第20話:緊張してドラムが叩けないえまちゃん
設営された場所へわたしたちは移動すると真っ黒なステージ。
太陽でギラギラに反射した金属部品。
ギターアンプ、ベースアンプ、ドラムセット。
最初に演奏するバンドは全員、女の子だ。
お揃いの明るい色のシャツを着ている。
サーフ・ミュージックを奏でる。
昔、懐かしいアメリカの夏の音楽だ。
「ギターの子は左利きで、とても上手かった」
演奏後、さなちゃんはそう言う。
「……」
一方わたしは、えまちゃんの方を見る。
熱心に演奏を聞いていたけれど、無言のままだ。
顔も強張り、額に汗が流れている。
彼女らしくない反応だ。
――三組目、とうとうわたしたちの番になる。
ステージの裏へ移動すると、さなちゃんが、
「えま、大丈夫?」
「……大丈夫じゃないわ。あの二組のバンド、ぶち上手いわ……」
と、彼女はうつむきながら、
「……緊張しまくりで、さっきから左手が震えとるんよ」
と、彼女は左手を見下ろす。
自分でもどうにもならないくらいと一目でわかる。
これだとドラムスティックを握り締めるのも難しいと。
「……これじゃあ、ドラム叩けんわ……」
「落ち着いて、えま。まずは深呼吸」
と、さなちゃんは彼女の背中をさする。
先ほどのかき氷の時のように優しく。
「私は場数を踏んでるから緊張もそこまでしてないんだ。だけど、《上手く出来るかな?》って不安なのは、えまだけじゃないよ。失敗しても経験値が上がる。だから、ミスしても叩き続けて」
さなちゃんは彼女の肩に手を置くと、
「大丈夫、私たちがついてる」
「……さな……もえちゃん……」
えまちゃんはわたしたち二人の目を見て呟く。
彼女の両目は、左右に微弱に揺れている。
口も少しだけ開いている。
『三組目のバンドは、これもまた毛利高校、毛校のガールズバンドです。大きな拍手で迎えてください!』
と、スピーカーから、女性司会者の声が響く。
さなちゃんは手を叩いて、
「さぁ行こう。みんな」
わたしとえまちゃんはうなずく。
最初にさなちゃんがステージに上がる。
観客が拍手すると彼女は頭を下げる。
アンプにシールドを接続し、赤いタルボの音量を調節する。
次にえまちゃんが上がる。
まだ元気が無いし、観客に手を振らない。
彼女はドラムスティックをとても大事に携え、ドラムセットの前に座る。
最後にわたしも上がる。
手を振り、ベースの音量を整える。
マイクスタンドの高さも。
その作業が終わると、マイクを掴み、
『みなさん、こんにちはー。サーターアンダギーズです。……あぁ、忘れていました。動画を撮るので、ちょっとお待ちください』
わたしは、ベースをスタンドに立てる。
また裏へ戻り、三脚を持って来ようとする。
運んで戻り、ポケットから灰色のスマートフォンを取り出して装着する。
動画の画面にし、親指で押して撮影開始する。
わたしももちろん、えまちゃんと同じように緊張している。
カラオケでオタク友達の前で歌うとはわけが違う。
誰もわたしのことを一切知らない人たちが聞いてくれるのだ。
『ギター担当、リーダーの森下さんです』
観客は拍手する。
さなちゃんは無表情で頭を下げる。
『ドラム担当の菊池さんです』
また拍手してくる。
けれど、「森下に菊池?」とざわついて、元ネタがわかると笑いが起きる。
一方、彼女はうつむいたままで、まったく観客の方を見ない。
『わたしはベースボーカル担当の……担当の……誰だっけ?』
『……ちょっ……自分の名前、忘れんさんなや。大瀬良さんよ』
えまちゃんは、マイク越しにツッコむ。
『そ、そうです! 大瀬良です!』
『……大丈夫なんかね……』
彼女は、心配そうにぼそっとそう呟く。
わたしは間を空けると、彼女のうつむいた顔をじっと見る。
自分が緊張して果たして上手く歌えるかよりも、彼女をどうにかしたい気持ちが揺れ動く。
額の汗を手の甲で拭うと、わたしはとりあえずMCでこんな話をしてみる。
最後までご覧いただき、
ありがとうございました




