10 第二王子との婚約
ただ待つだけのもどかしい時間を過ごした。
お兄様が森に入って行って、無事を祈ることしかできない。
不安を膨らませた私に、さらに追い打ちをかける出来事があった。
「ユーリア……話がある……ちょっと来なさい」
険しい顔をされたお父様が私を直接呼びに来たので、何事かと思った。
そのまま執務室に連れて行かれて、お父様に見せられたものは、王家からの書状だった。
「お前に、第二王子との婚約を王家が打診してきた」
「えっ!?どうして!?」
「どの面さげて、どれだけユーリアをバカにすれば気がすむんだ!!」
お父様は顔を真っ赤にし、唇をワナワナと震わせて怒りを露わにしている。
「王子殿下は病気が治って、学院に入学されたばかりですよね?」
「王家は、まだうちの資産を諦めてはいないようだ。第二王子は、ユーリアよりも年下だ。おまけに、最近まで部屋に閉じこもって、公の場に出たことがない。彼の境遇には同情するが、厄介払いがしたいだけだ!!それにユーリアと我が家を巻き込んで。私は、独立を宣言してでも、断固拒否する!!」
「お父様、落ち着いてください」
もちろん断れるなら断りたいことだけど、こんな感情的に王家に楯突いたら、それこそ付け入る隙を与えてしまう。
「神殿でも認められた王家有責の婚約解消だったのです。これ以上の暴挙を、王家ができるはずがありません」
お父様を宥めるために言ったことだったけど、私自身が不安でいっぱいだった。
「わかった。少し落ち着こう。この件は私が全力で対処する。お前は心配しなくていいから、もう部屋に戻っていい」
「はい。失礼します」
足取り重く、モヤモヤしたまま部屋に戻って過ごしていると、驚くことは続くもので、予定よりも早くお兄様達が帰還されて、慌てて出迎えた。
下調べのようなものだったので、帰還は早かったのかと思っていると、様子が違った。
「どなたか、怪我をされたのですか?」
調査隊の空気は沈鬱で、お兄様達は疲労困憊だった。
「いや、突然の雨と雷にやられて……それから飲料水がダメになった。詳しい事は後で親父にも報告するが、森に入った途端に剣と水筒が腐食しだして、使い物にならなくなった。何か良くないものが雨の中に含まれているか、あの森自体にガスのようなものが充満しているのかもしれない」
そう話すお兄様の隣にいるキャルム様は、悔しげな表情をされていた。
ご無事であるのが何よりだけど、何の成果も得られなければ、帝国に帰って叱責を受けるのかもしれない。
メイド達と一緒にタオルを配り、キャルム様の汚れを落とす作業を手伝っていたけど、何も声をかけることができないでいた。
あの森は呪われている。
入るものを拒んでいる。
そう思ってしまうのは、ごく自然のことだった。
森であった出来事は、お兄様達の口からお父様に報告がなされた。
その流れで、大変な思いをされた直後なのに、帰ってきて早々に私の婚約の件が、お兄様とキャルム様の耳に入ることになった。
お兄様が憤慨したのはもちろんのこと、キャルム様にも随分と心配してもらった。
彼は、お父様の執務室から出てくると、真っ先に私の元を訪ねてこられた。
「話を聞かせてもらいました。部外者の僕が貴女の許可も無く立ち入ったことを聞いて申し訳ないと思っています。ですが、僕は貴女の力になりたいです。帝国に来ませんか?」
「え?」
部屋の前で告げられたことを、思わず聞き返していた。
「貴女は、あの王家の手が届かない場所にいた方がいいです。留学ということにして、帝国の学園に通ってみませんか?貴女のことは僕が守ります」
キャルム様から自分が守ると言われて、それを素直に受け止めることなど有り得なかった。
突然過ぎる。
何か魂胆があるのかと疑ってしまうが、キャルム様は至って真剣な顔をされているから、その真意はわからない。
本当に厚意で仰ってくれているのであれば、また、婚約者だった女性と私を重ねているのだ。
「せっかくのご提案ですが、少し考えさせてください」
どんな理由からであっても、私を複雑な心境にさせた。
キャルム様が部屋に戻って行くのを見送ると、逃げるように遠乗りに出ていた。
また、いつもの国境沿いにだ。
自分の力では何一つ解決できないこの状況がもどかしい。
もう誰かに利用されて、家族に迷惑をかけたくない。
私はあの城で死んでしまっていた方が良かったのではと思いたくなる。
壁がある場所に行き着くと、馬から降りて空を眺めていた。
今は、無の森の上空は晴れている。
外から見れば穏やかな様子なのに、一歩中に踏み入れば何が起きるかわからない。
森の奥に向かえば、何処か別の場所にでも行けるのかな……
無意識のうちに足を一歩踏み出していた。




