのに。

 そう思いながら、私は彼の服の裾をぎゅっと掴んでいった。

 「あなたのせいだなんて、そんなこと思わないで。ね?」

 私は彼の顔を見上げて、安心させるように笑いかけながら言った。

 ……まぁ、私の笑顔にそんな効果があるはずはないんだけど。

 そう思うと、ちょっと気恥ずかしくなってきた。この後どうすればいいのだろうか。

 そんな風に考えていると、突然、フィデリスに抱き寄せられた。

 強めの力でグンと引っ張られ、抵抗する隙もなく私は彼の腕の中にすっぽり収まる。

 「……え、ちょっ!?フィデリス?」

 しばらく呆然としていたが、我に返って状況を理解した私は、彼の名前を呼ぶ。

 ……なんか前にもこんなことあったような!?

 一方で彼は、慌てる私とは正反対に落ち着いた様子で、私に話しかけてきた。

 「其方といると落ち着くな。雰囲気も、発する言葉も、笑顔も。其方といられれば、我の睡眠不足も解消されそうだ」

 「えぇ、そう……?それは、よかった……?」

 私のしたことも無駄ではなかったと言うことだろうか。それはホッとした。

 でも耳元で喋られるとくすぐったいんだけど……。

 「んと、じゃあ……一緒に寝てあげようか?」

 私がさっきの彼の言葉を元に、思いつきでそう言ってみると、フィデリスはそれに対してさっきとはまったく逆の行動をとった。

 突然グンと、今度は突き放されて、私はキョトンとする。

 壁際に座り込み、しばらく目を見開いていた私を、だんだんとショックが襲ってきた。

 「そ、そんなに嫌だった……?あなたが、私といれば睡眠不足が解消されるかもって言ったから……」

 私が掠れた声でそう説明すると、フィデリスは頭を抱えた。

 「誰にでも、そのようなことを……?」

 「え?いや、そんなこと言われたこともないから、言ったこともないけど……。リンネに同じようなこと言われたら、同じように返すかな」

 私が身近な人を思い浮かべながらそう返すと、フィデリスは今度は少し残念そうな顔をした。

 今日の彼は、表情がコロコロ変わる。悲しそうにしたり、必死の形相になったり。できれば笑っていて欲しいのだが、嬉しそうな表情を見れるチャンスだった時は、彼の顔は見えない位置にいた。

 「……ミズキ」

 「ん?」

 フィデリスに名前を呼ばれて、私は顔を上げる。

 どうしたの、と口を開こうとした私のすぐ真横に、フィデリスが手を伸ばしてくる。フィデリスは私の真後ろにある壁に手をついて、私を冷たい、しかしどこか熱を帯びた目で見下ろした。

 「そういう言葉は、軽率に他人に言ってはいけない。我との約束だ」

 キョトンとしながら、私はその言葉を聞いていた。そのうち、だんだんと今の状況に理解が追いつく。

 ……ふぁっ!?こ、これってまさか!か、壁ドン……!?

 フィデリスはそんな私の顎をもう片方の手で持ち上げて、さらに顔を近づけて言った。

 「分かったな?」

 「は、はひ……」

 いろんな意味でドキドキはしたが、ちょっと怖かった。いや、かなり怖かった。

 すんごい美形に冷た〜い目で睨まれた。しかも、なんで怒ってたのかがまだイマイチ理解できない。

 うぅ……。距離が縮まったと思った途端にこれだよ。困っちゃう……。

 「……それで、今回は何の用だったのだ?」

 「……あっ!?そうだった!」

 フィデリスにそう尋ねられて、私はまたいつもの調子を取り戻す。

 「えっとね、明日イグナルスと街に買い物に行くんだ。でもみんな忙しかったりして、ついてこれる人がいなくて……。そこで、フィデリスに付き添いを頼めないかな?」

 私がそう言うと、フィデリスは間髪入れずにそれに頷いた。

 「了解した」

 「あっでも、人混みだよ?いつもと違って、送り迎えだけじゃないし。無理はしないでほしいんだけど……」

 私は心配して彼を見たが、彼はは首を振った。

 「問題ない。ミズキの頼みだしな」

 私はそれを聞いて、パッと顔を輝かせた。

 「やった!ありがとう、フィデリス!」

 これでイグナルスを悲しませることもない。問題解決だ。

 私は立ち上がって洞窟の出口の方に向かう。

 「ホントにありがとう、フィデリス。それじゃ、また明日ね!」

 「あぁ、また明日」

 私は別れの言葉を交わすと、洞窟を後にした。


 「あぁミズキ、おかえりなさい。遅かったですね」

 屋敷に戻ると、オリヴィエが出迎えてくれた。のんびり椅子に座ってイグナルスとおしゃべりをしていたようなので、おそらくはずっとここにいたのだろう。

 「うん、いろいろあってね……。あっ、せっかくだから聞いてもいい?」

 「なんでしょうか?」

 私はさっきの疑問を解消すべく、オリヴィエに質問した。

 「フィデリスが、一緒にいたら睡眠不足解消になりそうだって言うから、一緒に寝てあげようか?って言ったら、なんかちょっと怒らせちゃったみたいなんだけど……。なんでか分かる?」

 私がそう尋ねると、オリヴィエは口をあんぐりと開けた。目線を少しずらすと、イグナルスも同じような反応をしているのが見えた。

 何故……?

 首を傾げる私に、オリヴィエが咳払いをしてから答える。

 「その、ですね……。男女が一緒に寝るというのは、いろいろと問題があるといいますか……。いえ、そういう関係であれば問題はないのかもしれませんが……」

 彼の答えに、私はまた首を傾げる。

 「オリヴィエ、説明下手だね。歴史の勉強に付き合ってくれてた時は、もっと上手だったはずだけど」

 「そうだ、もっとはっきり言ってやれ」

 イグナルスも外野からそんなことを言ってきた。

 「そう言われても!あぁ、とにかく、年頃の娘が男と寝るのは、ちょっと問題なんですよ!まああなたからしたらフィデリス様なんて、おじいちゃんみたいなものかもしれませんけど!」

 「そんなことはないよ!?」

 咄嗟にそう反論した後で、私はハッとした。

 あっ、もしかして、そういう話?

 思い当たる節を見つけて、私は冷や汗が出てきた。

 私もしかして、まずいこと言っちゃった……?こ、これじゃあ、私痴女!痴女だよ!?

 「フィデリス様が頑なにこの屋敷で暮らすのを拒否する理由が分かった気がします……」

 そう言ってオリヴィエは頭を抱え、イグナルスは立ち尽くす私を見てゲラゲラ笑っていた。

 明日、どんな顔してフィデリスに会えば……。

 私は呆然と立ち尽くしながら、そんなことを考えていた。

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