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悪の華に口づけ~正義の味方が女幹部に恋をした~  作者: 依馬 亜連


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21:正義の味方は変更する

 樹はあのショッピングモール──彼にとってはもはや、忌まわしき場所と言っても差し支えない、蛍と険悪になったモールだ──へ、再び訪れていた。懲りずに蛍連れで。

 気にした様子を微塵も見せず、フロアマップをしげしげと眺める彼女の横顔に、樹は照れ笑いを浮かべる。

 大きなリボンのついたブラウスと、タイトなスカート姿にもニヤけていたが。


「ここにも可愛い、パンケーキ屋さんがあるんよ。前回のリベンジということで、付き()うて下さい」

 つい、言い訳じみた口調になってしまった。無意識に、黒いスキニーパンツを撫でる。

「なるほど。お付き合いいたしましょう」

 そんな言い訳に対しても、樹の乙女趣味にも、蛍は苦言を零さない。無表情に受け入れてくれた。


 その様に再度笑いつつ、樹はふと沸いた疑問を口にする。

「蛍ちゃん、変なこと訊いてもええ?」

「樹さんが変なのは、いつものことですが。どうぞ」

 淡白な一言が胸に深々と刺さるも、しょんぼり笑顔で続けた。

「ホッケーマスクの男って、知っとる?」


 蛍はしばし無言となり、首を傾げる。

「……あの写真のことを、気にされていますか?」

 どうやら誤解があるらしい。慌てて首を振った。ついでに両手もぶんぶん。

「ちゃうちゃう。いや、気にしてへんって言うたら嘘やけど。この前、そういう不審者情報を聞いたんよ」


 嘘ではない。不審者カテゴリに入っていることは、間違いないのだ。

 ただ不審者かつ、要注意の犯罪者でもあるのだが。

 蛍もしばし宙を見つめ、一つ頷いた。


「たしかに。そのような方がいれば、まごうことなき不審者ですね。私も気を付けます」

「うん、よろしくね」


 彼女の反応を見る限り、キング一味への接触はないらしい。樹は密かに安堵する。

 ただ、接触していないだろうな、という予感はあった。

 キング一味の理念は、悪の組織としてはあまりにも美しく、清廉(せいれん)過ぎるのだ。


 安堵する彼の先導で、目当てのパンケーキ屋へ入店する。

 メンズフロアの隅でひっそりと経営されているそこは、密かな穴場であった。

 休日だというのに、今日も空席がある。


 店の経営状況に一抹の不安を覚えつつ、白で統一された店内を歩いた。男性店員に案内されたのは、赤い椅子が目を引くテーブルだった。

 ガラス製のテーブルの上には、赤いガーベラも一輪活けられている。


「マスクを被った不審者は、樹さんで手一杯ですね」

 メニューへ視線を落としながら、静かな声で蛍が言った。

 きょとん、と樹は目を瞬かせる。

「僕、そんな不審者かな?」

「不審者というか、変な方ですね。でも、嫌ではありません」

 これはきっと蛍にとって、賛辞の部類に入る言葉なのだろう。


「うん。それやったら良かった」

 はにかむ彼へ、いつの間にか取り出されていた蛍の携帯が向けられる。そのままパシャリ、と音がした。

 呆気にとられた樹はただ呆然と、彼女が携帯をハンドバッグへ戻すのを眺めている。

「……蛍ちゃん? 今のは?」

「写真を撮りました。電話帳へ登録する際に、使用いたします」

 土壇場での「緑膿菌」呼ばわりといい、時々彼女は、大胆である。


「言うてくれたら、ちゃんと決め顔したのに」

 わざとらしく拗ねた表情を作れば、返って来るのは小さなため息。

「そういうのは結構です。樹さんも、私の隠し撮り写真を使われているでしょう?」

「は、はい……」

 そこを突かれると、何も言い返せない。しかしめげずに、樹も自身の携帯を取り出す。


「それじゃあ僕も、蛍ちゃんの写真撮ってもええかな?」

「ホーム画面に使われるなら、拒否します」

「うっ……つ、使わへんよ! 電話帳に登録するだけです!」

「でしたら、いつでもどうぞ」

 まっすぐこちらを見据えたまま、蛍が微動だにせずそう言った。


 石像と相対しているようで、樹は若干気後れする。

「……蛍ちゃん、ちょっとは(わろ)てくれても」

「すみません。笑顔が苦手なもので。笑わせていただければ、善処いたしますが」

「僕、そういうの苦手やねん」

「関西弁なのに、ですか?」

「関西人が皆、ギャグ言えるわけちゃうよ?」

「なるほど。勉強になります」


 むしろ彼女のすっとぼけた発言に樹が笑いつつ、美貌の真顔をパチリと撮影した。

 彼の中の善心と悪心が激闘を繰り広げた末、ホーム画面には登録せず、宣言通り電話帳の写真に用いる。辛勝の善心であった。


「お待たせいたしましたー」

 そこでようやく、二人分のパンケーキが届いた。

 リコッタチーズで作った、レモンクリームの載ったパンケーキだ。

 輪切りのレモンも、彩りとしてクリームに添えられている。


「そうだ」

 パンケーキを、心なしかキラキラした瞳で眺めていた蛍が、小さく手を打った。

「このパンケーキを、ホーム画面にしましょう」

「へ?」

「私も変えますので。恨みっこなしです」

 パンケーキをカメラに収め、変更したホーム画面を見せながら、蛍は淡々と言った。


 彼女と目を合わせ、樹は微笑む。

「つまり、お揃いってことやね?」

「お揃い……?」


 そこに思い至らなかったらしい。蛍は目をぱちくりさせている。

 彼女が「やっぱり止める」と言い出す前に、樹も素早く写真を撮った。そして、こじらせた片想いにまみれたホーム画面を、食欲そそる茶色と白と黄色の画像に変えた。

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