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あなたの愛した聖女は……  作者: 奏千歌
ユーリア *胸糞注意
9/17

9 魔法地図とルニース王家の過去

 雪が降る季節のライネ領は、白銀の世界に様変わりする。


 その期間はあまり長くはないけど、外に出られないから暖かい室内で本を読んだり手紙を書いたりして過ごしていた。


 キャルム様とは、ずっと手紙のやり取りが続いていた。


 月に一度、多い時は三度も手紙が届く。


 いわゆる文通相手ということになるのかな。


 帝国からの手紙は通常よりも短期間で届けられるし、こちらからも、キャルム様に遣わされた方に頼めば同様の速度で届けられる。


 いつもは気軽に興味深い話題を提供してくださるから、私も変に構えることなく、このやり取りを楽しめていた。


 “せっかくの縁なので、友人と思ってもらえたら嬉しい”と、キャルム様の手紙には書かれていた。


 文面通りなら、あの時計を贈られたことも素直に喜べる。


 それで油断していたのか、寒い季節も後半に差し掛かったこの日、手紙の内容は驚くものだった。


 ルニース王国の第二王子殿下が学院に入学するので、祝いの品を届けるために、キャルム様が自らお越しになると言うのだ。


 そして、中継地にある我が家への滞在を願い出てきた。


 しばらくこちらでいくつかの商談を行いたいとも書かれていた。


 それは、すぐさま家族に相談しなければならなかった。


 また家族会議が紛糾するのかと心配になる。


 でも、第二王子殿下が学院に通えるほどお元気になられたのは嬉しいことだ。


 その情報を私は知らなかったので、キャルム様から教えてもらえたのは有り難かった。


 私が第二王子殿下にお祝いの何かを差し上げたりすることはないけど、殿下の体調は気になっていたので、それを知ることができだけでも嬉しいことだった。


 その晩の家族会議で、キャルム様が我が家に滞在することはすんなりと決まった。


 それはそうであって、皇族の来訪をお断りするにはそれなりの理由が必要だ。


 お父様にも同時に届けられていた書状の内容には、キャルム様とライネ家で取り交わしたい商談の内容が記されていたようで、それは我が家にはかなり都合の良いことのようだった。


 だからお父様はキャルム様の訪れを心待ちにしている様子もあったし、そんなお父様を見て、現金なものだと呆れていたのはお兄様であった。


 思えば、婚約を解消してから一年になる。


 あっという間に過ぎていった一年だったから、家族ともっとたくさん過ごしたいし、もっともっといろんな事を経験したい。


 新たな一年がどのようになるのか、キャルム様への返事を書くために机に向かいながら、思いを馳せていた。





 お客様をおもてなしするための準備は、お母様の指導を受けながら整えていった。


 やはり、辺境伯爵夫人のお母様からは、学べることが多い。


 それらは充実した日々となり、自分の成長した成果が試されるから、キャルム様と再会するその日を楽しみにしていた。





「ユーリア。到着されたぞ」


 豪華さよりも機動力を重視した馬車が屋敷の前に到着した。


 皇族の方だと知ってから初めてお会いするので、より緊張する。


 馬車から降りてきたキャルム様は、真っ先に私に微笑みかけてきた。


「心待ちにしておりました。無事に到着されて何よりです。グリーン卿」


 キャルム様は、留学するにあたって、グリーン伯爵の名で通っていたそうだ。


 なので、ルニース王国内ではグリーン卿として過ごされる。


「僕も、貴女にお会いできるのを心待ちにしていました」


 女性なら誰もが心を動かされてしまいそうな微笑みを向けられると、勘違いしたくなるのも頷ける。


「ハーフアップの髪型もよくお似合いです」


 短かった髪は、今は長く伸ばしている。


 憧れていた髪型だったから、お世辞でもそこを褒めてもらえて嬉しかった。


「御当主に挨拶をしてきますね。ライネ嬢とは、また後ほどお会いしたいと思います」


「はい」


 ひとまず、お兄様とキャルム様は当主の執務室へと向かった。


 私が侍女達とお茶の準備をしていると、二人揃って戻ってこられたのは、それから30分ほどしてだった。


「お茶の準備もできていますが、お疲れでしたら客間に御案内します」


 長旅で疲れているだろうから、客間で休んでもらうつもりで案内しようと思っていた。


「心遣いに感謝します。ですが、その前に話したいことがあります。ヴィクトル、ちょっといいかな?ライネ嬢も。二人に見てもらいたいものがあります」


「では、応接間に案内しますね」


 キャルム様は人払いも頼み、私達が使用する部屋には私とお兄様とキャルム様しか残っていない。


 どんな話をされるのかと緊張していた。


 テーブルを囲んで手近なソファーにそれぞれが腰掛けると、キャルム様はテーブルに、羊皮紙らしきものでできた大きな地図を広げた。


「今から話す事は、唐突で混乱させてしまうと思います。これは、僕が皇帝から預かってきたものです。劣化防止のために、地図の時間経過を止める魔法がかけられています。情報は、十年に一度更新されます」


 文字がハッキリと読み取れるし、紙も新品同様に見える。


 帝国の魔法技術にはとても驚かされていた。


「この魔法地図によると、ライネ領の隣にある無の森と呼ばれている場所には、ルファレットとドラバールという名の二つの国があったはずなのです。この地図が最後に更新されたのは、八年前。少なくとも、八年前まではこの二つの国が存在していた」


 キャルム様が話したことは、確かに唐突で混乱を招くものだった。


 二つの国があの森に存在するなど、そんなはずはない。そんな痕跡は何もない。


 私の記憶にすらないのに。


 八年前なら、私は九歳くらいだ。


 何か覚えていることがあってもおかしくはないのに。


 たとえ流行病などで国民全てが絶えてしまったとしても、全てが廃墟となって森に埋もれてしまったにしても、何かしらの痕跡くらいはあるはずだ。


「僕は、父からこの件について調査するように命じられました。帝国内でも、この二つの国の存在を覚えているものはいないのです。そんな奇妙なことはあり得ません。僕は留学中に、七年前の不可解な大規模遠征の話を知りました。何か関係があるのではないでしょうか?」


 地図を見つめるお兄様は、険しい表情をしていた。


「すでに帝国側からも、無の森には調査が入っています。ライネ辺境伯爵家の準備が整い次第、こちら側からも調査を始めたいです。これは魔物に対処するためにもなると思います」


 混乱する頭は、キャルム様の話を必死に聞いていた。


「聖女ヴェロニカについても報告を行いました。何故今まで、彼女が17歳になるまでその存在が放っておかれたのでしょうか。貴女の前で言うのは憚られますが、現国王には色々と黒い噂がついて回っています。欲深い王が、聖女が国内にいたにもかかわらず、気付かなかったのはおかしいと思っています」


 その口振りからして、彼女が平民の中で過ごしていたからというだけではないのかな?


「前王夫妻が馬車で事故死したのは御存知でしょうか?」


「はい。レナート様が生まれて二ヶ月ほどが過ぎた時の事ですよね」


 レナート王子は両親をいっぺんに失って、叔父である現国王夫妻に引き取られた。


 もともとの王位継承順位はミハイル様よりも上だ。


 それに、レナート王子には本当の兄がいたけど、幼少の頃に病死したと聞いた。


 それは私達が生まれた頃の話だ。


「あの件も現王が絡んでいることは、帝国内では公然の秘密です。責任を取らされて処分されたのは、前王に忠誠を誓った者ばかりでした。現国王は、レナート王子から王座を奪った形になります。そして、しばらく病気で表に出られなかったレナート王子に代わりに、ミハイル王子が王太子となった。本当は、国王はレナート王子の回復を望んではいなかったのかもしれませんね」


「あの、どうしてそこまで私達に話すのですか?」


 他国出身のキャルム様が、私達の国について話す内容は酷く恐ろしいものだった。


 お兄様は、大半のことを知っていたのか険しい表情のまま黙っている。


「貴女は知っておいた方が良いと思ったのです。それと、ライネ家には協力してもらいたいと思っています。いずれにしても、あなた方は当事者となるのですから。ルニース王家が何か重大な事を隠しているのではないかと、父は……皇帝陛下は懸念していました。貴女を危険なことに巻き込むつもりはありません。ただ、知っておかないと回避することもできないと思いました。今の王家は警戒しなければならないと」


「何か起こるのでしょうか?」


「わかりません」


 私はすでに人質だったようなものなので、キャルム様の警告を大袈裟だとは思えなかった。


「実は、貴女の耳に入れるのもどうかとは思ったのですが、僕はミハイル王太子殿下と聖女ヴェロニカとの結婚式に招待されています」


「そうなのですね。どうぞ、もう気にしていませんので、私に気遣いは無用です」


「はい。では、王家に変わりはないか、その時にこの目で確認してこようと思います」


 それも、キャルム様に命じられた務めなのかな。


 王太子殿下とヴェロニカさんの結婚は心から祝福したいけど、なんだが不穏な空気を感じ取って微妙な気持ちになっていた。


「まずは、無の森の調査に先に行ってきます」


 それを聞いたお兄様はすぐに立ち上がった。


「話は理解しました。親父に準備の進捗を聞いて、俺も貴方に同行する準備を整えます」


 私の方は調査の協力といってもできることは何もないから動けずにいた。


「ユーリア。俺が留守の間、親父と母さんのことを頼んだ」


「はい……」


 話が終わると、部屋から出て行くお二人を見送ることしかできなかった。


 私には、キャルム様とお兄様が主体となって森に調査に入るから、その見送りをし、報告を待つことしかできなかったのだ。







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