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――レオ号 ブリッジ
「FRC-28内で反乱だと⁉︎」
オペレーターからの知らせを受け、船長のヴォロフは思わず身を乗り出した。
「正確には……コンピュータウィルスによりジェラード一曹の義体が乗っ取られた模様です。楊曹長とゼレンコ一曹が重体、ルエンロン一曹およびエンクバット二曹が重傷です。ジェラード一曹はライアン一尉によって制圧され、脳核を義体から切り離された模様」
「……そうか」
ヴォロフは一つ、大きく息を吐いた。
思いもがけぬ事態にも関わらず、現時点において死者が出ていないのは、不幸中の幸いである。
だが、すぐにまた悪いニュースが彼の耳に飛び込んで来た。
「どうやらカッターのコンピュータも乗っ取られ、コロニーからの離脱ができなくなっている模様です」
「何だと⁉︎」
さらなる驚愕に目を見開くヴォロフ。
小型船とはいえ、保安庁所属の艦艇である。無論、そう簡単に乗っ取られるようなヤワなシステムは積んでいない。
「義体乗っ取りの件といい、よほど優秀なハッカーが潜んでいるとでもいうのか? あのコロニーには……」
バイオ技術の発達により人体全てを再生することが可能になっているとはいえ、まだサイボーグ化により身体の欠損を補っているものも少なくない。特に、軍事、警察関連の仕事に従事するものの中には、完全義体も存在する。ジェラードはその一人であった。
もしその技術が外部に漏れてしまえば、混乱は必至だ。
万一テロリストに渡ることがあれば……
「その身柄を抑える必要があるか……」
とはいえ、FRC-28のコンピュータを乗っ取るような相手だ。迂闊にコロニーに接舷してこの船まで乗っ取られるわけにもいくまい。
(どう救援すべきか……)
ヴォロフは内心頭を抱えた。
が、そうして苦悩している暇もなく、次なる凶報がオペレーターの口から発せられた。
「FRC-28が、数体の人型生物から襲撃を受け、現在ライアン一尉が応戦中とのこと。救援を求められています!」
「! ……バカな!」
(ハッカーと人型生物が連携して調査チームを襲ったとでも言うのか……)
「すぐに救援を送れ! 多少、コロニーやカッターに被害が出ても構わん。強引にでも引き離して救出するしかあるまい」
「アイサー!」
その指令に、オペレーターはすぐさまインカムを取った。
――FRC-28艇内
「クソッ! キリがない!」
流石のライアンも、焦燥の色は隠せない。
押し寄せる人型生物。ライアンはすでに六体を屠っている。
泥のような疲労感が彼を襲っていた。
それは、連戦からくる肉体的なものだけではない。
相手は怪物の如き姿とはいえ、その顔はヒトのものにい酷似している。そういうモノを撃つということは、あまり気分の良いものではない。
それが故に、精神的にもかなり消耗してしまっているのだ。
が、更に3体が一挙に押し寄せてくる。
「チッ!」
バックジャンプしつつ、正面の一体の胸を撃ち抜く。
次いで左手で腰のナイフを抜き、右の一体に向かって投げつけた。
命中。喉元から吹き出す鮮血。
そして、最後の一体に……
「クソッ!」
最後の力を振り絞ったのか、正面の一体がタックルするように突進し、ライアンの脚を取る。
一瞬反応が遅れた。
発射された銃は、襲いくる最後の一体の腕を撃ったのみだ。
そして、その爪がライアンの頭部に向けて振り下ろされ……
銃声が響いた。
「ガッ⁉︎」
人型生物の呻き。
見ると、そのこめかみに銃槍ができていた。そして吹き出す血と脳漿。
そして、最後の一体は崩折れた。
「間に合いましたー」
背後の声。
振り返ると、クルツが銃を構えて立っていた。
「間一髪だったな。助かった」
「どういたしまして。お役に立てて光栄です」
クルツは少しおどけたように敬礼した。
その答えに、思わずライアンの頬もわずかに緩んだ。
「ガ……ァ」
と、ライアンの足元で、胸を撃ち抜かれた人型生物が呻いた。
先刻襲いかかった三体のうち、ライアンの脚にしがみついていた、中央の個体だ。
大量の血が失われたためかその腕は力を失い、ライアンはその拘束を脱していた。
「コイツ……まだ生きて!」
クルツがその頭に銃を向けた。
「いや、待て!」
ライアンはそれを押しとどめた。
人型生物の口元が動いているのが見えたのだ。
そして慎重に、その傍らに近寄る。
「恨み言があれば、聞こう」
「ニンゲン……ドモ。コノテイドデ ワレラノ フクシュウハ オワラン」
「復讐、か」
「何を言うか! それはティラチスの連中に言うべきことだ! 我々は……」
ライアンは、柳眉を逆立て激昂するクルツを押しとどめた。
「待て。もう事切れている」
「……すいません」
長身をすくめるクルツ。
「いや、いいさ。気持ちはわかる。が……コイツらも犠牲者なんだ。コイツらも、な」
「はい……」
ライアンはその肩を一つ叩いた。
「よし……そうだな」
そして、携帯端末を取り出す。
「ロドリック、聞こえるか?」
『……ああ。今度は何だ? また怪我人か?』
「いや……俺もクルツも無事だ。何とかこの場はしのいだ。ちなみに九体ばかり、あの人型生物の死骸ができたんで、解析のサンプルには困らなくなったがな。……それよりも、だ。俺たちがここで抑えていられるうちに、離脱の準備を頼みたい」
『離脱⁉︎』
絶句するロドリック。
『……いや待て。私は医者だぞ? 船の操縦なんぞ出来るわけがなかろう? そもそもこの艇のコンピュータは……』
「いや……そこまでやれとは言わんさ」
慌てふためくロドリックに、ライアンは思わず苦笑する。
「そこにあるジェラードの脳核。そいつを艇のメインコンピュータに繋げてもらいたい」
『これを、か……』
しばしの沈黙。
『……わかった。すぐにかかろう。どうなるかわからんがな……』
ロドリックとの通信が切れた。おそらく彼は、作業にかかったのだろう。
「ジェラードの脳核を、ですか?」
クルツがおずおずと問う。
「ああ。あのウィルスでも流石にヒトの脳まで乗っ取れなかった訳だしな。ヤツの脳から直接コントロールすれば、離脱ぐらいなら何とかなるだろう。いずれ救援も来るだろうしな」
「なるほど……」
と、そこで再びライアンの携帯端末に着信があった。
『隊長……』
「おう……ジェラードか? 気分はどうだ?」
『いいんですか? 自分なんて……』
おずおずとした問い。
「馬鹿野郎! 何言ってやがる。折角の名誉挽回の機会だろうが!」
『は……ハイ』
「だから、全員無事に船まで送り届けろ! 分かったな!」
『い……イエッサ!』
ジェラードの、少しばかりくぐもった声が携帯端末から響いた。




