1章 3
執務室にて、コーディは頭を抱えていた。
机の上には、エルシアから来た兄妹の要望書が置かれている。
『ボナール国内の案内は、機関車に関してはシャーロット陛下、植物の交配に関してはフレッドを望む』というもの。
コーディはフレッドの想いを知っていた。
今のシャーロットの気持ちはわからないが、シャーロットが黒髪青目のランバラルド国王を慕っていたのも知っている。
「こりゃ、一波乱あるな……」
コーディの娘であるセリーヌでもいれば、エドワードはセリーヌに押し付けることもできたが、セリーヌは最早人妻。
「かんばれよ、フレッド殿」
心の中でフレッドを応援するコーディであった。
兄妹を招いての晩餐会の前に、フレッドは執務室に寄ると、渋い顔のコーディからエルシアからの要望書を見せられた。
フレッドは一つため息をつく。
「大丈夫だよ。コーディは心配しなくても、これはオレの方で断るから」
「フレッド殿の方は心配してませんが、シャーロットが断れますかね」
フレッドはヘラっと笑った。
「断ってくれるのを祈るしかないね。じゃ、行ってくるよ」
フレッドはコーディに片手を上げて、執務室を後にした。
コーディは心配そうにそれを見送り、平民からの登用(という建前)であるため、晩餐会に参加できない己を呪った。
広いテーブルについているのは4人。
静かな空気の中、晩餐会は始まった。
兄妹から聞くエルシア国内は、シャーロットにとって大変興味深いものだった。
馬車の10倍以上の速さで走る機関車を使えば、国の端から端へ移動するのも、1日か2日で行けてしまう。
ここからランバラルドへの移動だって、馬車で5日、急がせても4日かかっていたものが、1日と少しで行けてしまうのだ。
エドワードはにこやかに言う。
「ですが、初期投資がかなり必要ですね。機関車を一台作るのもお金がかかりますし、行きたいところには"線路"がないと機関車は走りません」
食事が終わった後の紅茶に口をつけ、シャーロットはため息をついた。
「そうですわよね。各地に線路を引くには、まだまだボナールの国力は足りていません。でも、少しずつ技術を習得して、資金ができたら各地に線路を引いていくことを考えたら、やっぱり今からでも技術は学んだ方がいいと思うの」
シャーロットは意欲的に顔を上げた。
エドワードはくすくすと笑い、シャーロットに話しかける。
「聡明な女王様。確かにその通りです。技術は一朝一夕に身につくものではありません。明日から早速技士候補の方を交えて意見交換をしたいと思っておりますが、シャーロット陛下のご予定はいかがでしょうか」
「私はリリー様の植物についての講義に出たいと思っておりますの。エドワード様の会にはフレッド宰相が出席いたしますわ」
エドワードとリリーは視線を交わす。
「シャーロット陛下、陛下はすでに植物の知識がおありになると聞いております。より、広く知識を広めるためにも、機関車の講義をシャーロット陛下、植物の講義をフレッド殿に聞いていただきたい」
エドワードがそう言うと、フレッドはすぐに反対意見を出す。
「いや、早く知識を吸収したいと考えたら、やはり少しでもその技術に近い者が聞いた方が良いと思います」
リリーも口を開く。
「フレッド様、兄の言うことも一理あると思いませんか? 一からのスタートなのです。みなの理解が同じように始めるのがよろしいのではないでしょうか」
「いえ、リリー嬢。一刻も早く身に付けたいのです。知識を持つ者がより近くで講義を聞く方が良いと思いますよ」
あくまで反対の態度を取るフレッドに、エドワードは苦笑いを漏らす。
「フレッド殿は何を心配しておられますか? 純粋な気持ちで講義をおこなう我々に、何か心配事でもありますかな」
フレッドは笑顔のまま、心の中で悪態をつく。
何言ってんだよ。
純粋な気持ちじゃなくて、不純な下心だろ。
にこやかな会話の下に見え隠れする殺気に、シャーロットはおずおずと口を開く。
「講義をなさるエドワード様が、気持ち良くお話をなさるのが一番かと思いますわ。私は機関車の講習会に出ても良いのですが……」
シャーロットちゃん!
空気読んで空気!!
フレッドの思い虚しく、次の瞬間にはエドワードが話を取りまとめていた。
「では、シャーロット陛下は機関車、フレッド殿は植物の講義でお願いしますね」