2:正義の味方とミーティング
樹の望み薄の恋路は、その実、実働部隊内では公然の秘密となっていた。
彼ら三人しかいないミーティングルームにて、話題は自然と昼間の、地面陥没事件に変わっていった。
「それで樹先輩、憧れのベルフラワーちゃんと二人きりになって、告白とかしたんすか?」
凛々しい面をにやにやさせて、ジュエルレッドこと炎司が樹へもたれかかった。
男にしなだれかかられる趣味はないので、樹はそれを乱暴に跳ね飛ばす。
「してへんよ。急に告白しても、あの冷めた目ぇで拒否されんのがオチやん」
「まあ、そうっすね。めちゃくちゃ想像できます」
「せやから、デートに誘った」
「マジですか! いくら積んだんすか?」
この後輩、有事においては非常に優秀な人材なのだが、遠慮や配慮に著しく欠けているのだ。
眉間に皴を作りつつ、樹は彼の頭を軽く小突く。
「いてっ」
「積んでへんわ! 学生証落としたから、返す代わりに付き合うてって言うただけや!」
言ってから、しまったと気付くも遅い。
「それって、金積んで女の子と付き合うより、タチ悪いですよね」
ばっさりと、ジュエルホワイトこと深雪に言い切られた。彼女の言う通りであるため、樹も二の句を継げない。代わりにぐぬぬ、と低く唸る。
「呆れたっす。脅迫じゃないっすか。オレたち正義の味方なのに」
言葉通り、炎司も呆れ顔だ。その顔のまま、彼が続ける。
「ステイサム先輩、タフガイなのは顔だけっすよね。顔だけはマジ、ダイ・ハードなのに」
「それ違うハゲやろ! 僕かて、テンパって何言うたんやろって、後悔しとんねん!」
樹が裏返った声で、がなった。
焦る先輩を、深雪もせせら笑う。
「ステイサム先輩、ほんとに気が小さいなあ」
「ステイサム呼ぶな! ほんまにハゲそうやろ!」
黒い短髪を両手で覆い、ステイサムもとい樹は若干青ざめた。
なおあだ名の由来は、顔がジェイソン・ステイサムに似ているためだ。
毛量はむしろ多い方であるため、時折「ある方のステイサム」などと揶揄されたりもする。
渋い俳優であるため、似ていると言われて悪い気はしないのだが。
この二人が言うと、どこか小馬鹿にしている空気が漂っているため、いつもムキになってしまうのだ。
また、彼らを震源地としてジュエルナイツ本部の職員からも「ステイサムさん」と呼ばれているため、気恥ずかしいのも事実である。
傍から見れば「俺のことはステイサムと呼んでくれ」と、自称しているようではないか、と。
このような正義の味方らしからぬ、小学生のようなやり取りは、ミーティングルームへ次に現れた人影によって中断された。
オールバックがよく似合っている、怜悧な初老の男性。
ジュエルナイツの司令官だ。
彼の登場に、樹は苦み走った顔で、二人は笑いを堪えた表情で押し黙り、一礼をする。
司令官はそれに手をかざして応え、彼の後ろに控える女性秘書は会釈を返し、それぞれの定位置に着く。
司令官は最奥の席──炎司命名の「お誕生日席」──で、秘書はその右隣だ。
「さて」
ガラステーブルの上で手を組んで、司令官が三人を順々に見た。
次の言葉が予想できたので、彼らは息ピッタリに無表情を取り繕う。
「今回もキング一味の捕獲に失敗した、と聞いているが」
キング一味──ベルフラワーこと蛍の所属する、敵対組織の通称だ。
司令官はこの、小規模な組織の壊滅と生け捕りに、何故か血眼になっていた。
「司令官、お言葉ですが」
こういう時にまず異を唱えるのは、最年長の務めだ。樹は冷徹な上司を見つめた。
「彼らは言うてみれば、小悪党です。活動内容は、法に触れへん・法を潜り抜ける悪党への仕置きばかり。それ自体は確かに違法行為ですが、賛同者も多いんです。彼らよりも、優先してカタを付けるべき巨悪組織は、他にもあるんじゃないでしょうか?」
何度も繰り返した問答であるため、樹の反論もすらすらと滑らかだ。
蛍に恋をしているものの、それとこれとは別問題で。彼らの確保は優先順位が低い、というのは実働部隊としての、樹の確たる意見であった。
それよりも、武器商人の一団やテロリスト等、追うべき犯罪組織はごまんとある。
たった三人の実働部隊なのだから、犯罪行為の規模が大きな組織を優先すべきなのだ。
そしていつものように、深雪が頷いて続く。
「この前の犯行だって、教師へのセクハラを繰り返す校長の、暴露動画を拡散させて、亀甲縛りにした校長を学校の門にぶら下げただけ。やってることは確かに誘拐ですが、傷一つ負わせていませんでした。それに、彼らの行動に、教師も生徒も非常に感謝していると聞いています」
腕を組み、炎司も大きく同意。
「今日だって、手抜き工事をする悪徳業者の成敗にやって来てました。焦って捕まえても、かえってオレたちのイメージが悪くなるんじゃないすか?」
部下たちの気乗りしない発言に、司令官がガラステーブルを叩いて怒るのも、いつもの流れだ。
「馬鹿者ども! 大衆を味方に付ける悪党ほど、恐ろしいものはないだろう! これ以上支援の声が大きくなる前に、潰さなければいけないのだ! 奴らはヤバイ!」
初老の「ヤバイ」発言の方がヤバイのではないか、と樹はちらりと考える。
だが、彼がそう言うよりも早く、深雪が身を乗り出した。
深窓の令嬢然とした容姿に反し、彼女は誰よりも血の気が多い。
「あんな小悪党、放っておいたって問題ありません! それより、ジュエルナイツのカラーリングの方が問題です! 赤・緑・白ってどうなんです! 国民からやれクリスマスカラーだの、トリオ・ザ・サンタクロースだのと言われてる屈辱、分かりますか!?」
外見通り、深雪はお嬢様育ちだ。それゆえか、笑われることへの沸点が異様に低い。
自分は人のことをステイサム呼ばわりしているくせに、と思わなくもないが、樹は黙して眺める。
たしかにモミノキ担当でいるのは、「ある方のステイサム」と呼ばれるよりも癪ではあった。
女好きとしてそれなりに有名な司令官は、途端に語気を弱めた。
いや、単に深雪の迫力に競り負けただけか。
「そうは言うがね、ホワイト君……ジュエルナイツには、誰でもなれるわけではなく、適性者は本当にごくわずかなんだ。三人見つかってるだけでも、かなり運が良い方なのだよ」
ジュエルナイツには、スターコアと呼ばれる「星の意思」を宿した特殊な宝石に選ばれた、適性者のみが着任することが出来──と、実働部隊にとって、そんなことはどうでもいい。
過去には単身、任務にあたっていたダイ・ハードな先輩もいたらしい、ということの方が重要であった。
だが怒れるお嬢様に、裏方の事情など関係あるはずもなく。
「一応は正義の味方なんですから! 青とか黄色とか、もっとキャッチーな色の戦力も、早く確保してください! 赤と緑と白って! クリスマスとか正月とか、『なんかめでたい』感はありますけどね!」
遂には立ち上がり、深雪はなおも司令官を追いつめる。
「う、うむ……サファイアとトパーズの適性者も、頑張って探してるから……その辺は、穏便に……」
適性テストを、前途有望な若者たちばかりでなく、本部の受付嬢から出入りの業者にまで受けさせていることは、樹たちもよく知っていた。
本部とて子供受けが悪いであろう、緑や白が幅を利かせている現体制に満足しているわけではないのだ。
「ホワイトさん、落ち着いて下さい。司令官も、次の議題がございますので」
いままで無言だった秘書がタオルを投げ、一方的口論は打ち切られた。
また、女性秘書の表情は穏やかなままだったが、怒っている時の癖である独特の握りこぶし──小指から順番に、ゆっくり指を握りしめていくのだ──が出ていたのも、深雪を黙らせる要因になっていた。
噂では元特殊部隊出身という秘書は、怒ると誰よりも恐ろしいのだ。
その後は淡々と、眠くなるような会議が続けられる。
いつもの流れであった。これも。




