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第十一章 もう一度、会いたい

 あの日から、俺は少しずつ前を向こうとしていた。


 友達に言われた通り、マッチングアプリで新しい人を探した。


 何人かとメッセージをして、その中の一人と会うことになった。


「こんにちは」


「こんにちは。今日はありがとうございます」


「こちらこそ」


 待ち合わせ場所で挨拶を交わす。


 相手は明るくて、話しやすい人だった。


 仕事の話。


 趣味の話。


 好きな食べ物。


 最近見た映画。


 話していると楽しかった。


 相手も楽しそうに笑ってくれる。


 店を出る頃には、自然と笑顔になっていた。


「今日は楽しかったです」


「俺も楽しかったです」


「また、よかったら会いませんか?」


「……はい」


 そう答えた。


 きっと、これでいい。


 新しい人と出会って。


 新しい時間を作っていけばいい。


 つづみのことも、いつか忘れられる。


 そう思っていた。


 けれど――。


 一人になった帰り道。


 俺の頭に浮かんだのは、別の女性だった。


「……なんでだよ」


 今日会った人は、優しかった。


 話していて楽しかった。


 何も悪くない。


 それなのに。


 比べてしまう。


 つづみだったら、この話をしたらどう笑うだろう。


 つづみだったら、どんな反応をするだろう。


 そんなことばかり考えていた。


 電車の窓に映る自分の顔を見る。


「……俺、まだ好きなんだな」


 どれだけ別の人を探しても。


 どれだけ忘れようとしても。


 心の中から消えてくれない。


 むしろ、誰かと話せば話すほど分かった。


 俺が会いたいのは。


 俺が一緒にいたいのは。


 やっぱり、つづみだった。


     


 家に帰る。


 スマートフォンを机の上に置く。


 しばらく、その画面を見つめていた。


 つづみとのトーク画面。


 連絡を取らなくなってから、かなり経つ。


 もう一度メッセージを送るべきか。


 やめたほうがいいのか。


 つづみは距離を置きたいと言った。


 それを無視して連絡するのは、迷惑かもしれない。


 何度も迷った。


 それでも。


「……やっぱり、会いたい」


 俺はスマートフォンを手に取った。


 文章を入力しては消す。


『元気?』


 違う。


 消す。


『最近どう?』


 これも違う。


 また入力する。


 消す。


 何度も考えて。


 最後に残った言葉は、とても単純だった。


『またラウンジに行ってもいいですか?』


 指が止まる。


 送っていいのか。


 断られたらどうする。


 迷惑だと思われたら。


 それでも――。


 送信ボタンを押した。


 ――送信。


「……送っちゃった」


 心臓が速くなる。


 既読はつかない。


 スマートフォンを机に置く。


 数分。


 何度も時計を見る。


 そして――。


 通知が鳴った。


「!」


 慌てて画面を見る。


『もちろんです』


 その一言を見た瞬間。


 胸の奥が、少しだけ軽くなった。


 続けて、つづみからメッセージが届く。


『来てくれるんですか?』


 俺は少しだけ笑った。


『うん。前に行ったとき、楽しかったから』


 本当は、それだけじゃない。


 楽しかった。


 でも、それ以上に。


 つづみに会いたかった。


 ただ、それを言う勇気はまだなかった。


     


 その頃。


 つづみはスマートフォンを握ったまま、メッセージ画面を見つめていた。


 蓮からの突然の連絡。


 驚いた。


 でも――。


 嬉しかった。


 自分から距離を置いたのに。


 もう会えないと思っていたのに。


「……また来てくれるんだ」


 自然と笑顔になる。


 そして、自分でも気づいた。


 ずっと待っていたのかもしれない。


 連絡が来るのを。


 もう一度会える日を。


 彼が自分を完全に忘れてしまわないことを。


「……私、何やってるんだろ」


 苦笑する。


 夢を優先すると決めた。


 恋人を作らないと決めた。


 なのに。


 彼から連絡が来ただけで、こんなにも嬉しい。


 心臓が少しだけ速くなる。


 でも、今はまだ答えを出さない。


 蓮と付き合うかどうか。


 そんなことは分からない。


 ただ――。


「また会いたい」


 それだけは、はっきりしていた。


     


 俺はスマートフォンを閉じた。


 まだ恋人にはなれない。


 つづみの気持ちも分からない。


 それでも。


「……もう一回だけ、会いたい」


 自分の気持ちに、嘘をつくのはやめた。


 新しい誰かを探して忘れようとするのではなく。


 好きなら、好きなままでいい。


 つづみの夢を邪魔しない。


 無理に答えを求めない。


 ただ、彼女の近くにいられるなら。


 今は、それでいい。


 俺はもう一度、つづみの働くラウンジへ行くことを決めた。


 それが恋人になるための一歩なのか。


 ただの客として戻るだけなのか。


 まだ分からない。


 それでも――。


 俺はもう、自分の気持ちから逃げないと決めた。


 たとえ、今すぐ隣に立てなくても。


 たとえ、恋人になれなくても。


 もう一度だけ。


 つづみに会いたかった。


 ――その小さな一歩が、止まっていた二人の時間を、再び動かし始めることになる。


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