1章 2
ボナールへ帰国して、旅の疲れが取れた頃。
フレッドが手掛けていたエルシアとの技術外交で、エルシアのハミルトン侯爵子息がボナールを訪問するとの親書が届いた。
執務室で仕事をしていたシャーロット、フレッド、コーディの3人は手を止める。
「フレッド殿、エルシアの侯爵子息訪問では、蒸気機関車の技術について、留学生を受け入れてくれるかどうかの交渉の予定だったな。しかし、ハミルトン家のご令嬢も同行されるということだが、こちらは?」
「ああ、ハミルトン家の兄妹は技術面で2人とも熱心でね。妹の方は植物の栽培についての技術者なんだ。違う品種の掛け合わせ方法やハウス栽培のノウハウをご教示いただけるということだよ。さすが、技術面に重きを置いている国だよね」
シャーロットは不思議そうにフレッドを見た。
「ハウス栽培ってなんですの?」
「なんでも、ビニールハウスっていうものに植物を植えると、季節でしか採れないもの以外も育つそうだ」
「まあ! 季節以外のものが食べれるのですか?」
「そういうことになるね」
「一年中いちごが食べられたら素敵ですわね」
頬を染めてうっとりとするシャーロットを、フレッドは微笑ましく見つめていた。
シャーロットが待ちに待った技術交渉の日、エルシアからの長旅を終えて、ホッとした表情の兄妹がボナール国王城の応接室に座っていた。
そこに、フレッドが書類を抱えて入ってくる。
「お待たせして申し訳ありません。」
ソファに座っていた兄妹は姿勢を正す。
書類を机に置き、フレッドも兄妹と向かい合わせのソファに腰を下ろした。
フレッドは兄妹の顔を見る。
「わたしはフレッド・カッティーニ。ボナールの宰相を勤めております」
手を差し出すと、兄妹は次々と握手を交わした。
「わたしはエドワード・ハミルトン。こちらは妹のリリー・ハミルトンです。わたしは機関車について、妹は植物の栽培について交流をと思っております」
一見、人懐っこそうに笑顔を見せるエドワードだが、黒髪と青い瞳にフレッドは既視感を覚える。
茶色の柔らかそうな髪を縦ロールしている妹の方は、白い頬を赤く染め、エメラルド色の瞳を輝かせてフレッドを見つめていた。
程なくして、応接室のドアがノックされ、侍従がシャーロットの入室を告げた。
ドアが開き、シャーロットの姿が見えると、兄妹は立ち上がり、シャーロットへ挨拶をする。
「シャーロット陛下、お目にかかれて光栄です。わたしはエドワード・ハミルトン。こちらは妹のリリー・ハミルトンです。以後、お見知り置きを」
声をかけられ、シャーロットは花が綻ぶように2人に笑いかけた。
「私はシャーロット・ボナールです。お二人とも、よく来てくださいました。お二人との交流会を楽しみにしておりました」
エドワードはシャーロットを見て、目を見開き頬を染める。
ちっ。
フレッドは心の中で舌打ちをする。
シャーロットちゃんも女王陛下なんだから、そんなに簡単に笑い掛けなくてもいいのに。
だいたい、黒髪というのが気に入らない。
ライリーしかり、帝国のジルベールしかり。黒髪の高貴なヤツはみんなシャーロットちゃんに執着するんだ。
「こほん。では、早速」
フレッドはわざとらしく、ひとつ咳払いをしてから今後のスケジュールの打ち合わせをした。
滞在は一週間程度。
兄妹には王城に宿泊してもらい、王城に呼んでいる技師へ、その素晴らしい技術を伝授してもらう。
明日には貴族籍を持つ技師や、エルシアと交流をはかりたい貴族を招待した歓迎会が開かれる。
「では、今日はお疲れのことと思います。シャーロット陛下とわたしで歓迎の晩餐を用意しておりますので、それまでゆっくりとおくつろぎください」
フレッドがそう言って入口付近に控えていた侍従に目線で合図を送ると、侍従がドアを開け、兄妹を促す。
ふたりは立ち上がり、それに合わせてシャーロットとフレッドも立ち上がった。
リリーは腰を折り、挨拶して部屋を出て行くが、エドワードはシャーロットの側まで来て跪き、そっと手を取り、軽くキスを落とす。
「シャーロット陛下。あなたのように美しい方はこの世の奇跡だ。知り合えたことはわたしにとってこの上ない幸運。今夜の晩餐も楽しみにしています」
エドワードは熱くシャーロットを見つめた。
シャーロットは一瞬目を見開くが、コロコロと笑い出す。
「いやですわ、エドワード様。大袈裟です」
ニコニコとシャーロットはエドワードを見つめ、瞬間。ふたりは見つめ合う形となった。
「ごほん。シャーロット陛下、コーディが執務室で待っていましたよ。次の予定があるので、移動はお早めにお願いします」
フレッドがそう言って、シャーロットにエドワードの手を離すように暗に伝えると、エドワードはフレッドをチラッと盗み見た。
「では、陛下。また後ほど」
そう言ってエドワードはやっと応接室を出て行った。
フレッドは思う。
ほら、やっぱり黒髪の高貴なヤツはロクなヤツがいない。




