3:女幹部は混乱中
表情が変わりづらい、何を考えているのか分かりづらい、と友人からも評判の広江 蛍であったが、その可憐な容姿の内側は混迷を極めていた。
本日午後、宿敵であるジュエルナイツの一人と、穴に落ちた。
これはまあ、仕方がない。戦いの場において、諸々のアクシデントはつきものなのだ。
そしてその一人こと、グリーン氏(本名・年齢不詳、恐らく二十代後半)とケーキを食べに行くことになったのだ。
彼が独りでケーキ屋に行けない、という馬鹿馬鹿しい理由のために。
ここが腑に落ちなかった。アジトもとい、自宅に戻って来た今もなお。
「知らない人と、ケーキを食べに行くことになりました」
そのため無意識のうちに、蛍は普段表に出さない悩みをつい、ぽろりと口から転げ落としてしまった。
言ってから自分でも驚くも、聞かされた方はもっと驚いていた。
「知らない人って……どういうことなの、蛍ちゃん?」
夕飯のメインディッシュである麻婆豆腐を皿に載せつつ、幹部仲間にして叔父の宰二が、整えられた眉を潜めた。
女性のような柔らかい言葉遣いなのは、彼の内面が女性だからだ。
これで戦闘中は武士言葉を喋っているのだから、世の中よく分からない。
キング一味の首魁にして、父である兜も、人数分の味噌汁茶碗を用意しながら首を傾げた。
その動きに合わせ、彼の眼鏡がずれた。
「ナンパかい?」
父からお椀を受け取り、じゃがいもの味噌汁をよそって、蛍は首を振る。
「全く知らないわけではありません。素性は分かっていると言いますか、身元は確かと言いますか」
自分で言っていて、余計に怪しい気はした。
宰二も兜ももちろん、ますます困惑顔となる。
「身元は確かって……バーの常連客さん、とか?」
しかし心優しい叔父は、蛍のバイト先の名を挙げ、好意的解釈を示した。
ジュエルナイツの一人です、とはさすがに言えなかったので、無表情に安堵の色を添える蛍。
「はい。そのような具合です」
「二人きりで喋ったことは?」
「殆どありません」
二人の顔が、再び曇る。
内心慌てて、蛍は言い添えた。
「ですが、筋は良いと思います」
戦闘での経験を思い返し、頓珍漢なフォローをする。
しかし蛍も必死であった。
うっかり心の声を零したばかりに、外出を禁止されてしまっては、約束を反故にしてしまう。
そんな真似をすれば最悪、大学から身元を特定されて、全員まとめて逮捕されかねない。
「筋、かね……」
腕を組み、父が考え込む。頬に手を添え、宰二も唸った。
「筋は良いって……意外に蛍ちゃんも脈あり、ということ?」
「脈は皆無ですが、人柄は誠実なのではないか、と思っています」
我が国における、暗黙の了解を無視して素顔を晒した行為を、蛍はそう評価していた。
「うーん……貴女の叔父さんになって二十年経つけど、どう判断すればいいのか分からないわ。とにかく、悪い気はしないのね?」
グリーンから悪意は感じられなかったので、そこは素直に頷く。
ホッと、宰二は微笑んだ。
「それならとりあえず、行くだけ行ってみれば? 案外楽しいかもしれないわよ」
「蛍はしっかり者だから、まあ大丈夫だろう」
兜も弟の言に、そう賛同する。
「あ、でも」
長身をかがめ、宰二は蛍と目を合わせた。彼女の紫色の瞳をじっと見つめ、一言一言ゆっくり言い聞かせる。
「いいこと? もしも身の危険を感じたら、『火事だー!』って叫ぶのよ。『助けて』じゃダメ。みんな知らんぷりしちゃうから」
「はい」
「それから、金的する時は棒じゃなくて玉。玉の方を狙うのよ。余裕があれば、握りつぶしておやりなさい」
「……はあ」
そんな余裕は持ちたくなかったし、そんな事態も御免である。
しかし扇情的な戦闘服に反して、そういった事柄への耐性が皆無な蛍は、素直に叔父の助言を拝聴する。
「おおい。ご飯が冷めちまうぞ。そろそろ食べないか」
空腹を持て余した父がそう声を掛けるまで、即席の護身術講座は続くのであった。