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第65話:タルボのネック交換&最後の文化祭ライブ(8曲目『もみじ』(オリジナルソング))

 わたしたちは、体育館の薄暗い舞台袖に立っている。

 あれから、さなちゃんは新曲を作り上げた。

 文化祭ライブに無事、間に合う。

 そしてわたしは、名曲に頑張って合わせた歌詞を書き上げた。

 満を持してこの場に立っている。


『もうこの子のネックがそろそろ限界でね。新しいネックが今日、届くんだ』


 一週間前、さなちゃんは自分のギター、赤いタルボの話をした。

 ネックというのはギターの弦を押さえる部品のことだ。

 それはベースも同様で、木の部分、金属の部分。

 ネックの中身のトラスロッドと呼ばれる金属の棒。


 タルボのボディはアルミだ。

 けれどネックは木で出来ているので、その金属の棒で反らないように調整されていた。

 それらが彼女のように弾き続けると、思い通りに弾けなかったり。

 音程が狂うので交換が必要な場合もあった。


『もえちゃんの誕生日の十日後の二〇二五年六月二十五日。東海楽器さんがタルボの新作、『ACV-501 Talbo3』の発売を発表したんだ。最初はこれのレッドを買ってサブとして使おうと思ったんだけど、価格が三十九万六千円だからさらに貯金してからかな』


『へぇー、穴があいてるんですね』


 わたしは彼女の赤いスマートフォンに表示された画像。

 それを見て、《軽そうだし穴のところに指を突っ込んでみたいな》と思った。


『過去にTalbo Jr.(タルボジュニア)って言うアンプスピーカー内臓のがあったんだけど、それも穴あきで今回のはそれを通常サイズの現行品タルボに採用した感じだね。あっ……来たよ。……おぉ、木の色も明るいし、ピカピカだ』


 わたしは彼女の部屋で、届いたネックを開封し、交換の作業を見せてもらった。

 ドライバーでネジを緩め、慎重に本体からネックとワッシャーを外した。

 新しいネックを差し込み、ネジで締めて細かい調整をした。


『おぉ、弾きやすい。これで最後の文化祭ライブもいけるよ』


 さなちゃんは、まるで我が子がはじめて歩いた姿に喜ぶ母親のように。

 とびっきりの笑顔で、アンプに通さずに軽く弾いてみせた。

 彼女のレアな笑顔を見て、わたしは自分のことのように喜んだ。


 それから、他のギターで代用したり。

 新しいギターを買わずに部品を交換してまで愛用し続ける彼女を。

 本当に一途で裏切らない、素敵な人だと改めて思った。


「円陣組もうか」


 回想が終わる。

 リーダーのさなちゃんがそう言う。

 わたしとえまちゃんは黙ってうなずく。

 るかちゃんは嫌なのか、腕を組んでこちらを見る。

 なので彼女を待っていると、溜息を吐きながら近づいて手を伸ばす。


 丸く囲んで、さなちゃんの次の動きを待つ。

 彼女が右手をゆっくりと前に出したので、その上に自分たちの手を重ねる。


「行くよ?……エイエイ――」

「オー!」


 全員で掛け声を大声で言うと、重ねた手を下へ押し、薄暗い舞台袖から移動する。

 観客は拍手してくれ、各々、機材のセッティングをする。

 それがスムーズに終わると、


『こんにちはー、みなさん。夜風コーヒーです』


 と、わたしはマイク越しに言うと、


『まぁあのですね。十八年間、生きたわたしも、広島の文化や美味しい食べ物をさらに知り、《少しでも広島県民に近付けたかな?》と、思った所なんですが』

『うん』

『あのそれででしてね。《わたしもそろそろ、菊池さんみたいに広島弁を使おうかな?》と』

『ほぉ』

『――じゃけん』


 わたしは人差し指を立てて言うと、観客側から笑い声が聞こえる。

 何故だ? 一生懸命、練習したはずなのに。

 ドラム側からもクスクスと聞こえる。


『……いや、じゃけんのイントネーションが、¨邪険にする¨の邪険なんよ……。もう一回、ゆってみんさい』


 と、えまちゃんは、流暢な広島弁で正しい言い方を求める。

 なるほど、抑揚の問題だったか。

 それならわたしは再び自信たっぷりに、


『じゃけん』

『違う、じゃけん』

『じゃけん』

『じゃけぇ違うんよ。じゃけんじゃって。ゆえるようなるまで続けるけぇね』

『じゃけん』

『じゃけんね』

『じゃけん』

『じゃけんよ』

『あぁけもう! おぞいわぁー! 演奏すーよ! すーよ!』

『何で急に島根弁になるんよ。諦めんさんなや』

『ちなみに、じゃけんってどういう意味なんですか?』

『知らないでずっとゆっとったん!?『だから』って意味よ』

『……あっそ。それでは聞いてください。『もみじ』』

『何で『あっそ』ってゆうたんよ。あんたが訊いたんじゃろ』


 目を細めてぼそっと言ったわたしを、えまちゃんはツッコむ。

 わたしは、さなちゃんの方を見ると、彼女はうなずく。

 再びえまちゃんの方も見ると、彼女もうなずいてカウントする。

 次に新メンバーのるかちゃんを見ると、彼女はキーボードの音を出し、そしてやめる。


――えまちゃんがドラムスティックでカウントする。

 この曲は、るかちゃんが歌のメロディを座りながら、キーボードで弾くイントロからはじまる。

 音の種類はピアノの音色だ。




【秋がやってきて

もみじの見頃

たくさん苦しいことあったけど

また見れた


秋がやってきて

鈴虫の声

たくさん泣いたことあったけど

また聞けた】


 


 この曲の気に入っている部分は、さなちゃんの言う通りピアノの音だ。

 彼女は赤いタルボで六つのコードを鳴らす。

 わたしも灰色のベースで弾く。


 それからBメロの後に広がるピアノのメロディ。

 同時にシンセサイザーのピコピコ音。

 それがまるで、合唱曲を感じさせる要素になっている。


 そう、さなちゃんがわたしの歌を褒めてくれた。

 あの中学生の時の合唱コンクールが、わたしたちなりに表現して生まれた名曲なのだ。


 さて、ここからは、さなちゃんのギターソロだ。

 そのままリズムをわたしとえまちゃんで支え、後半に差し掛かる。

 今の所、わたしはミスしていない。

 

 ……中学三年生までのわたしは、オタク趣味という沼に肩まで浸かっていた。

 それは前世の弾けないのにベースを買うという行為も含めて。

 わたしはずっと聞く側で、聞かせる側ではなかった。


 それがこの夜風コーヒーというバンドに入ったのを境に。

 文化祭の季節の秋が、わたしはさらに好きになってきた。

 さなもえまもるかも大好きで、尊敬している。

 この灰色で、メカメカしいベースと同様に《出会えて良かった》と心底思う。


――さらに弾き続けると、


《……あれ!?……》


 わたしは内心、驚く。

 昨夜も練習し続けたし、演奏前も練習した。

 何度も弾き間違えたり、指がおかしくなりそうだった。

 この日を迎えてもしっかりと弾けなかったのに。


――それなのに、完璧に弾けることが出来たのだ。

 わたしは笑顔になる。

 マイクに近付き、歌に戻る。


 ……演奏後、わたしは思わずさなちゃんの両手を強く握る。

 楽器同士が、ぶつかった衝撃で、傷がつかないように背中へ回して。

 わたしはこのとてつもない喜びで、何度も彼女の両手をぶんぶんと上下に揺らす。


「やりました! 弾けるようになりました!」

「うん、とても良かったよ」


 と、さなちゃんは優しく言う。

 次にるかちゃんに近付き、その両手も強く握り締める。

 ところが、彼女は嫌がって、


「何だよ何だよ、くっつくなよ」


 と、突き放されたので、最後にえまちゃんにしようとする。

 けれど、えまちゃんは、「ええけぇ戻って」と言う。

 わたしは仕方なく、マイクスタンドへ戻る。


 わたしたちはお礼を言って、はける。

 観客の反応は好評だ。

 まるでそれぞれ好きな物を食べて幸せそうな顔をしている。

 これはるかちゃんのピアノの効果が大きい。

 やっぱり夜風の最後に必要だったのは、彼女だった。


 その後、わたしとさなちゃんは、三の一に戻る。

 出し物はボサノヴァ喫茶ではなく、自主製作映画だ。

 そのお手伝いをして休憩時に。

 三の三に居る、えまちゃんたちに会いに行く。


「あははははは!」


 その教室では、漫才をしている。

 あまりにも男子のコンビが面白くて、ゲラゲラ笑ってしまう。

 それと同時に、自分が今までやったMCが面白くなかった。

 その事実を突きつけられ、激しい自己嫌悪に陥った。


「……まぁ……ベースが上手く弾けるようになって嬉しいですね……はい」

「急にどしたん? 大丈夫?」


 と、わたしは暗い顔でそう言う。

 心配してくれたえまちゃんが、背中を優しくさすってくれる。

 文化祭一日目が終わり、路面電車を待つ駅で。


「……でも何ででしょう?」


 わたしは、あごに手をやり、首を傾げる。


「私も弾けるようになる時が突然、来たから一緒だった。良かったね、とても上手かったよ」


 さなちゃんは褒めてくれる。


「まぁ、三年も続けてたら誰でも上手くなるわ。それでもさなの言う通り、めっちゃ上手かったよ」


 るかちゃんもぶっきら棒に褒めてくれる。


「うんうん! ぶち上手だったわ! もえちゃん! ほいじゃあ、今まで録画した曲を録り直そうや!」


 えまちゃんもハイテンションで、褒めてくれる。

 両手を胸元に上げている。


 電車がやってくると、乗車する。

 四人並んで、席に腰を下ろす。

 わたしもさなちゃんも、ギターとベースが入ったケースを。

 足の甲に置いて手で支える。


 電車は、原爆ドーム前駅を過ぎる。

 黒いカラスが一匹、秋雲を背景に天辺で見下ろしている。

 ¨彼¨はいつも、わたしたちに戦争の悲惨さを。

 忘れさせないように、存在してくれている。


 ちなみに原爆の日に投稿した『ギバー』は。

 その動画で得た収入だけは毎月、寄付している。


 窓からの風景は、秋の夕焼け。

 そびえるビルと、走行する自動車やバス、歩く人々。

 いつもの日常風景だ。


 けれど、今日は特別。

 比治山楽器店に帰ると、本格的なレコーディングを行う。


「ほいじゃあ、『もみじ』を演ろっか! ワン・ツー・スリー・フォー!」


 と、えまちゃんは、とびっきりの笑顔でカウントする。

 わたしはマイクに向かって歌いながら、ベースを弾く。

 さなちゃんの私物、赤いノートパソコンの画面に音の波形が現れる。

 三脚に装着したわたしの灰色のスマートフォンは、この演奏風景を記録している。


 さなちゃんは、赤いタルボを涼しい顔で一円玉で弾く。

 るかちゃんは、その強面からでは予想できない美しいピアノのメロディを奏でる。

 わたしは、とてもリラックスしてベースラインを指で弾く。

 えまちゃんは、楽しそうに叩いている。


――さなちゃんのギターソロが来た時、


「……あれ……あれ!?……えぇ……」


 さなちゃんが右手を前に出し、もみじの演奏を中断する。

 わたしはかなりの¨ミス¨をして、みっともなかった。

 わたしは本当にベースが上手くなったのか?

 るかちゃんに厳しく批判され、二人は擁護してくれる。


「恐らくあれが、もえちゃんの¨ベストテイク¨だったんだろうね。ライブってその時その時で音が違うし、私だってミスするからね」


 さなちゃんの推察は完全に当たっていると思う。

 るかちゃんの言う通り、三年も弾き続ければ、誰でも上手くなるかもしれない。

 しかし、わたしの場合、まだまだみたいだ。






_____________________________________

――それからわたしたちは高校を卒業した。

 以前、進路の話をしたように、るかちゃんは短大へ進学。

 えまちゃんは保育士になるためにそういう学科を受けた。

 さなちゃんは音響を勉強するために専門学校へ。


 わたしは進学せずに引き続き、楽器店でバイト生活だ。

 三人が頑張っている中、バンド活動も細々と行っている。

 ユーチューブへの動画投稿を行うのも変わらなかった。


 変わったことと言えば、えまちゃんずっとやりたいことリストで。

 バスドラムのヘッドに『夜風Coffee』と。

 バンド名のロゴを入れてみたかったこと。

 祖母にベースの十六万円の借金を返済できたこと。

 チャンネル登録者数がちょびっと増加したこと。


 そうすると大手のレコード会社から、メジャーデビューのお誘いを受けたことがあった。

 けれどこれにわたしとさなちゃんは、『ユーチューバーという自由な活動を許された状態でいたい』という理想があり、お断りした。

 曲の権利や管理をするためにさなちゃんが、レコード会社¨ヴィンテージレッド¨を設立した。

 るかちゃんとえまちゃんは、『もったいない!』と騒いでいたけれど。


 そんな日々の中、わたしは前世で出来なかったことを二つ出来た。

 一つ目はベースを弾けるようになること。

 二つ目は高校を卒業すること。


 前世は高校卒業の間近に、病室のベッドの上で死んだ。

 文化祭ライブも夢のまた夢だった。

 来世では出来なかった、二つのこの夢が、一気に叶った。


 いつかこの現世が終わっても、相棒の灰色のベースとはまた会える気がする。

 仏教では輪廻から離脱すること、執着しないことが目標だとされている。

 しかしそれは、わたしにとっては出来ないことだし、別に輪廻して執着することは。

 わたしの場合は楽器だけど、恋人だった人に来世でも再会するなんて素敵だと思うんだ。






<完>

最後までご覧いただき、

ありがとうございました


※追記

ブックマーク、ありがとうございます


※2023.10.28

歌詞を書き直しました


※2023.11.3

コンテストという設定をボツにしました


※2024.5.6

完結当時、載せるか迷った4人のその後を追加しました

高校生編は終了ですが、2025年以降、

世の中がどうなっているのかわからないので、

とりあえず完結にしたのですが、

その時が来たら高校卒業後の

彼女たちの日々も投稿しようと思います


※2025.4.29

社会人編を投稿するよりも、

主人公のこの思いで終わった方が

完成した感じがするので、これにて完結にします

最後までご覧いただき、ありがとうございました


※2025.7.25

さなのタルボのネック交換を追加しました

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