第41話:2月29日は、るかの誕生日
※皆実えま視点
夜の十時、うち(皆実えま)は、ホールケーキを作り終えた。
道具の片づけをすると、歯磨きをして眠った。
うちは毎朝五時に起きる。
我が家の皆実家と宇品家の朝食とお弁当を作る。
自分の分を食べると、宇品家のソファでまた寝る。
いとこのるかに起こされる。
今日は、るかの誕生日だ。
彼女とうちは、いつも一緒に登校していた。
「るかってさ、夜風のキーボードやらんのん?」
「何よ急に」
うちらは路面電車の駅で、立って待っていた。
冬の朝風で体が、凍てつきそうになりながら。
「いや、夜風に入ってくれたらもっと楽しくなるのにって」
「あたしはバンドとか興味ないから」
「でもバンド活動したら、面白い物語が閃くじゃろ?」
「そうだな、最近書いてる」
「え、どんな?」
「主人公は前世でピアノを買うんだけど、来世でそいつをまた手に入れる感じ」
「……ちょっと執着が強すぎん?」
「そう?」
「うん。だってあんたぁ、それを人間に置き換えてみんさいや?『あんたぁ、前世でうちの夫じゃったけぇ、また結婚してーや』とか怖いじゃろ?」
「一途で良いと思うけどな」
と、るかは笑うので、うちはドン引きする。
電車が来て乗車しても、まだぶつぶつと創作のアイデアを披露してくれる。
なので、他の乗客さんが、眉間にしわを寄せている。
目を細めるうちのように。
うちとるかは、学校の近くの駅で下りる。
徒歩で向かい、校門を抜ける。
下駄箱で上履きにはき変える。
朝のホームルーム、午前中の授業。
昼食の時間は、バンドメンバーと一緒に食べた。
――それから長い授業が終わった。
ベースボーカルのもえちゃんは、比治山楽器店でバイトをしている。
うちは野球場の売り子、さなは喫茶店、るかは本屋で働いている。
もえちゃんのお仕事が終わると、うちらは彼女と合流して、宇品家へ向かう。
るかの部屋でパーティーをする。
「るかちゃんのお部屋すごいですね! 本だらけじゃないですか!」
もえちゃんの言う通り、るかの自室は幾つもの本棚がある。
そこには日本から世界の小説が収まってある。
「かっこいいですねー」
と、もえちゃんは言う。
「別にかっこよくないよ。普通でしょ」
と、るかは返す。
「いえ、るかちゃんが」
「は?」
るかは、もえちゃんの方を見て眉を寄せる。
「どんだけ本好きなんだよって。かっこよすぎー! ぬへへ!」
「いや笑い方、きたねぇな」
るかはりんごのように顔を赤くしてツッコんでいる。
自分もずっと思っていたけれど、いとこの本好き。
一途さには、もえちゃんとは違うタイプのオタクっぽさが溢れている。
――ローテーブルの前に四人座ると、早速さなが、
「るか、お誕生日おめでとう」
「ありがとー、さな。って、え!? またあったの!?」
るかは受け取り、目を大きく見開いて驚く。
それは年季の入った古書だ。
うちは何となく察していたけれど、今回もそれ関連だった。
「また古本屋であったから」
と、さなは言う。
「マジでありがと、さな。ホント、毎回だからすげぇわ」
るかはとても笑顔で、まるで無邪気な子供のようだ。
そのプレゼントをローテーブル上に置いて、優しく触っている。
「おめでとう! るか! 黒ゴマ餡のもみじ饅頭とケーキね!」
うちは笑顔で手渡す。
「ありがとー、えま。ケーキもこれもはや、五つ星レベルだわ。店開けば絶対、売れるわ」
るかはこれも受け取ってくれる。
その上、褒めてくれたので嬉しかった。
「おめでとうございます、るかちゃん! わたしはトイレットペ――」
「だから何でトイレットペーパーなんだよ! あんたどっかの回し者なんか?」
るかはツッコむ。
顔から笑顔と言う名の光が消える。
「まぁまぁ、幾つあっても困らんし、笑顔で受け取ってあげんさい?」
うちは手を前に出す。
「えまの言う通りだよ。トイレットペーパーは本当に助かる」
と、さなはうなずく。
「……確かにそうだけどさぁ……それでも、誕生日プレゼントに貰うもんじゃ……」
と、るかは眉を八の字にして、
「はぁー……ありがとね、もえちゃん」
と、ため息を吐く。
仕方なく受け取る感じで苦笑いする。
「どういたしまして」
と、もえちゃんは、いつも通りの屈託のない笑顔で言うと、
「ちなみに、今からでも夜風コーヒーに加入してくれませんか?」
もえちゃんが思い切ってそう尋ねると、彼女は即答で、
「いきなりだな。いや、あたしは協調性とか無いし、全部一人でするのが好きだからね。バンドに入ろうとか作ろうとか興味ないんだよ」
その後、みんなでホールケーキをコーヒーと一緒に食べた。
食べ終わった時には、時計の針は二十三時を指していた。
なので、もえちゃんとさなは、帰る支度をはじめた。
うちらは二人にお礼を言って、玄関まで移動して見送る。
――玄関扉が閉まるとるかは、
「ホントはな、ケーキ食べる前に夕飯が食べたかった」
と、お腹をさする。
「あぁごめん! そうじゃった! 天ぷらを作ろうとしとったんじゃった! 夜遅いけど今から食べる?」
うちは手を口に当てる。
「食べたい食べたい」
「ほいじゃあ、すぐ作るけぇね!」
うちは台所に立つ。
鍋に油を入れる。
薄力粉、卵、お水で天ぷらの衣を作る。
泡だて器でよく混ぜる。
さつまいも、レンコン、ナス、ごぼうを包丁で切る。
打ち粉をして、それらを衣に包む。
油が百七十度ぐらいに加熱したところで、ようやく揚げる。
揚げ終わったら、菜箸で取る。
キッチンペーパーの上に並べる。
そして、天ぷらが完成した。
白米を茶碗に盛り、かきたま汁も作ったのでダイニングテーブルに置いた。
その前にるかは、既に椅子に座って待っていた。
「どうぞ召し上がって!」
「いただきます」
るかはナスの天ぷらを食べる。
まぶたを閉じて長く味わっている。
美味しそうに食べる人は居るけれど、るかはまさにそのタイプだ。
――そのまぶたを開けると、
「美味しいよ。いつもありがとう、えま」
日頃の感謝を言われたので、うちはひどく驚いた。
あのるかが、「ありがとう」なんて言うなんて。
うちは彼女に近寄り、手首に指三本を当てる。
「え、何?」
るかは首を傾げる。
「いや、るかがお礼を言うだなんて、熱があるんかなって」
と、うちは言う。
「何で脈を測るんだよ。それは生きてるかどうかの確認でしょうが。おでこによ」
と、るかはツッコむ。
「あぁ、じゃあ――」
と、うちは前髪を上げ、彼女のおでこに自分のおでこを、当てようとするけど、
「いや、しなくていいわ。熱なんてねぇーし」
彼女は避けると、テーブル上に手を重ね、
「……いやぁね、いつも言おうとしてたんだけどさ、言い忘れるからさ。今が言う時だなって」
彼女は素直に言うのが、恥ずかしいようで笑う。
うちの目を見ずにそう伝えた。
――それがうちは、とても嬉しくて笑顔になると、
「ごぼうも食べんさいよ!」
「美味しくないから嫌」
るかは、首を左右に振る。
「騙されたと思って食べんさい!」
「……あぁ……。うーん……騙されたわ」
彼女は苦虫を潰すような顔をして、お茶を飲む。
ごぼうを飲み込んだ。
「ナス嫌いだけど、天ぷらにしてくれると幾らでも食えるんだけどなぁ。ごぼうはマジで無理だわ」
るかは、ごぼう以外の天ぷらを食べた。
これにうちは、ため息を吐いたけれど、残したごぼうを食べた。
天ぷらにしないと食べられない彼女を、
《いつかは、ごぼうも好きになるようにしてみせるけぇね!》
と、思った。
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