25、とんでも師匠(side:ダヴィド2)
狼たちは唸り声をあげながらジリジリと、距離を詰めていく。どうやら雰囲気ががらりと変わったブランシュに警戒しているようだ。
対して、ブランシュはただ狼たちを見つめているだけで動こうとはしない。狼たちの出方でも見ているのだろうか、それとも何か策でもあるのか?
両者が睨み合う膠着状態から、先に動いたのは狼の方だった。
真っ先に飛び出してきたのは先頭に立つ二匹だ。毛並みから見てまだ若いと思われる。二匹とも真正面から真っすぐと、ブランシュへと飛びかかった。
あと少しでブランシュに食いつかんとする時、唐突につむじ風が狼たちに向かって襲い掛かる。二匹は成す術もなく風の刃で切り刻まれた。
続いて飛び出してきたのは三匹。同じように真っすぐに走って来たと思ったが、ブランシュが反応を示した途端に三匹バラバラに散開した。先程のものより少しは知恵が回るようだ。
しかしブランシュはその程度で驚くことはなかった。
右側から飛び出してきた狼には先ほどと同じように風で切り裂き、一匹目に隠れて飛び出してきた二匹目には水球を作り出し閉じ込めた。
その隙に背後に回り込んでいた三匹目だったが、飛びつくよりも先にブランシュが土壁を背後に作り出したので突撃して衝突したところを氷の礫で攻撃して撃破。
瞬く間に五匹を倒された狼たちはブランシュの強さにたじろいでいるようだ。
狼たちはまだ多く残っているが皆一様に耳が後ろを向き、尾が下がっており、戦意を喪失している。中には尾を股の間に巻き込み挟み込み、委縮しているものもいる。
「へぇ、やるじゃねーか! でもまぁ、このくらいはまだ準備運動ってとこだろ?」
暫くすると狼たちが左右へと割れて道を作った。すると奥から他の狼たちよりも二回りほど大きな巨体をもつ狼が現れた。
「ボスご登場だ」
大きな狼は、体中に古傷が見られ歴戦の戦士であることが伺える。過去には人間と戦ったこともあるのかもしれない。そしてきっとこの狼に食い殺された人間もいるのかもしれない。そう言った強者の貫禄がこの狼にはあった。
「ウオォーーーーン!!」
ボス狼は遠吠えをすると、ブランシュへ向かって飛び込んできた。
ブランシュは再び土の壁を作り上げるが、ボス狼は易々と飛び越えてしまう。ヤツにはそんなもの何の障害にもならない。
ブランシュは素早く氷の盾を作り上げ攻撃をしのぐものの、小柄な彼女は簡単に弾き飛ばされてしまう。
しかしその程度でやられる俺様の弟子ではない。
素早く起き上がると、炎の弓矢を作り上げかまえる。追ってきたボス狼をギリギリまで引き付けると、矢を放った。
近距離ではなった矢はそのままボス狼を射抜くと思われたが、簡単にやられるボス狼ではない。
巨体に似合わない素早い動きで矢を躱すと、矢を放ったばかりの無防備なブランシュへと迫る。
「この程度、ではないよな?」
にやりと笑うと、俺様の言葉にこたえるかのように先ほどはなった火の矢がくいんと曲がり方向を変え、再びボス狼へと迫る。
「ガァっ!」
背後から自身を狙い迫ってくる矢に、ボス狼は気が付き紙一重で躱し避けた。しかし完全に矢を避けることは叶わず、左半身を負傷した。滴り落ちる血の量を見るに、かなり深手を負ったに見える。
「グルグルル……」
ボス狼は一旦ブランシュから距離をとると、殺意の籠った目で睨みつける。怪我負ったことで引くかと思ったが、殺意と闘志の籠った奴の目を見るかぎりその気はなさそうだ。
しかしもう既に勝敗は決まったも同然だ。ブランシュの勝利で間違いない。
「まあ、俺様の弟子なら当然だよな」
天才宮廷魔術師の弟子なのだ。この程度でやられてもらっては困る。
勝敗の結果は想像通り。だが、想像とは少々外れたものがあった。
「切り替えが早すぎる……」
別々の属性の魔法を出すスパンが予想よりも遥かに早い。あの速さで憑依している精霊が入れ替わることが可能なのだろか? 精霊が入れ替わる様など実際に見るのは初めてなので、どのくらいのスパンが必要なのか正確にはわからないが、それにしても早すぎる。
まるで一人の精霊が様々な属性の魔法を使用しているかのようだ。しかしそんなことがありえないのだけはわかっている。
今にでも飛びかかってきそうだったボス狼が殺気を納め、大きく一声鳴いた。その声をきっかけに狼の群れは踵を返し、一斉にその場から走り去ってしまった。
「あん? なんかあったか?」
まるで何かに怯え逃げ去るかのように。その場に残ったのは、ブランシュ一人。
「……どうしたんだ?」
いったい何があったのか。ブランシュも何かに気が付いたようで、山の方を見つめている。俺様もそっちに視線を向けるものの何も見えない。
暫くすると、ドドドという大きな音が聞こえてきた。
「なんだ、この音は?」
音がする方向は、ブランシュが視線を向けている先だ。そこには雪が降り積もり、白くなった山がそびえている。先程は何もなかったその場所に山の上から膨大な量の雪が滑り落ちてきている。
「……雪崩か!」
フルーレティのせいで現在、例年は見られないほどの雪が降り積もっている。この辺りでは積雪などめったに見られないというのに。
フルーレティが倒されたことによって寒さが緩み、積もった雪が溶けだして流れが起こったのだろう。
「おい、ブランシュ逃げろ!」
流石に自然災害はどうしようもない。こうなってはあいつの力を測っている場合ではなくなった。狼たちはとうに逃げてしまい一匹もいない。これでは意味がない。
轟音を響かせ、何もかもを平らげ進む雪崩。ものすごいスピードで迫ってくる。今はまだ遠いが、あの距離ならここまで来るのもそうかからないだろう。
すぐにこの場所から離脱させる必要がある。だというのに、ブランシュは逃げる素振りすら見せない。
「っくそ!」
俺様が飛行魔法で飛んで行ってあいつを連れて離脱するしかねぇ。雪崩はすぐそこまで来ている。間に合うだろうか。いや、
「間に合わせんだよ!」
飛行魔法に魔力を全て回し、俺様が出せる全速力でブランシュの元へと向かう。魔力を全て飛行魔法に回しているので障壁魔法はない。風圧で間を開けるのも辛いが、ギリギリ前は見える。問題ない。
そう遠くない距離のつもりだったが、急いでいると酷く遠く感じる。
あと数十メートルでブランシュのいるところへたどり着く。しかし雪崩も足が速く、すぐそばにまで来ていた。
「間に合え!」
俺様はブランシュを掴むために手を伸ばす。
ほぼ同時に、ブランシュも手を伸ばした。しかしそれは俺様に向かってではなかった。迫りくる雪崩に向かってだった。
ブランシュが右手を翳すと、白い光が雪崩に向かって舞うように向かって行った。
ブランシュが何をしたのかわからない。火魔法で溶かそうとしたのか? 雪の塊程度なら出来ただろうが、小さな村を丸ごとのみ込んでしまうようなサイズの雪崩を火魔法で消すことなど不可能だ。
そんなことよりも逃げるのが先決だ。俺様が、ブランシュの手を掴み無理矢理引っ張り上げようとした時、目の前に白い壁がそびえ立った。いや違う、雪崩が目の前に迫ってきていた。
飲み込まれる。そう思った瞬間、目の前に閑散とした野原が広がった。
一瞬転移でもしたのかと思った。だがそれは違った。見えるのは見覚えのある風景。ここは間違いなく先程までブランシュが狼の群れと対峙していた場所だ。俺様たちは動いてなどいない。
転移したように感じたのは、景色が突然変わったからだ。目の前まで迫っていた雪崩が一瞬で消えてしまっていた。いったい何が起きた。
「火魔法で溶かしたのか? いや、無理だろ。一瞬であの量は無理だ。それにそんなことしたら雪が解けて大量の水になるはずだ。それすらもないって、……まさか、空間魔法か?」
空間魔法とは別の空間に穴をあけてつなげる魔法だ。魔術師の魔力によって広さは変わる。すごい奴だと時間停止の効果までつけられるらしい。アツアツの料理とか保存出来て便利だ。
空間魔法とはかなり上位の魔法だ。残念だが俺様には使えない。別に俺様が劣っているからとかじゃねぇ。付与魔術師の専門外だからだ。
空間魔法を得意とするのは、錬金術師か精霊魔術師だ。人によって賢者と妖術師も出来るやつもいる。
錬金術師が空間魔法を施したマジックバックが一般向けに売られている。容量がデカいほど高いし、時間停止効果まであるやつになるととんでもない値段で売っている。
一般人では一生かかっても手の出せるようなものではないだろうが、俺様は高給取りなので、そこそこの容量が入る時間停止効果の付いているマジックバックを持っている。それでも流石に雪崩を入れることは出来ないだろう。
雪崩のようなバカでかいものが入る空間魔法なんて使えるのはほんの一握りだ。
それをこいつが使えるってのか? ハハ、おもしれぇ。もしかしたらブランシュの中には最上級精霊なんかよりももっとすごいのが入っているのかもしれない。
それこそ聖女ブランディーヌの生まれ変わりだったりするかもな。
まあ、精霊にしろ精霊じゃないにしろ俺様の専門じゃあねぇ。こういうのは専門家に任せるのがいいだろう。丁度精霊術師の友人が今年から魔術学院ソルシエールの教師になる。あいつに任せよう、それがいい。
別に丸投げするわけではないからな。
雪崩を丸ごと空間に取り込んだブランシュは、糸が切れたように倒れ込んだ。これは前回の時と同じだ。
おそらく次に目が覚めた時はいつもの貧弱な弟子に戻っていることだろう。
さて、とりあえず検証も終わったしあとはこいつを魔術学院ソルシエールに行かせるように仕向けないとな。
意識を完全に手放したブランシュを担ぎ、俺様は今後のことを考えながら屋敷へと向かった。
◆
ブランシュは二日後の夕方にようやく目覚めた。
問題ないとは思うが一応と、見舞いに顔を出したのだが、俺様の顔を見るなり突然頼みごとがあるといって頭を下げてきた。
「師匠、障壁魔法を教えてください!」
「あ? ダメだ」
間髪入れずに却下すると、ブランシュは絶望の表情を浮かべた。コイツ俺様が許可するとでも思っていたのだろうか。いきなり障壁魔法はないだろ。
「な、なんでですか!?」
こいつ断られると思っていなかったのか、盛大に驚く。
二日前まではやる気なんざなかったってのに、どうやら心境の変化があったらしい。でもなんて障壁魔法なんだ? こいつにはまだ早い。断じて初心者に教えれるようなもんじゃない。
でもまあ、障壁魔法に興味があるならそれで釣ればいいか。
「障壁魔法はお前みたいな初心者に教えられるもんじゃね―んだよ」
「じゃ、じゃあ、いつ教えてくれるんですか!」
思惑通りブランシュは食いついてきた。俺様は真剣な表情を作って、至極真面目なトーンで答える。
「王都へ行け」
「え?」
「そして魔術学院ソルシエールに入れ」
精霊と相性が悪い俺様ではこいつの面倒は見切れない。なら専門家に任せるのが丁度いいだろう。コイツが入るころには都合よくアイツもいるわけだからな。
「そこに行きゃ、障壁魔法も教えてもらえるさ」
「!」
障壁魔法と口にするとブランシュはわかりやすく目を輝かせた。
「だが、今のままのお前だと間違いなく試験で落ちる!」
「そんな……。ど、どうすれば試験に受かりますか?」
「安心しろ、そのために俺様がいるんだろ!」
そう自信満々で言うと、ブランシュは安心と期待に満ちた視線で俺様を見上げた。
とはいっても今一番にこいつに必要なのは魔法の技術でも知識でもない。
「まずは、筋トレだ」
「え――!」
魔力は十分。素質もある。魔法の知識は学校に入ってからでいい。なら今あいつに足りないのは体力だ。下手してぽっくり逝っちまったら元もこうもねーしな。
ブランシュの家族に聞いた話では昔は死にかねない程に病弱だったらしいが、今はまだましになった方らしい。
病弱であることは未だに変わらないが、死ぬほどのことはない。なら足りないのは体力だ。多少無理しても体力さえあればなんとかなる。今のようにほいほい倒れることもなくなるだろう。
体力さえあれば、安定して魔法も使えるようになる。魔力があっても体力が無かったら魔力が揺らいで大した威力も出ない。
ブランシュは既に魔力が多いのだから体力さえつけば、魔法の生道も上がるだろう。
そこまでやっとけば、あとは学院の教師たちに丸投げすればいい。特にあいつはお人好しだしどうにかしてくれるだろう。多分。




