61 藤林道場と門下生
貰った金で焼肉の材料を買い、焼肉パーティーをしていた進藤だが胡桃の話に興味を持っていた。
「森川桐人? 有名なのか?」
「ううん、私も知らない。未来ちゃんは過去を必要には語らないから」
「その森川ってのが喧嘩吹っ掛けてきたならぶっ飛ばしちゃえばいいんじゃない?」
「喧嘩を吹っ掛けてきたわけじゃないんだけど……」
進藤はいきなり席を立つとリビングから出て行こうとする。
「マスター、どこへ?」
「ちょっと自分の部屋、電話してくる。真稀、俺の肉を確保しておけ」
「了解」
そこからリビングでは壮絶な肉の取り合いが始まったが進藤の知ったことではない、進藤は携帯を取り出して情報に関しては右に出る者はいない楠木凪に電話を掛けていた。電話は一コール目ですぐに通話状態になる。
「もしも――」
「もしもし、森川桐人についてだよね」
こちらが言う前に要件を言い出す楠木に進藤は慣れたものだと思い、話を進める。
「ああ、知っているなら話は早い。別に詳しくじゃなくていいから簡単に教えてくれ」
「やっぱりあの剣士さんが気になるのかな?」
「そんなんじゃない――いや、まあ友達だから多少は気にかけてるけど」
「おっ? ツンデレだ!」
「そんなんじゃないからな!」
楠木の揶揄いを進藤は顔を少し赤く染めて歯を食いしばる。
「えっと……森川桐人。年齢はその剣士さんと同じ十六歳、藤林道場では天才ともてはやされているみたい。実際天才と言われるだけあって今回の道場から出場する二枠の内の一つを先輩とかから勝ち取ってる」
「二枠か、もう一人は当然」
「藤林道場当主、藤林一刀斎」
藤林未来の祖父であり道場の当主である者、参加するのは以前テレビを見ている時に知った進藤は確認の意味合いも込め問いかけるが、やはり返ってきたのは当然の言葉。そこで進藤はもう一つ知っておきたかったことを聞く。
「トーナメントはもう決まってるんだろ?」
「うん、剣士さんが戦うのはAからFまで分けられている内のAブロック。戦う人数は勝つとするならAブロック内では四回、でも最後は――」
「どうした?」
楠木は躊躇ったように言葉を途切れさせる、そして数秒後申し訳なさそうに言葉を紡ぎ始める。
「――最後に戦うのは前大会優勝者であり剣神と呼ばれる男、御剣総司だと思う。実質今大会予選はもちろん本戦での優勝候補だよ」
「……マジか?」
「もちろんだけど確定じゃない、でも実力的に勝ち上がる確率は高いよ」
そんなに凄い人物といつかは当たるとはいえ最初のブロックで当たるのは運がないなと驚く進藤、しかし同じ部活に所属する少女が泣き言を言うとは思えない。どんな結末が待っていても応援すると決めている。
剣術世界大会予選、日本選手を決定するこの日には広いコロシアム内が観客で埋め尽くされる。千を超えるその人の数に初出場の選手達は緊張を隠せない。その中には当然解決部の一員である少女、藤林未来もいた。今日は気合を入れる為なのかいつものツインテールではなくポニーテールにしている。
「ここにいる人が全員敵……」
「すごい人数だな、そして全員がピリピリしてる」
未来の隣にいるのは同じ宝天高校に通っている剣道部部長である太刀川だった、二人は会場内の選手控室に入った瞬間に空気が変わったことを感じ取る。
(進藤や部長達はもう観客席に言ってるはず、私も気合を入れなおさないと――)
「これはこれはどうも藤林未来さん、まさか来るとは思いませんでした。お友達に無様な敗北を見てもらいに来たのですか?」
「な、何だアンタ?」
「森川……」
二人が部屋の雰囲気に圧倒されているところに話しかけてきたのは森川だった。
「負けないわよ、強さを証明する為に」
「それはそれは御大層な理由で、是非勝ってください。叩きのめしてあげましょう」
「アンタが勝ち上がってくればね」
「こちらの台詞ですよ」
剣呑な雰囲気が漂う控室、そこに新たな起爆剤が投下される。
「森川、何をしておる」
「ああ、これはこれはすいません。しかし先生のお孫さんと優雅な会話を楽しんでいたもので」
「……行くぞ」
「はいはい」
未来の祖父、一刀斎が現れるが未来には目もくれず立ち去ろうとする。だがそこに待ったをかける者がいた。
「ちょっと待ちなさいクソジジイ、アンタ一応は自分の孫が目の前にいるのに挨拶もしないわけ?」
未来の中にあったのは無視された苛立ちか、今まで蔑まされてきた怒りか。どちらにせよそれらの感情から後ろ姿に声を掛けた。しかしそれに一刀斎は一瞬立ち止まるもたった一言だけで立ち去ってしまう。
「弱者には挨拶する気もない、そして存在する価値もない」
「だからこそ私は証明するのよ、アンタを倒してね……」
(なんだかすごく蚊帳の外だった……)
未来が小声で決意を口に出し、太刀川が展開に置き去りにされている事実に凹んでいながらも控室奥に進んでいく。すると入口の方からザワザワと声が聞こえてきた。
「あれってまさか」
「やべえ、小便漏らしそう」
「俺は漏らした……」
「汚い近寄るな!」
入口から一人の男が入ってくる。男にしては長い髪を一つに束ねており、その無表情からは何も感じない。ただその人物からは強大な威圧感がヒシヒシと周囲に伝わっていた。
「あれは剣神……!」
「あれが優勝候補、前大会の覇者……」
その威圧は未来達にも伝わり、二人は緊張して体が自然に強張る。
剣神、御剣はゆっくりと歩き壁に寄りかかる。その周囲には誰一人近づく気配はない。
控室は一瞬にして静寂の空間となり時間が過ぎてゆく。
一方、進藤達は観客席にもう座っていた。
来ているのは解決部部員、竜牙、真稀、童太郎の七人。進藤の隣を巡って真稀と胡桃がじゃんけんで争いもしたが、結局両方空いてるということで無駄な争いだった。
『それでは大変お待たせしました! 只今より剣術世界大会日本予選大会を始めたいと思います!』
大きな声でのアナウンスが会場内に響き渡り、それ以上の歓声で塗りつぶされる。
『ええ、それではトーナメント表をご存知の方も多いでしょうがスクリーンに出ているので説明しますと、選手はそれぞれAブロックからFブロックまでのどこかに分かれます。トーナメント形式で一ブロック一日ずつ戦い、見事ブロックを勝ち抜いた六名が戦い最後の一名がこの国の代表となるわけでございます! 本日はAブロックの試合だけになりますのでご注意ください!』
アナウンスが一旦終わるとスクリーンにはAブロックだけのトーナメント表が表示される。
「未来ちゃんはAブロックで……あった! 二戦目だ!」
「対戦相手は誰か知らないけど未来ちゃん緊張してないかしら?」
「心配ないだろ、あいついつも強気だし」
「進藤、藤林未来は勝てると思うか?」
「……難しいな、相手の実力も未知数な今じゃ何も言えないですよ」
「俺はいいところまでいくと思っている、あの時俺に挑んだ気概が勝利に導いてくれるのではないかとな」
「気合や根性など戦いで関係ありません、大事なのは実力です。ですよねマスター」
「それも大事だけどそういう精神論も好きだぜ? 少なくとも意味ないなんてことはないだろ」
「心配はいらんでござるよ皆の衆! 未来殿は勝つでござる!」
「ああ、今は信じて応援だな」
こうして日本予選の幕が上がった。




