第38話:チャンネル登録者数が五百人になった(4曲目『次は猫になりたい』(オリジナルソング))
チャンネル登録者数が五百人を超えた。
それを記念してさなちゃんは、感謝の動画撮影を行うことを提案する。
夕暮れの放課後の教室で相談する。
えまちゃんは、二つ返事で了承してくれる。
わたしもこれには同感で、「やりましょう!」と言った。
けれど、るかちゃんは「する必要ある?」と、なかなか顔を縦に振ってくれない。
わたしとさなちゃんは執拗だけれど、賛成してくれるまで説得し続けると、
「しつこっ……もういいわ、勝手にやりなさいよ」
それが功をなしたのか、ようやくるかちゃんは。
いつものようにわたしたちの活動をそばで見てくれることになる。
――わたしたちは休日の夜、いつも通り、比治山楽器店の地下練習スタジオに集まる。
これもまたさなちゃんはいつも通り、三脚を持って来て赤いスマートフォンを装着する。
その前に複数回、新曲の合わせをする。
すると、息がぴったりと合った。
なので、ついに撮影を開始するボタンをタップする。
「よーい、スタート」
と、さなちゃんは言う。
『……み、みなさん、チャンネル登録者数が五百人を超えました。本当にありがとうございます!』
わたしたちは、拍手すると同時に頭を下げ、
『それでですね、人生でびっくりしたことって、視聴者さんはありますか?』
『あるじゃろ普通に』
えまちゃんはマイク越しにツッコむ。
『では嫌いな言葉はありますか?』
『あるじゃろ普通に』
『ちなみにわたしは、体育の授業で「二人組作れー」です』
『……あぁおるわ、おる。一人だけ相手、おらんくて余る子』
『あれって学生時代のトラウマランキング第一位で、児童虐待、体罰、公開処刑ですよね?』
『いや、どんだけ根に持っとるんよ』
『わたし、友達は二人までしか作れなくてその二人が組むので、毎回、先生とするのがお約束なんですよね』
「かわいそうなやつ」
るかちゃんは鼻で笑う。
彼女はスマホの画面外で椅子に座って見てくれている。
『しかしご安心ください。今はこんな裏でタバコ吸ってそうな面ですけど、心はお優しい¨新井さん¨としている――』
「吸ってそうな面って何だようるせぇな。吸ったことねぇよ。あんた、いっつも森下さんとやってるじゃん」
るかちゃんは、わたしの目を鋭く睨む。
彼女も同様に本名で呼ばないように新井監督から拝借している。
『ちなみに、新井さんは嫌いな言葉ありますか?』
わたしはそう尋ねると、彼女は間を置かずに、
「『老害』って言う人」
『……はぁ』
「どうせみんな老人になるのに、若者ぶって何なんだろうなってさ。老害って悪口。そんなこと言ってるお前もいつかは交通事故を起こす前に免許返納しなかったり、認知症になったり、若者に嫉妬して時代遅れなこと言うぞって――」
『……あっそ。それで話を戻してまして、つい先ほどの――』
「『あっそ』って何だよ。お前が訊いたんだろ」
と、るかちゃんは立ち上がる。
わたしのお腹を押したので、少しよろける。
彼女の力は意外にもとても強かった。
わたしは腹部をさすりながらマイクの前に戻ると、
『ずっと服のですね。縦長のサイズのシールがついたままので、《いつか気付くかなぁ。でも気付かないから言おうか》と思い、新井さんに指摘したんですよ』
と、わたしは先ほどのことを脳内で映像として思い出し、
『――そうしたらですよ。……ううん……!』
るかちゃんの声真似をするために咳払いすると、
『『そんなわけないでしょ!』って、ものすっごい怒鳴られたんですよ。ですが今、見てくださいよ』
るかちゃんの服をつかみ、指を差すと、
『しれーっと取ってるでしょう?』
すると、るかちゃんは顔を真っ赤にして大笑いする。
えまちゃんとさなちゃんも耐え切れず笑っている。
るかちゃんは、うつむきながら、片手で腹部を抑えている。
「……ちょっと! それ言うなよ!」
『いやいや、《ずっとそれをつけたまま貫いてやっていくのかなぁ》って思ったら、こそこそと剥がしていて、びっくりしましたよ、ホントに』
「貫かんわ。もういいんだよ、その話は」
『それとですね、もう一つびっくりしたことがありまして。ある日、一緒にお買い物していたら、新井さんがレジでお会計したんですね』
と、わたしはその時も、映像として思い出し、
『どうやら炭酸水を買ったようで、すぐに飲みたかったんでしょうね。スーパーを出て、ベンチに腰下ろし、飲みはじめたんですよ』
と、ジェスチャーをして、
『そしたらですよ?『ぶはっー!?』って吹き出したんですよ。『何これ? サイダーじゃないの?』って呟いていて。炭酸水をジュースだと勘違いしてたんですよ!』
と、人差し指を立てる。
「もうやめろ! 恥ずかしいからやめろ!」
彼女の腹筋は、大笑いでそろそろ限界のようだ。
『いやぁ、ホントにびっくりしましたね。それであと最後に――』
「やめろ! それ以上言うな!」
るかちゃんは、わたしの口を手で乱暴に塞ぐ。
『ふひてふはふぁい。『ふひはへこになひたい』(聞いてください。『次は猫になりたい』)』
るかちゃんはわたしの口から手をはなし、また椅子に座る。
ようやく彼女は落ち着くと、えまちゃんにカウントを頼む。
えまちゃんは苦笑いでドラムスティックをかかげる。
――そして、わたしは歌いはじめる。
さなちゃんと呉さんから教わったことを大事にしながら。
ベースをしっかりと弾いて。
今回から魔王魂さんのカバーではなく、オリジナルソングだけを演奏する。
【次は猫になりたい
塀の上を歩く
ナイフのように切り裂く
言葉なんていらない】
この曲で気に入っている部分は、最初の四行。
『次は』でわたしが歌からはじめるとその後。
ギターとベース、シンセイサイザーが同じコードを三回弾く。
ドラムは擬音で表現するなら「ダダダン!」と、叩くと静かになる。
『猫に』で再び「ダダダン!」と演出するところが良い。
『塀の』と『上を』も同様な演出だ。
聞き手の意識が歌の次に来る楽器に持って行かれ、印象に強く残ると思う。
――新曲を演奏し終えると、わたしたちは、視聴者にお礼を言う。
さらにチャンネル登録と、高評価を呼びかける。
三脚に近付き、撮影を終了するボタンをタップする。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました
※2023.10.28
歌詞を書き直しました




