22:正義の味方は出くわした
パンケーキを平らげた後、二人は買い物を続けた。とりとめのない会話を交わしながら、あちこちの店を見て回る。
ショッピングモールを十分堪能する頃には、夕刻を迎えていた。
大学生の蛍に門限はないものの、年長者の気遣いとして、遅くまで付き合わせるわけもなく。
樹たちは現在、ショッピングモールの平面駐車場にいた。
今日は前回のお詫びも兼ねて、樹が運転手役も買って出ていたのだ。
夕焼けが、彼の白い車を赤く塗りつぶしている。
「荷物はこれだけ、やんな?」
蛍の買った小物類と、樹の買ったスニーカーと。
そして、蛍が吟味に吟味を重ねて選んだ、人を堕落させる巨大クッションを、トランクルームに詰め込む。
トランクルームを閉じながら、後方の彼女へ振り返った。
車と同じく朱色に染められた蛍は、麗しい人形の顔のまま、こくんと頷く。
「はい。送り迎えだけでなく、商品まで持っていただいて、ありがとうございます」
礼儀正しくお辞儀する彼女へ、樹はカラカラ笑った。
「ええよ、ええよ。でも意外やね、蛍ちゃんがこういうの欲しがるって」
視線はトランクのガラス窓越しに、堕落ソファを示している。
「私にも、だらけたい時はあります」
凛と背筋を伸ばし、蛍は堂々とそう言い切った。樹もにやり、と笑う。
「だらけてるトコ、写真で送ってや」
「絶対に嫌です」
「即答かい!」
予想通りであったが、ズッパリ断られる。
しょげた樹が彼女を窺うと、平素通りの無表情であるが──ほんの少し、瞳にからかいの色が見える。
「蛍ちゃん……?」
「悪用しないのであれば、お送りするのもやぶさかではありません」
「悪用しません! ってか、誰にも見せへんし!」
「それは何よりです」
神妙に頷く彼女の横を、その時ぬっと、黒い影が横切った。
いや、夕焼けが逆光となり、二人の人物を黒く塗りつぶしているだけであった。
人影は、三十代と思われる女性と、彼女を従える初老の男性だ。
男性は蛍のクッションと良い勝負の、巨大なぬいぐるみを抱きかかえていた。
二人に既視感を覚え、目を凝らして人影を眺めていた樹が、やにわに
「あ」
素っ頓狂な声を発した。
初老の男性も、暗くなりつつある駐車場で目を細め、樹を見据える。
「おや、君は……穂坂君か」
「お疲れ様です、倉間司令官」
素通りしなかった過去の自分にうんざりしつつも、樹は営業スマイルを貼り付けて会釈をした。
無論さり気なく、蛍を背に庇うことも忘れていない。
「お買い物……ですよね。これまた大きなぬいぐるみ、買いはったんですね」
「ああ。孫の誕生日プレゼントにね。そういう穂坂君は──」
倉間はぬいぐるみを、秘書官の添金女史に押し付けて、覗き込むように蛍を見た。
「そうか、デートか。君も、隅には置けないな」
ためつすがめつの無遠慮な視線に、元々司令官に好印象を抱いていない樹は、腹立たしさを覚える。
が、寸前でこらえる。
「デートってか、友達と買い物してたんですよ」
だから邪推は止めろ、とやんわり倉間の肩を押し留めたが。
その手が、叩き落とすように払われた。
思わず怒気をまとった樹と、彼を跳ねのけた倉間の視線が絡み合う。
夕闇で見る司令官の双眸は、闇をはらんだかのように真っ黒であった。
男の見開かれた、感情の読めない目に樹は一瞬躊躇する。
その隙に、倉間は蛍へ肉薄した。
正体が割れないためだろう。俯く彼女の顔を覗き込んで、彼は口元だけ笑みを浮かべる。
「名前を、訊いても良いかな?」
ぞっとするような、暗い情念のこもった声音だった。




