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――レオ号ブリッジ
「船長! FRC-28からの入電です!」
「……今度は何が起きた?」
相次ぐ凶報に、半ば達観した様な顔のヴォロフ。
「それが……ライアン一尉及びクルツ三尉により、何とか人型生物の襲撃はしのいだそうです」
「! そうか……」
ヴォロフは安堵の息を吐いた。
最悪の事態も想定せざるを得なかったからだ。
「現状は、ジェラード一曹の脳核を艇のコンピュータに接続し、そちらからの操作でコロニーからの離脱を目指すようです」
「そうか。離脱が完了したら安全な場所まで曳航し、ウィルスを完全に除去をせねばな。出動準備中の救助チームに伝えておけ」
「アイサー!」
オペレーターの返答。
(やれやれ……とりあえず危機は脱した、か)
内心独語すると、ヴォロフは額の汗を拭った。
――FRC-28 格納庫
ボーディング・ブリッジにつながるハッチがゆっくりと閉じ始めた。
「……上手くいったか」
ライアンは独語した。
ジェラードの抵抗のおかげで、この艇のコンピュータに仕掛けられたウィルスは不完全な状態なのだろう。もし完全なものなら、とうの昔にこの艇の機能は全てウィルスの支配下に置かれていたはずだ。
とはいえ時折扉の動きが止まるところを見ると、ウィルスもなかなか頑強に抵抗をしているようではある。
そして扉が完全に閉じ……ロックが掛かった。
すかさずライアンは、回路のヒューズを抜いたロックレバーを手動で倒してさらにロックをかける。
これで、コンピュータウィルスによる扉の解放はできなくなった。
他のハッチにも同様の処置をするよう、無事だったクルーに指示してある。
「……これでよし。後は、ジェラードがうまいことやってくれることを祈るだけだ」
エッンクバットやゼレンコがこの手の処理を得意とするのだが、現状では対処不可能だ。二人の負傷はかなり痛い。
故に、現状はジェラードに頑張ってもらうしかないのだ。
「とりあえず……疲れた」
ライアンは手近な機材の上に腰を下ろした。
「ロドリックたちには悪いが、少し休ませてもらおう」
「そうですねー。とりあえず、何か冷たいもの持って来ます。隊長はここで休んでいてください」
「すまんな」
……とはいえ、調査隊隊長という役目からして、休みっぱなしという訳にはいかないであろう。とりあえず、疲れが取れたらロドリックの手伝いに行くつもりだ。
(だが……もうしばらくぐらいは、な)
待機室へと向かうクルツの背を見つつ、ライアンは心中で独語した。
――レオ号ブリッジ
スコーピオ号からの、再びの通信があった。
ヴォロフはすぐにメインディスプレイに通信画面を呼び出させる。
『報告は聞いたよ。全く……色々予想外のことが起こるものだな』
ディスプレイに映し出されたアルグレアはヴォロフの顔を見、一つ大きな息を吐いた。
「全くだ。こんな事態になるとは思っても見なかったよ。ここまで面倒な話になるとはな……」
『ああ。私もだ。移送後の保安本部による尋問で発覚したらしいのだが……あの時拘束した連中が、まさかあんな“モノ”を輸送していたとは思わなかったからな……』
乾いた笑みを浮かべるアルグレア。
「う……む。あんな“モノ”とは?」
そして、恐る恐るヴォロフが問う。
『ああ……それは、“ミッレ・リーリャ”だ』
「! そいつは……」
ヴォロフは絶句した、
“ミッレ・リーリャ”。ラテン語で『千枚の花びら』を意味する名だ。今までに出回った数ある薬物の中でも、極めて強力なモノの一つである。
効力に比して脳などへの悪影響は少なく、違法ながらも常用する者も少なくなかった。中には、『悟りを開いた』『超能力を得た』『高次元の意識体に接触した』などと言い出すものもいたという。
そして彼らの言に影響され、解禁を求めるものも現れたほどだ。
が、その実態が明らかになると、人類社会は震撼した。
この薬物は、人間の脳から抽出・精製されたモノであったのだ。濃縮された脳内麻薬。それがこの薬物の実態であった。
徹底的な捜査が行われた結果、その製造工場の凄惨な実態が明らかにされた。不法移民の子供達を買い集め、様々な手法で虐待したのちにその脳自体から取り出された薬物。それが、この“ミッレ・リーリャ”なのだ。
特定の“感覚”を作り出すための虐待を行い、脳を奪って麻薬とする……
それは、あまりに非人道的な行為。
地球連合警察庁および保安庁は徹底的に密売組織を取り締まり、そして元締めと売人たちは全て厳罰に処した。“人権派”たちの抗議は全て黙殺し……。
そして多大な犠牲を払いつつも、その組織は太陽系内からは根絶されたはずであった。
が、まさかこんな場所にその工場が存在するとは、誰も思っていなかったのだ。
『保安本部から聞いた話だが、警察や軍も動いているそうだ。色々キナ臭い話も出ているからな……。政府やメディア、企業に食い込んだ怪しげな連中が色々蠢いているという話もある』
「……そうか」
かつて――人類が地球上にとどまっていた時代からずっとそうした非合法組織は存在し続け、人類社会に寄生している。そして、自らは表に出ることなく、その富を啜り続けているのだ。
「だからこそ……この件は我々保安庁の手で何とかせねばなるまい」
関わる組織が増えれば、それだけ事態に干渉してくる輩が増えるからである。地球連合と他星系国家との間に発生した領空侵犯の際の対応などにも、少なからず政治的な圧力がかかることもあった。
ゆえに、非合法組織とつながりのなる者が政府内にいれば、何らかの手で干渉してくるのは自明の理だ。数年前にはこの薬物の不法所持で逮捕された連合議会議員がいたほどである。まだ他にもいないとは限らない。おそらくこの薬物の蔓延は、想像以上に大規模で深刻なのだろう。
この調査に時間をかければ、そういった所から何らかの圧力がかかる可能性は高い。
『全くだ。一刻も早くコロニーの調査に着手し、事実関係を明らかにせねばな。あと一時間ほどすれば、我々もそちらに着く。すぐに捜査に着手しよう』
「そうだな」
そして幾らかの情報交換ののち、通信が終了した。
「……ところで、救助チームの準備はどうなっている? すぐに出れそうか?」
「はい。先刻準備が整った模様です。FRC-27の出動はいつでも可能です」
FRC-27は、現在コロニーに接舷しているFRC-28の同型だ。レオ号は、この二隻の調査艇を装備しているのだ。
「そうか……では、すぐに発信させろ」
「ラジャ!」
オペレーターは、すぐさまFRC-27のブリッジに船長の指令を伝えた。
と、その時、
「ん? あれは……」
正面の大型ディスプレイ上で、変化が起きた。
映し出されたコロニーの、前面。ドッキングポートの開口部のシャッターが閉じていくのだ。
「……いかん! 早く脱出を!」
ヴォロフが叫んだ。
しかし、FRC-28は未だ桟橋から離脱できていない状況だ。間に合うはずもない。
そして……無情にもシャッターは完全に閉ざされてしまった。




