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20 養蜂場と毒花探索

 駐在所でソニャをシャルアスの前に座らせたが、彼女は泣きながら『毒を盛ってしまったかもしれない』という後悔を語るばかりで、いまいち要領を得ない。


 そういうわけで、ひとまず、シャルアスは彼女の勤め先である貴族家の屋敷へと足を向けたのだった。


 例によって、クシェルも同行している。シャルアス、ソニャ、クシェルの三人で屋敷に踏み込むと、間髪をいれずに女主人が玄関ホールまで出てきた。


 女主人はガツガツとヒールを鳴らして歩き、わかりやすく怒りを露わにしている。彼女の背後には、ドレスにしがみつくようにして、五歳くらいの少年が隠れていた。


 ソニャをビシリと指さして、女主人はきつい声音で言い放つ。


「あんた、逃げたわね……! 子供に毒を盛っておいて、責任逃れをするなんて許せないわ!」

「毒を盛られたとあらば怒りはもっともであろう。だが、まずは事情をうかがいたい」


 シャルアスが間に入ると、女主人は燃え盛る炎のように早口で言葉を連ねた。


「まぁ、警吏様ったら、不届きメイドを庇うと言うのですか!? この女はねぇ、あろうことか、我がメイフォン家の長子に毒を盛ったのよ! 見てちょうだい、これを! 幼い子に蜂蜜を食べさせたの……!」


 女主人は左手に握りしめていた小ぶりな蜂蜜瓶を、ズイと掲げた。


「……何か、問題があるのか?」


 シャルアスはいつもの無表情の中に、わずかに困惑を覗かせて、チラとクシェルを見る。


 育児情報に縁のない、高身分層の独身青年には知り得ない知識だろう――と、思い至り、クシェルは教えてやった。


「幼い子はまだお腹の中が整っていないので、蜂蜜に紛れている毒に負けてしまうんです。なので、蜂蜜は禁忌ですが――……でも、具合を悪くするのは一歳そこらの赤ちゃんですから、そちらの坊やくらいの歳なら、もう食べても平気なはずですが」


 クシェルが言うと、ソニャはポカンとした顔をした。


「そ、それじゃあ……私が毒を盛ってしまったわけではない、と……?」

「えぇ、そのくらいの歳の子に蜂蜜を食べさせること自体は、特に問題ないと思います」


 そう判じると、女主人はムッとした声音で食ってかかってきた。


「蜂蜜の毒じゃないなら、何か別の毒を入れたのでしょうよ! だってこの子が具合を悪くしたのは、蜂蜜トーストを食べた後なのよ! 可哀想に、お腹を壊してしまって……!」

「普通に食中毒じゃないですか? 蜂蜜の品質が悪かったとか」

「そんなはずないわ! 長くひいきにしている、いつもの蜂蜜屋から新しいものを買ったばかりですもの……!」


 女主人の手からヒョイと蜂蜜瓶を拝借して、クシェルは紐で括りつけられているラベルを見た。製造元は街からほど近い、北の山の養蜂場のようだ。


 ラベルをシャルアスに見せながら、クシェルは思うがままを口にする。


「誰かが意図的に毒を盛った、というわけではなく、ミツバチがうっかりを起こした――ということもあり得ますよ。念のため、ミツバチたちの事情を確かめてみるのがよいかと」


 妙なことを言い出した魔女に、ソニャも、そして女主人も、ポカンとした変な顔をしていた。





 蜜の質自体に問題が生じているとしたら、他の購入者にも被害が及ぶかもしれない――ということで、シャルアスが動き、製造している養蜂家の元を訪ねることになった。


 シャルアスは警吏基地から馬を連れ出して、一人でさっさと跨り、街を出ようとしていたが……クシェルが気合いの駆け足でヒィヒィ言いながらついてきたら、見かねたのか、途中で馬に乗せてくれた。


 馬の背の上、彼の前側を陣取って、クシェルはゼェゼェと弾んだ息を整える。

 街を北に抜けて山道を進みながら、シャルアスはクシェルに問いかけてきた。


「先ほど『ミツバチのうっかり』がどうとか言っていたが、それはどういう意味だ」

「ミツバチのうっかりというか、養蜂家のうっかりというか。よからぬ蜜を集めてしまった、という可能性があるかなぁと思いまして」

「どのような蜜だ」

「シンプルに、毒の蜜ですよ」


 未だ息を弾ませているクシェルを見て、シャルアスは言葉を繰り返す。


「毒の蜜?」

「えぇ。毒を帯びた花にミツバチが立ち寄ってしまうと、毒の蜂蜜が出来上がってしまうことがあるんです。――あ、見てください! あそこのお花畑が養蜂場じゃないですか?」


 話しているうちに養蜂場へとたどり着いた。


 森の一角が切り開かれて、日当たりの良い野原のようになっている。敷地の半分くらいにピンク色のふさふさとした花が植えられていて、鮮やかな絨毯が敷かれているみたいだ。


 花畑の脇には蜂の巣箱が並んでいて、ミツバチたちがブンブンと飛び回っている。この花畑を蜜源として、蜂蜜を作っているのだろう。


 馬から降りて、花畑を観賞しながら歩き、作業場と思しき小屋を訪ねる。中を覗くと、一人の老人が巣箱の手入れ作業をしながら、こちらを向いた。


「おや、警吏さん。ワシの養蜂場に何かご用ですかな?」

「知らせもなく訪ねたことを詫びる。あなたが作った蜂蜜を口にした子が、具合を悪くしたそうでな。最近の蜂蜜だそうだが、話を聞きたく、参った次第だ」

「なんと……!」


 話を聞くや否や、老人は驚いて巣箱を取り落とした。彼は拾おうと身を屈めたが、何やら動作がゆっくりだ。腰を痛めているのかもしれない。


 クシェルがヒョイと拾い上げてやると、老人は巣箱を脇のテーブルに置いて、額に浮かんだ焦りの汗を拭った。


 改めてシャルアスに向き合って、彼は難しい顔をして言う。


「具合を悪くした子というのは、何歳の子ですかな? 容態は……?」

「五歳くらいの子だ。軽く腹を壊した程度で、既に回復して大事ないようだが、念のため蜜の質を確かめたい」

「はぁ、そうですか……いやぁ、申し訳ない。ウチの蜂蜜が原因だとしたら……もしかしたら、毒蜜が混ざってしまったのかもしれん。最近、少々事件が起きたこともあり……」


 老人は腰を押さえながらゆっくりと歩き、小屋の外に出た。花畑を見渡して、最近の事件とやらを語る。


「実はこの前、花食いの魔物、ニンフの群れが出ましてね……花畑の半分以上を食い荒らされてしまったんです。蜜源の花がごっそり減ってしまったもんだから、蜂たちが別の蜜源を探して、野原の外に出てしまったのかも……」


 しまったなぁ、と頭を抱えながら、彼は呻くように続ける。


「腰を痛めてから、山歩きをサボっていたが……近くに毒花が出てるかもしれん」

「ざっと周りを見てきましょうか? 私、野山の草花にはそこそこ詳しいので」

「おぉ、それは助かる……頼めるかい?」


 クシェルはイヒッと笑って頷いた。小屋の奥の棚にズラリと並べられた蜂蜜を謝礼にいただこう――なんて(よこしま)な思いは、全然まったく、これっぽっちもない。善意からの提案である。


 シャルアスにじとりとした目を向けられたが、クシェルは彼のマントを引っ張って、さっさと小屋を後にした。



 馬は小屋の前に待たせて、歩きでの山中探索だ。獣道を分け入りながら、シャルアスは文句じみた低い声を寄越した。


「おい、闇雲に探して見つかるものなのか」

「闇雲といえば、まぁ、そうですが……。でも、手掛かりさえ見つけられれば、すぐに毒花の場所がわかるかと。お爺さん、この前ニンフが出たと言っていたでしょう? ニンフは毒花を嫌うので、仲間への注意喚起のために印を残すはずなので」


 花食いニンフは、草花のドレスをまとった美しい女の姿をした魔物だ。毒花が茂る場所の周囲には、印として魔法の花を咲かせる。


 冒険者たちはこの花を目印として毒花を入手して、魔物狩りの道具として使ったりする。また、印の魔法花自体も売れるので、採集の対象だ。


「ニンフの群れが通ったなら、きっと通りがかりにド派手な花の印を残しているはず――」

「あれか?」


 クシェルが突き進む道とは反対の方向を見て、シャルアスが指を差した。

 示された先、遠くの木の幹に、両腕を広げたくらいの大きさの、巨大な花が蔦を絡めて咲いている。――まさに、この花が印だ。


 見つけたシャルアスの背中をベシンと叩いて労い、そちらへと歩を進める。


 周囲を見回すと、印の巨大花が咲いている木の近くに、毒花が群生していた。一見綺麗な花だが、根にも葉にも、もちろん花や蜜にも毒がある、まごうことなき毒植物だ。


「これが毒花か?」

「はい。弱い毒ですけど、肌に汁が付くと被れるので、ご注意を」


 花を眺めていると、目の前をブンと蜂が通り過ぎていった。小さめのミツバチ――養蜂場の蜂と同じ種類に見える。


「やっぱり、この花から蜜を採ってるみたいですね」

「蜂は毒にやられないのか?」

「この花の毒は虫には無害です。花を荒らす恐れのある動物に対しては有毒で、人間にもちょろっと有毒ですね。毒がとびきり強く作用するのが、ニンフです。ニンフは一口食べただけで死に至るとか」


 ニンフは群れで襲来して花を食い散らすので、野山の花々にとっては最大の敵だ。なので、対ニンフ用の特殊な毒を持っている花々も多く存在する。


 そういう話をしたら、シャルアスは不思議そうな顔をしていた。


「花のくせに、まるで意思でもあるようだな。相手を見極め、毒を備えるとは」

「あたり前でしょう。何を言っているのだか。草花にも心がありますから、嫌な奴は追い払ってやる! と思うのは当然でしょうに」

「心があるのか?」

「えぇ、ちゃんと感情があります。愛したり、悲しんだり、仲間を助けたり、お喋りをしたり――。植物って意外とお喋りだそうですよ」


 クシェルはしゃがみ込み、毒花の茎にハンカチを添えて、ポキリと折ってむしり取った。養蜂家の老人への報告用に持ち帰ることにする。汁や花粉に触れないように気を付けながら、ハンカチに包み込んだ。


 作業をしながら、シャルアスへの話を続ける。


「人は音や視覚で情報のやり取りをしますが、植物は風に香りを乗せてお喋りをしたり、水に情報を流して、仲間とやり取りをしたりするのだとか。どこぞの機械人形さんより、よっぽどお喋り上手かもしれませんね」

「……また余計なことを言う」

「ふふっ、口が滑りました」


 シャルアスに睨まれながら作業を終えて、クシェルは、さて、と立ちがる。


「それじゃあ、毒花に蜂が寄っているのも確認しましたし、報告に戻りましょうか」

「あぁ」


 茂みをかき分けて元来た道を戻っていく。深い緑をガサガサとかき分けながら、クシェルは前を歩くシャルアスに声をかけた。


 今さっきのお喋りで、まだ話したいことがあったのだ。最後まで喋り切ることにする。


「――でも私、シャルアスさんとのお喋り好きですよ。意外と話しやすくて。これからもお喋りに付き合ってくださいませね」


 ヘラッと笑って会話を締めた。


 喋り切って満足してしまったので、彼の返事は待っていなかった――のだが、シャルアスはボソッと何かを言っていた気がする。


「……俺も、お前と言葉を交わすのは嫌いではない」

「えっ? 何て? ガサガサしてて聞こえなかったので、もう一回お願いします!」

「何でもない」


 草をかき分ける音で聞こえなかったのだけれど、シャルアスは言葉を繰り返してはくれなかった。




 

 小屋に戻って毒花を見せると、老人は神妙な面持ちで重いため息をついた。


 幼い子供が少しお腹を壊した程度なので、毒蜜はごく微量の混入なのだろう。けれど、念のため、売った分は回収しておくとのこと。


 彼は今後のことについて、あれこれシャルアスと話をした後、奥の棚から蜂蜜瓶を持ってきた。クシェルに手渡して、すまなそうに苦笑を浮かべる。


「面倒をかけてしまったお詫びに、こちらを差し上げます。ニンフ襲来前の蜂蜜なので、質に問題はないかと。あとは蜜ろうとか、蜂の子なんかもあるが――」

「蜂の子……!? 是非、いただきたく!」


 ガタン、とクシェルは作業テーブルに手をついて、身を乗り出した。


「待て。蜂の子とは、まさか――」

「お黙りあそばせ!」


 何かを察したシャルアスが口を挟もうとしてきたが、脇腹にパンチを入れて黙らせる。


 不意打ちの魔女パンチをくらったシャルアスは目を丸くしていたが、その間に老人は網を被り手袋をはめて、蜂に対する装備を整え終えていた。


 おもむろに外へと向かって、老人は巣箱の上蓋を開ける。クシェルも側に寄り、作業の様子を見学することにした。


 シャルアスの右手をペシペシと叩いて風魔法をせがみ、蜂除けの風の盾を得る。――上手いこと機械人形を操作しているうちに、巣箱から一枚の板が取り出された。


 ブンブンとまとわりつく蜂を除けると、六角形が連なった巣板が露わになる。


 板の左右と上の方は蜂蜜の部屋。中央と下の方は子育てエリアだ。二つのエリアの境には、花粉を溜めておくエリアがある。


 子育て部屋に張られた膜を、金属製の摘まみ道具でちょいと摘まんで壊し、中から蜂の子を引っ張り出す。瓶の中にポイポイと放り込んで、老人はクシェルに渡してきた。


「これくらいでいいかい? 蜂の子にも毒花の影響があるかもしれんが」

「大人にとっては、さして強い毒ではありませんし、大丈夫ですよ」

「クシェルよ、まさかとは思うが……」

「今日のご飯です」


 うぞうぞと動く蜂の子瓶を目の前に差し出すと、シャルアスは元々真顔だった顔面から、さらに表情を消し去った。


「虫は……食べ物ではない……」

「そんなことはありません。割とメジャーな食べ物ですよ」


 さらっと言葉を返すと、彼は口をつぐんでしまった。


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