第22話:2曲目『ハルジオン(魔王魂)』&黒いメガネとカキフライ定食
えまちゃんは、わたしの顔を見て、笑顔になる。
彼女はドラムをいつでも叩ける態勢に入る。
まるで勇ましく火事現場で消火活動をする消防士のように。
《これで大丈夫だ》
と、わたしは悟り、さらに笑顔になる。
もう一度、後ろを見ると彼女はドラムスティックをかかげ、カウントする。
さなちゃんが赤いノートパソコンを操作する。
これが演奏はじめの合図。
三人でずっとコピーした、魔王魂さんの『ハルジオン』を弾きながら歌う。
さなちゃんのイントロのギターが切なくてかっこいい。
彼女がパソコンで録音した、切ないピアノとストリングスの音。
えまちゃんも力強くドラムを叩いている。
この曲もベースがとても難しいのでわたしは簡単に弾いている。
《……ダメだなぁ……わたしがまだ緊張してる》
わたしは心の中でそう呟くと焦る。
上手く歌えていないし、声もよく出ていない。
音程を外してはいないけれど、これでは聞き手がしらけるだろう。
段々と顔に汗がかいてくる。
《……お客さんの顔を見てしまうからかな……まぶたを閉じたらベースの弦を押さえる左手が見えないし……あ、だったら》
――わたしは、さなちゃんのギターソロのところで。
黒いメガネを外してマイクスタンドにかける。
すると、ソロの終わりで先ほどとは違う声量に、みんながびっくりしている。
二人もこちらを見るので、わたしは死ぬ気で歌い続ける。
素通りしようとした人たちも驚いた顔をしていて、立ち止まって聞いてくれている。
歌い終わると、さなちゃんがギターを弾き続ける。
わたしもベースを弾き続ける。
えまちゃんもドラムを叩き続ける。
一瞬、間を開けると、目を合わせる。
終わりの音を鳴らす。
えまちゃんが叩いたシンバルを、手でつかんで止める。
『ありがとうございましたー。魔王魂さんの『ハルジオン』という曲でした』
観客の受けは、そんなに悪くなかった。
拍手もたくさん浴びて、魔王魂ファンに怒られないかヒヤヒヤしたけれど安堵する。
ウォータースライダーで、絶叫する子供たちの声が空に反響して、初の人前での生演奏を終えた。
夕方、徒歩で帰路を辿る。
セミの鳴き声はまだ続いている。
路面電車の駅で立って待つ時に、えまちゃんはこう呟いた。
「ホンマ、ドラムがなぁ」
「……ごめんなさい」
わたしは、テンション低くそう言う。
うつむいて暗い顔をしている。
「何で謝るの? もえちゃんはよく頑張ったよ?」
と、さなちゃんがフォローする。
「わたしのせいで二人がびっくりして演奏が一瞬、乱れましたよね……」
「まぁ確かにビビったけど、あんぐらいお客さんは気付かんよ」
と、えまちゃんは言う。
「ですが、おかしいんですよ」
わたしは、この空気を変えるために話題を変える。
「何が?」
えまちゃんは首を傾げる。
「川で泳いでいた子の話の続きなんですが」
「うん」
「水泳部を作り、学校のプールで泳げるのに」
「うん」
「まだ川で泳いでいるんですよ」
「何でまだ泳いでんの!? 止めんさいやあんたぁ!」
えまちゃんに両肩を揺すられ、わたしは立ち止まる。
「……あぁ……! そうですね……!」
「『そうですね!』じゃないよ! マジで危ないけぇ次会ったら言いんさいよ!?」
と、えまちゃんはツッコんだ。
ポンと手を叩くわたしを。
……何はともあれ、ネット上以外で。
人前で初演奏したのは、「成功した」と言っても過言ではないはずだ。
わたしはベースを上手く弾けていたはずだ。
えまちゃんもよく叩けていた。
さなちゃんもかっこいいギターソロを弾けていた。
わたしは心の底からこの二人を尊敬するし、天才だと思う。
特にえまちゃんは、まだ一年も経過していないのだから、あんなに叩けるのは天才ドラマーだ。
わたしは頭が悪いから、彼女たちの足を引っ張らないように頑張りたいと思う。
――ちなみに二曲目に作詞した曲名は、『灰色のきみ』と名付けた。
この曲は、わたしの愛するベース、灰色のベースに向けた曲だ。
この二曲目も再生数は壊滅的だけど、わたしたちは我が子のように愛している。
祖母がわたしに言ったように、聞く人に癒しを与える。
感動する曲が向いていると思い、さなちゃんたちと話し合う。
テクノ特有のピコピコ音、新しくもあり、懐かしく楽しい気持ちにさせる。
引き続き、その路線で曲を作っていこうと思う。
その後、初ライブ記念として、三人でカキフライ定食を食べた。
小さい頃に食べてあたってトラウマになって以降、避けていたけれど最高に美味しかった。
それからライブの時は、黒いメガネを外してベースボーカルをするということに決めた。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました




