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――同じ頃 FRC-28 格納庫内
「! ……これは⁉︎」
妙な振動を感じ、ライアンは思わず腰を上げた。
(まさか……)
嫌な予感がする。それを振り払うように一つ頭を振ると、携帯端末を取り出した。
それをレシーバーモードにして艇内の音声をモニタリングする。
『シャッターが閉じ始めている⁉︎』
『まさか、閉じ込められたということか?』
『ジェラード、離脱はまだか⁉︎』
『すいません、まだです! ウィルスの抵抗がなかなか……』
『隊長に連絡を!』
……などという音声が聞こえてきた。
「バカな。そんな事が……」
流石のライアンも、その顔に動揺の色が浮かぶ。
彼にとっては想定外の事態ではあった。しかし……今思えば考えられない事態でもない。
(迂闊だった。マズいな。どうすべきか……)
額に浮かぶ汗を拭う。焦る頭で、ひたすら考えを巡らせた。
……とはいえ、今のこの艇の状況では、どうにもなるまい。彼は無力感に襲われ……
「?」
と、廊下を走って来る足音。そして扉が荒々しく押し開かれ、何者かが格納庫に駆け込んできた。
「たたたっ、隊長っ、大変ですー! シャッターが閉じ始めています!」
「お……おう」
それは、手にカップを持ったクルツであった。中性的な整った顔は蒼白で、焦燥感をにじませていた。ライアンにとっては、そんな顔を見るのは久々のことではある。
先刻までの悩みを忘れ、思わず苦笑を浮かべうる。
「ああ。それはさっき無線で聞いた。ドッキングポートのシャッターが閉じられた、とな」
「そそそっ、そうですっ! ああああのっ、我々は閉じ込められて……」
「……とりあえず、それ飲んで落ち着け」
珍しく狼狽するクルツの姿に苦笑しつつ、ライアンはその手に持つカップを指差した。
「は、はい……」
クルツはそれを呷り……
「……ってコレ、隊長に持ってきたコーヒー! ……あっ、あのっ」
ライアンは一つため息をつくと、仕方なくといった風にクルツの脳天に軽く手刀で一撃した。
「あ痛ッー⁉︎」
「いやだから落ち着けと」
「……はい」
ようやくクルツは落ち着きを取り戻したようだ。
短く刈り込んだ茶金色の頭を押さえ、少し涙目でライアンを見る。
「おそらくは、船のコントロールを取り戻されてしまい、打つ手がなくなったんだろうがな……。どうやら相手は、俺たちを何としてでも葬りたいらしい」
「そんなっ⁉︎ でも、我々は……」
「関係ないさ。“ニンゲンども”が復讐の対象なんだからな」
「そう……でしたね」
クルツは床上に寝かされた人型生物の遺体を目にし、肩を落とした。
「でも……こんな時でも落ち着いているなんて、流石は隊長」
「そんなことはないさ。が、目の前で取り乱してるヤツがいたら、いやでも落ち着くしかあるまい?」
「え゛? そ、そりゃそうかもしれないですけどー」
クルツは少し恨みがましい目でライアンを見た。
「とはいえ……この事態をどう打開すべきか考えねばならんな。行くぞ」
ライアンは苦笑を噛み殺すと、クルツを伴ってブリッジへと向かった。
――レオ号
ブリッジ内では、何とも言えぬ重苦しい空気が流れていた。
ドッキングポートだけでなく、コロニー前面の窓のシャッターまで閉じられてしまっているのだ。
「砲撃でシャッターを破壊して救助できますかね?」
場を支配する沈黙に耐えきれず、オペレーターが問う。
「ウム……」
しかし、ヴォロフは厳しい顔をするのみだ。
「駄目だな。この船はあくまでも巡視船。その装備ではな……」
地球連合保安庁所属の巡視船は、軍艦の設計を流用して建造されたものも少なくない。例えばレオ号のような大型船は、ほぼ同サイズの駆逐艦の設計をベースに建造されている。
しかしそれはあくまで船体の構造のみだ。武装に関しては、あくまでも準軍事組織としてのレベルのものしか装備していない。保安庁はあくまで、領空域における安全および治安の確保を目的とした組織であるがゆえだ。
コロニーの外殻を破壊できる装備など、用意されてはいないのだ。
「巡航艦や戦艦ならば可能だろうがな……」
それらの主砲やミサイルならば、シャッターを破壊し捜索隊を救出できるだろう。だが、無い物は仕方がない。
「確か、緊急用の解除レバーがあったはず。それを使えば……」
万一の事態に備え、コロニー外部から隔壁やシャッターを解放出来るようにはなっている。
しかしそのためには、カッターを出してコロニーに接舷せねばならない。
果たしてこのまま救助チームを出動させるべきか?
そう思索をめぐらす。
と、突如鳴り響くアラート音。
「どうした⁉︎」
「コロニーの砲台がリフトアップしてきます!」
「何⁉︎」
コロニー側面外壁が数カ所開いている。そこから現れる、レーザー砲。
あれは、デブリ破壊用レーザー砲台。コロニーに接近する、有害なデブリを排除するために装備されている。
一基あたりの出力はそれほど大きくはないものの、それでも数が集まれば、巡視船クラスの外郭ですら撃ち抜かれる可能性がある。大型のデブリに対しては、そうして対処するようになっているのだ。
その砲が今、多数レオ号に向けられつつあった。
「いかん! 回避!」
「ラジャ!」
すぐさま舵手の手により船は回避運動に入る。そして襲い来る、強烈な横G。
船内設備や人員にも被害が出たかもしれない。
ヴォロフは、自らの手ではどうにもならぬ事態に歯噛みした。
そしてレーザーのかすかに光るいく筋もの光条が、先刻までレオ号がいた宙域を薙いだ。
「……危なかった」
ヴォロフは、嫌な汗がどっと吹き出るのを感じた。
いかに大型巡視船といえど、あのレーザー斉射をまともに数発喰らえば撃沈される可能性もある。
しかも、この船に装備された防御スクリーンや装甲では、あれだけの出力のレーザーを防ぎきるのは難しい。
「煙幕、チャフ、ダミーバルーンを展開! その間にデブリの陰に隠れろ。とりあえず、応援が来るまではな」
「ら……ラジャ!」
すぐさま巡視船側面のランチャーからいくつかの弾頭が発射される。
それは、レオ号の前で弾けた。
アルミ箔を思わせる電波反射材や電磁波撹乱素材を含んだ煙幕が展開され、その中にレオ号のシルエットを模したバルーンが展開される。
その間にレオ号は、小さな岩塊の陰に移動していた。
無論、これで完全に誤魔化しきれるわけではない。だが、応援が到着するまでの時間稼ぎは出来るはずだ。
ヴォロフはそう判断した。
しかし、
「コロニー後部より、熱源反応あり! 後部エンジンが起動しています!」
「何⁉︎」
(ここから移動しようというのか⁉︎ 一体何処に?)
ヴォロフは驚愕に目を見開く。
さらに、
「コロニーが回頭しています!」
「何だと⁉︎」
メインディスプレイ上に表示されたコロニーの映像。
それが、ゆっくりと向きを変えて行く姿が映し出された。
後部エンジンの噴射偏向および、コロニー前後に設置された水槽間の水を移動させることにより回転力を生み出しているのだろう。
そしてコロニー前面を軌道方向に向きかけたところで、その背面の推進システムからプラズマの光が走る。
そしてコロニーは、光の尾を引いて宇宙を疾りだした。
「いかん! 追え!」
ヴォロフの命。
すぐさまレオ号もその後を追うべく、スラスターを吹かす。
しかし……追ったところでこの船ではほとんど何もできない現状に、ヴォロフは臍を噬む思いであった。




