77 魔神と進藤2
進藤とメモリアの戦いは続いており、もう両者の実力は互角……ではなくメモリアの方が少し上になり始めていた。
「楽しい時間が過ぎ去るのはあっという間だな、もう我の方が強くなってしまった」
「ハハ、笑えないな」
進藤が殴りかかるが、メモリアはそれを最低限の動きで躱してカウンターで殴り返す。その勢いで進藤は一旦距離を取ろうとするがすぐに追いつかれて拳でのラッシュ攻撃を受けてしまう。
(マズイ……! このままじゃ俺は負ける、勝つにはあの技しかない! その為にまずは距離が欲しいけど……仕方ないか。この技を使えばメモリアはもっと強くなる、でもやるしかない!)
進藤は拳を受けながらも反撃のために蹴りを放つがメモリアはその足に手を添えて受け流した。しかし進藤の狙いはその一瞬だった、防御のために攻撃の手を緩めるほんの一瞬を狙っていたのだ。進藤は腕を大きく振りかぶる。
「生命の加速!」
「何!?」
メモリアがまた攻撃を防御しようと考え構えていると、進藤の拳が予想よりも素早く迫ってきたので防御できずそのまま殴り飛ばされる。進藤はメモリアが視界から見えなくなると同時に急いでエビル達に作戦を伝えようと走り出す。
エビル達は進藤がメモリアをぶっ飛ばした光景に目を見開き驚いていた。進藤は技があるなんて一言も言っていなかったので、ただ喧嘩が強いくらいにしか認識してなかったからだ。しかし進藤がメモリアから逃げ出すようにこちらに向かってくることにもっと驚いていた。
「おいおい? なんかこっち来るぞ? まさか怖くなっちまったってか?」
「無理もありません、彼は子供、あのような化け物に恐怖するのは当然です」
当てにしていた進藤でも勝つことは出来なかった、向かってくる進藤に落胆を見せるセイムだがエビルは進藤の考えを感じ取っていた。
「感じた、そうか奥の手があるのか……皆! 戦闘準備だ! 進藤君のために時間を稼ぐ!」
そのエビルの指示に全員が臨戦態勢を取り、決死の覚悟をして走り出す。
「皆さん! 実は作戦が……」
「時間は何秒欲しい!?」
「……! 十五びょ……いや十秒で!」
「了解!」
進藤はすれ違った瞬間にこちらの意図を分かってくれているエビル達に心の中で感謝をして立ち止まり、自身の生命力を右拳に集中させていく。進藤の奥の手はこれまで奥の手と決めていた生命の放出。もし外してしまえば終わりの生命力を集中させて放つ一回が限度の自身の大技である。
(お願いします、どうか無事で!)
進藤の心の声に答えるようにエビルはボソッと呟く。
「分かっているよ」
一秒
エビル達が走っていると前方から心底楽しそうなメモリアが物凄いスピードで向かってきていた。エビルとレミはメモリアに向かって、エビルは風で、レミは炎で加速しラッシュを繰り出す。
二秒
「何だ今度はお前達か!? 進藤歩はどうした!?」
「彼の元には行かせない!」
「そういうこと!」
三秒
メモリアは二人のラッシュを両手で全てガードした上、ガードと同時に攻撃を繰り出していく。次第にエビルとレミは押し負けて殴り飛ばされ、二人がいなくなったメモリアの視界には白いエネルギーを右腕に溜めている進藤が映っていた。
「まさかあれは生命力か? 流石に食らうとマズいな」
四秒
メモリアは進藤が準備を終える前に阻止しようと勢いよく駆け出す、だが進藤まであと数十メートルというところで、上空から白竜が自身に生えている翼で加速し顔面にドロップキックを少し後ろに下がることで躱す――がヴァンはそれを読んでいたのか背後から大剣で薙ぎ払う。
「ぐっ!? おのれ雑魚がまだ出しゃばるか!?」
「やはり斬れなかったか……」
五秒
ヴァンに吹き飛ばされたメモリアの体には剣でつけられた傷は存在しなかった。メモリアの吹き飛んだ場所にはセイムとサトリが待ち受けていた。
「よっしゃ! 行くぜ俺のフルパワー! 死神の鎌!」
セイムは自分の方に吹き飛んでくるメモリアに向かって渾身の力で大鎌を振り下ろす、だがメモリアは吹き飛ぶ勢いを利用して地を蹴り加速する。
「なっ!? ぐべっ!?」
いきなり加速したメモリアに対応しきれず鎌を振る前に腰を蹴られて飛ばされる、だがそのセイムがいた場所のすぐ後ろにはサトリが聖なる力を拳に集めて攻撃する。
六秒
メモリアはサトリに虚を突かれたが慌てずに、サトリの拳を強引にラリアットでサトリごと弾き飛ばす。メモリアは再び進藤の方に駆けるがそこには口いっぱいに光を溜め込んだ白竜の姿があった。
「白竜の咆哮」
「無駄だ、分解!」
激しい極光が迫るがメモリアの手に触れた瞬間に散っていく。メモリアは情報の魔神である、その目で見た物の情報を徹底的に分析出来たりするだけではない。情報というのは細かく言えば素粒子が作るモノ、人であったり物であったり、他にも自然で起きる現象も全てが『情報』である。白竜が放出した光も情報の集合体と言え、それらを理解し分解するというのがメモリアが生まれ持った力だった。それは人間も、神でさえも触れただけで殺せる――神すら恐れたその力は強力すぎた。
七秒
白竜の咆哮を防ぎ切ったメモリアは動揺している白竜に迫り殴り飛ばす。そして進藤の元へと進もうとした時、見覚えのある大剣がメモリアの視界の隅に映った。ヴァンが振り下ろすその大剣を掴み瞬時に分解する。
八秒
剣がなくなったことで攻撃手段がなくなったヴァンは苦し紛れに頭突きをする、だがそんなものが通用する筈もなく腹に拳が減り込みダウンしてしまう。メモリアは進もうとするがそこにエビルが立ちはだかる。
「邪魔をするなあああ!」
怒りを乗せた咆哮が周囲に響き渡り両者が激突する。エビルは相手の動きをなんとなくだが感じることが出来た、そのおかげでメモリアが放つ拳を紙一重で回避することに成功していた。
「相変わらず鬱陶しいな、最高神が人間に与えた秘術!」
「貴方のような人にそう言ってもらえるなら最高神様も与えた甲斐があるんじゃないんですかね!」
九秒
エビルは相手の動きが読めるが、実力が上がったわけではない。速度、力、全てがメモリアよりも格下である……よって釣り合わない二人の衝突は長くは続かず、メモリアの蹴りにエビルは反応しきれなかった。進藤は自分のすぐ横をエビルが吹き飛んでいくのを悔しそうに見ていた。
しかし、エビル達の時間稼ぎのおかげで十秒が経過した。
進藤の右手には膨大な生命力を元としたエネルギーが集中しており、いつでも放てる状態になっていた。メモリアはそれに気づき打つ前に阻止しようと走り出すが間に合う筈もない。
「生命の放出!」
「ぬおおおおお!?」
進藤が放った白い莫大な光をメモリアは両手で受け止める、そして触れた傍からその光は散っていってしまう。まともに食らえば大ダメージは間違いないと確信していたが故に、分解できているという事実に我慢しきれない笑い声が漏れる。
「はあはっはっはっは! 例えどんな攻撃も我には通用せぬ! この勝負我の勝ちだ!」
(クソッ! 威力が段々と落ちている上にメモリアまで届いてない!? このままじゃダメだ、あいつの分解を上回る威力を出す……そのためには!)
自身の犠牲。進藤にはそれしか思いつかなかった。元々生命の放出は生き残ることを前提として生命力を消費する技、だがその制限をなくして全生命力を注ぎ放てば今の威力を遥かに上回るだろう。
しかし全生命力を絞り出そうとした時、ある言葉が脳裏をよぎる。
『明日、生きて帰ってきて』
(そうだ……生きて帰るんだ。約束したじゃないか!)
進藤は自分に喝を入れる、そして向こうの仲間たちのことを想い死ぬわけにはいかないと決心する。その時、自分の中にあるナニカが反応したような気がした。メモリアを倒して生きて帰る、その自分自身の強い想いに答えるように進藤の中にあるナニカは生命の放出を通っていく。
「な、なんだこれは!?」
メモリアが動揺した声を上げる。生命の放出の分解が出来なくなったのだ。メモリアさえ分からないナニカがその光りを更に強くしていた。
(この我が分からない!? 情報を統べるこの我が!?)
「何なんだこれはあああ!?」
メモリアは光を受け止めきれず飲み込まれた。メモリアが解析出来なかったナニカ――それは聖杯という人々の願いそのものだった。人と関わらなかった故に知ることがなかった感情、それはメモリアには生涯解析出来ないものだっただろう。
「やった、のか」
「し、んど、う、あゆ、む……!」
メモリアは膨大な光に飲み込まれながらもかろうじて生きていた。メモリアは最後の力を振り絞って声を出す。
「我だけでは……死なん……! 貴様も道連れだ……!」
「……!?」
メモリアは倒れ伏しながらもその手で何かを握りつぶすような仕草をした――その瞬間、世界は黒く変色する。
「きさ、まの存在を、魔界からも、地上からも、消し、去ってやる……」
メモリアはそう言うとピクリとも動かなくなる、魔神は息絶えた。
――がメモリアの骸から黒い光を放ち始め、たちまちに周囲を飲み込んでいく。
黒く塗りつぶされたような光が通った後は何も見えなかった、そこにあった大地が、生命が無事だったのかは確認出来ない。進藤は逃げようとするが生命の放出の反動で身動きがとれなかった。
(動けない……ゴメン……やっぱり約束は守れなさそうだ)
「諦めちゃダメだ!」
「……え?」
進藤が諦めかけた時、声を上げたのはいつの間にか周囲に集まっていたエビル達だった。全員怪我をしながらもしっかりと立っている。
「でも……俺はもう動けない」
「そうだね、僕等も激しくは動けない」
「でもよお、お前を守るくらいなら出来るぜ?」
「この戦いはアンタがいたから勝てた」
「その功労者が死ぬなんて神官として見過ごせません」
「でも、どうやって守る?」
「封印術だ」
ヴァンの疑問に白竜が即答する。その一言でエビル達はやることを理解した、六人はメモリアを封印した時のように進藤の傍で六芒星を作る。
「待ってくれ! そんなことしてもアンタ達は!?」
「死ぬ、かな」
暗い表情でエビルは己の運命を告げる。封印術は対象一人を封印するためのもの、エビル達の安全はないと進藤も分かってしまった。だからこそ必死に止めようと声を出すが、死を覚悟したエビル達は止まらない。
「セコド・ホヲンイ」
「止めてくれ!」
「ウフデラカ」
「止めろよ!」
進藤は思い出していた。この会ったばかりの英雄達にもきちんと待っている人がいる、想いを託していった人がいる。ここで死ぬなんて、自分だけ生き残るなんて余りにも嫌なものだと心から想う。だからこそ力を振り絞って大声で静止させようとする。
「止せえええええ!」
「チルナイオオ!」
進藤の叫びも虚しく術は発動しみるみると石化していく。二回目だからかこの封印術をエビル達は完璧に使いこなしていた、エネルギーが進藤にのみ注がれてほんの数秒もかからずに完全に石になってしまう。
「君だけは助からないと駄目だろう? この世界の英雄なんだからね」
エビルは黒い光に飲み込まれる直前、うっすらと笑っていた。その表情から後悔は感じられない。
黒い光が世界を塗りつぶしていく。大地が、空が、海が、魔界が、地上が、全てが黒く染まった。
黒が徐々に薄くなり光が差すと、エビル達の姿はなくなっていた。そればかりかその周囲一帯が跡形もなくなっており、石像一つがその場に残されていた。




