21 蜂の子と、思わぬお金のあて
養蜂場で得るものをしっかりと得て、クシェルは街へと戻ってきた。
屋敷の面々に事情を説明して、養蜂家からの謝罪の手紙やらを渡すと、女主人はようやく溜飲を下げたようだった。
彼女はソニャへと謝り、さらにシャルアスやクシェルにも、しゅんとした言葉を寄越す。
「ソニャ、責めてしまってごめんなさい……。それに、皆様方にもお恥ずかしいところをお見せしてしまい……。この子はようやくもうけた一人息子だから、ついカッとなってしまって……わたくしの悪い癖だわ」
怒りを治めた女主人は、思っていたより淑やかな人だった。一番の被害者である男の子は、幼いながらにホッとした顔をして母と手を繋いでいる。
貴族家にとって、跡取りをもうけて育て上げるということは、何やら重大なことであるらしい。彼女にも彼女なりの苦労があるのだろう。
死を考えるほどに追い詰められたソニャは、密かに転職の覚悟を決めたようだが。――まぁ、思うようにやればいいと思う。
そうして諍いは無事に収まった。の、だが、男の子の行動によって、また屋敷の玄関ホールは騒がしくなってしまうのだった。
彼はクシェルの鞄からはみ出ている瓶を指差して、キョトンとした顔で問いかける。
「ねぇ、それ何? なんか動いてるよ」
「え? あぁ、これ? これはですねぇ――」
じゃじゃん! と瓶を取り出して、クシェルは蜂の子詰めを屋敷の面々に見せてやる。
すると、ソニャは悲鳴を上げ、女主人はゾッと顔色を青くした後に貧血を起こして倒れ、男の子は大声を上げて泣き出した。
お騒がせ魔女は機械人形警吏によって速やかに回収されて、屋敷から移送され、駐在所へと放り込まれたのだった。
帰ってきた駐在所の奥で、クシェルは早速、蜂の子料理を開始する。時刻はまだ昼、三の時だが、夜までのつまみとしてちょうどいい。半分ほどを調理することにした。
シャルアスは仕事をしているようだが、チラチラとこちらに目を向けている。そのうちに、意を決したように調理場に来た。
「本当に食べるつもりなのか……」
「『蜂の子料理』は、地図端の和島では古の時代から親しまれているものですよ」
クシェルは鍋に油を注いで火にかけた。油を熱しながら、瓶の蜂の子をちょいちょいと摘まみ出す。
蜂の子の形態は三種類。芋虫姿の真っ白な赤ちゃん蜂の子と、蛹状態の蜂の子。そして、ほぼ成虫の姿をしているもの。
全部をワシャワシャと水で洗った後、真っ白の幼虫を摘まんで、小包丁の先で腹を切った。体内にある黒い筋部分――内臓を取り除く。
「虫も魚のようにさばくのか……」
「消化物が残っていると雑味が出てしまうので、幼虫の内臓は除きます。――そしてこれを、油にポンと」
熱せられた油の中にポンポンと蜂の子を入れていく。真っ白から小麦色に姿を変えた蜂の子をすくい上げて、ザルに乗せた。
塩をサッと振りかけて、シャルアスにフォークを差し出して勧める。
「どうぞ。『蜂の子の素揚げ』です」
「……」
シャルアスは無表情を保ったまま、フォークを蜂の子へと伸ばして――その状態のまま、固まってしまった。勇気が出ないようだ。
(さすがに虫の料理は駄目かしら。……先に味を教えてあげたら、いける?)
ふむ、と考えて、クシェルは素揚げを一つ摘まんで、自分の口の中に放り込んだ。もぐもぐと味わいながら、食レポをしてやる。
「うん、美味しいですよ。塩が効いてて。なんといいますか、こう、蜂の子の赤ちゃんは、淡泊なナッツをクリームにしたような味わいです」
続けて蛹の蜂の子も素揚げにして、塩を振ってパクリとつまむ。
「蛹は内臓の中が空っぽなので、雑味がなくて食べやすいです。成虫もサクサクしてて、素晴らしく美味ですねぇ」
言いながらチラチラとシャルアスに目を向ける。すると、彼は止めていた手を動かした。
フォークの先を恐る恐る蜂の子に刺して、さらに恐る恐る、口へと運ぶ。ギュッと目をつぶって口の中に放り込み、咀嚼した。
(おぉ! 食べた!)
クシェルは思わず拍手をしてしまった。さすがに駄目かと思ったが、この男、なかなかやりおる。――機械人形に新たな知見、『虫料理』がインプットされることになった。
シャルアスは眉間に皺を寄せた険しい顔のまま、感想を寄越す。
「虫だと知らずにいれば……食せる、と思う……。スナック菓子のようだ……恐らく酒に合う……」
「あっはっは、機械人形には食レポ機能もあったんですね」
ひねり出された感想に笑ってしまった。『酒に合う』なんて情報まで添えてくるとは思わなかった。
シャルアスは、蜂の子赤ちゃん、蛹、成虫の三種類すべてを口にした後、濃い紅茶を流し込んで、一息ついていた。
未だに少々渋い表情をしている彼を見て、クシェルは言う。
「ふふっ、そんな変なお顔をして。無理することないのに。納豆の時みたいに断ってしまえばよいものを。別に私は深追いなんてしませんよ」
「いや……食せば、お前が調子づくかと思って」
「え? 私?」
ポカンとした顔を向けると、シャルアスは目を泳がせながら、言いづらそうにボソボソとした言葉を発した。
「ここ数日、元気がなかったろう。だから……その……」
言葉尻を濁す彼を見て、クシェルはさらに目を丸くする。
どうやら、蜂の子の食レポは、機械人形の不器用な励ましだったようだ。そのことに気が付いて、頬をゆるめてしまった。
ニコニコニヤニヤと笑うクシェルの目から逃げるようにして、シャルアスは調理場を後にする。
そうして執務机の引き出しから何か書類を取り出すと、改めてクシェルを呼んだ。一旦料理を中断して、彼の元へと歩み寄る。
シャルアスはゴホンと咳ばらいをして空気を切り替えた後、話し始めた。
「――料理のことは置いておき。お前に話があると言ったな。メイド仕事の件だが、俺の個人的な雑用メイドではなく、駐在所のメイドとして正式に雇用する許可が下りた。決して高いものではないが、一応、これからは給金も定額が支払われる」
「なっ……!? 本当に……!? 正気ですか!?」
警吏隊が正式に魔女を雇うなんて、前代未聞ではなかろうか。仰天して思わず問い返してしまったが、シャルアスに書類の束で頭を叩かれた。
「不躾な物言いをするな。これまで、魔女の知恵によって解決した案件がいくつかあっただろう。その実績をまとめた報告書を上に上げておいたら、申請が通った」
「そ……そんなことしてくれてたんですか……!? シャルアスさん、優しい~……!!」
「保証人として俺の名を連ねてある。ゆえに、お前が何か事件を起こした時には、俺が責任をもって、一切の容赦なく、お前を牢屋にぶち込んで首に縄を括ってやるから、そのつもりでいろ」
「厳しい~……!!」
給金がもらえることは嬉しいが、牢獄が近づいたような心地も覚える。複雑だ……。
ガクリと執務机に突っ伏したら、スッと書類が差し出された。指示された箇所にサインを入れる前に、彼に問われた。
「契約内容に関して、何か質問はあるか」
「はい。お給金の前借りはできますか? できれば五万Gほど」
「早速だな……まったく……」
ブチブチと小言を寄越しながらも、シャルアスは自身の財布から金貨を五枚、抜いて渡してくれた。
これでひとまずは、大家との約束を守れそうだ。
その日の夜、クシェルは帰宅の足で大家を訪ねて、金を納めるのだけれど――。
その際、『警吏の財布から拝借したお金です』と説明をしたところ、危うく通報されかけて、散々な目に遭った。
まったく、魔女とはつくづく、生きるのに難儀する生き物だ。
……――そういう暮らしをしているからこそ、自身を助けてくれる人々のことを、魔女は心から大切にする。
今までクシェルの心の宝箱の中には、ギタ婆くらいしか入っていなかったのだけれど……ここに機械人形を入れることも、考えておくことにしよう。




