11 家出少女と出会い3
家へ着いた、どうやらまだリーダーとやらは来ていないらしい。水瀬も無事のようだ。しかしタイミングが良かったのか悪いのか……丁度おでましのようだ。ガタイのいい二メートル以上はある大男ともう一人? 殺し屋は三人一組のはず、まさか依頼人か? 見たことがないやつだ、恨みなんて買ってるとは思えないな。
「霧崎と糸巻はどうした」
「名前は知らないけど蜘蛛みたいなやつは倒した、道端に放り投げておいたから後で回収しに行ってくれ」
「糸巻か、霧崎は……まあいいか。宣言しよう! 俺は今からお前を殺す!」
「おい、わざわざ要らないことを喋るな。僕はこの男を始末出来ればいいんだから」
その口ぶりからどうやら本当に依頼人らしい、水瀬のことは眼中にないって感じだからひとまずは良かった。それにしてもあの男、誰かに似ているような気がする。誰だ?
「すまないが依頼人もこう言ってる、無意味な抵抗はしてほしくはないがしても構わない、無駄だと悟ることになるだけだ」
「それよりアンタ! 依頼人だな? のこのこ出てくるなんて馬鹿なのか? 殺そうって奴に殺されるとは考えなかったのか?」
「フン! 君が死ぬのを見たいんだよ! 自身が犯した大罪を後悔しろ」
「大罪? アンタ俺に恨みでもあるのか」
「あるから依頼を出したんだ、さあ! 拳導豪将! あの男を捻りつぶせ!」
大罪? 心当たりがない、罪なんて犯したことは一度も――グッ!? 痛い! 重い拳だ! この拳導とかいう大男パワーが尋常じゃないぞ! 考え事もおちおち出来やしない!
「ほう、流石は糸巻を倒した男だ。今ので死なないか」
「流石にパンチ一発で死にはしないだろ」
「俺の能力の元となった生物はモンハナシャコ、別名海のボクサーとも言われている強大なパンチ力を誇る生物だ。俺はその力を持ち合わせているせいでほぼ全ての戦闘が一撃で終わってしまう。だからお前とは楽しめそうだ」
何か急に語り出した。モンハンザコ? 聞いたことないな。
「とにかく戦うっていうならぶっ飛ばす!」
俺は高速移動で接近して顔面に拳を放つがクリティカルヒットとはいかずに少し威力が落ちた。反応は遅れているくせに冷静に対応している! まさかパンチは見えてるけど体が追いつかないとかないよな? 肉体強化ならの話だが強化した場合一緒に動体視力などのものも副次的に向上する、だがその逆、肉体は強化されてないけど見えている?
「痛いな、俺は目がいい。今のパンチも見えていた、だが完全に躱しきれなかった。速いし強い、相当強い身体強化だ」
「やっぱ見えてたか、でも見えてても躱せないなら意味ないな!」
「いや、そうでもない」
俺は殴りかかるが今度は全て躱された。何!? さっきは当たったのに!
「さっきは当たったのに、そう考えていないか? 言っただろう目が良いと」
「目が良いからってだけで躱せるか? 体が追いついてないくせに」
「俺の目はお前の攻撃の初動を完全に見切った。筋肉の動き、体の癖、目線や動作全てが教えてくれる。初動が分かれば俺はお前が攻撃に移る瞬間に避け始めることが可能になる」
「マジか……そりゃ!」
「無駄だ、不意を突こうとしても初動を見切っているなら不意打ちにはならない」
どうすりゃいいんだこいつ! 動きを完全に読まれてる! でも一瞬でもズレれば当たるはずだ、俺も拳導も互いに攻撃を躱していく。それが中々決着がつけられない、俺にも拳導にも互いに一発も当たらない。もしかしたら当たれば勝てるかもしれないのに!
「え? どうして……ここに」
水瀬!? そうか! 戦闘の音が気になったのか!
「水瀬! 早く家に!」
「隙ありだ!」
「ウグッッハッ!?」
一発が体の芯にまで響く一撃! 爆弾の衝撃を一点に凝縮したかのような一撃なんだ、もう出来るだけ受けるわけにはいかない! それに水瀬に、心配をこれ以上かけられない! これで決めてやる!
「何!? 無防備に!?」
「グウ、オオオオ!」
「なっブッ!?」
決まった! 一撃を敢えて受けることで動揺を誘いクロスカウンターを決める、攻撃の後には隙が出来る、態勢も避けづらいものになっていたことも相まって拳導は俺の拳を躱すことが出来ずに顎に食らった。
「ぐうっ!? バカな、この俺が……だが良い戦いだった」
拳導は顎に当たったことで脳震盪を起こしたのか気絶した。さて、こいつを倒したってことは後は依頼人だけだ。俺は依頼人の方を睨む。
「どうだ、殺し屋も倒れた。もう俺を狙わないと言うなら許す」
「驚いた、君強いな。でも僕も引けない事情がある! 君のような脳筋は銃火器で蜂の巣にしてやる!」
「そうか、ならやってやる」
俺と依頼人は真正面から睨み合う。俺は拳を構え、相手は拳銃を取り出して構える。
「待って!」
「なっ!? 水瀬! 危ないから下がってろって言ったろ!」
だが水瀬が間に割って入って来たことで一触即発の雰囲気が変わった。向こうも銃を下ろしている。
「何でこんなことするの!?」
「おい、話が通じる相手じゃ」
「そこの男が罪を、許されないことをしたからだ!」
「通じるのか……」
「俺が何したって言うんだよ?」
「はあ? しらばっくれるな! 僕の妹を誘拐していたくせに!」
「は? 妹? 誘拐? 何の――」
妹? ここにいるのは水瀬だけだ、この男と顔も少し似ている? まさかこれって、今回のことって全部……え?
「えええええ!? まさか水瀬の兄貴か!?」
「そう、僕はそこに存在する天使の兄! 神が作り出した幻想的な女神の兄である!」
「何言ってんだお前」
「凡人には理解できないか、全ての生物を魅了する我が妹の前で無知を晒すとは!」
「さっきから何言ってんの?」
「もう止めて! お兄ちゃん!」
ああ、やっぱり兄貴だったの? 突然意味不明なこと言うから変質者かと思った。
「そうだ、もう止めろ! アンタは勘違いしてるんだ! 俺は誘拐なんてしていない!」
「そうだよ! 私の意思でここにいるの! 連絡はしたでしょ!?」
「ふざけるな! 胡桃は自分の家から出たりはしない! 好きなものを揃え、好きなことをさせた! 快適に過ごせる空間だ! 不満に思ったりするはずがないんだ!」
ああそうか、この水瀬兄は分かってない。それだけじゃダメだ、俺もつい最近まで忘れかけてたことだが分かっていない。
「それは……」
「それじゃダメだ」
「何だと? 何が不満だと思う? いつだって好きなようにさせた! 両親が死んでからは僕がその数倍の金を稼いだ! 自由なことが出来る! これの何が悪い!?」
「それだけじゃダメだ、肝心なことが出来てない! 一番大事なことが出来てない!」
「それは何だ!? 言ってみろ! 勢いで言い出したことではないんならな!」
「家族との時間、人と触れ合う時間がない! そんなんじゃせっかくの贅沢な生活も色褪せて霞んじまう!」
少しの間、一緒に暮らして分かった。ほとんど一人で過ごすより、二人で過ごした方が楽しいことだって増える! 嬉しいことも悔しさも悲しさだって分かち合える、いくら金を稼いでも帰って妹と過ごす時間がなければ意味がないんだ!
「人との時間? それなら仕事の合間にテレビ電話でたまに話したりしている! 十分だろう」
「画面越しで会うのと実際に会うのじゃ全然違う! 近くにいることで心が満たされるんだ! 俺は無理強いしてない、帰ろうと思ったならすぐに自分の家に帰ったはずだ。普通ほとんど知らない赤の他人の男の家より自分の家の方が良いはずだからな。でも帰らなかった。これが答えなんだ」
「うん、私ここにいる間自分の家にいるよりも楽しかったよ? 一人じゃ寂しいもん」
「……そんな、ことで」
「俺の家は汚いしご飯も美味しくはないし好きなことだって出来ないくらい忙しい。でも二人で過ごす時間だけはそっちに負けなかった、圧勝だ。金を稼ぐのは良い、でも自分の妹との時間くらい作ってやれよ……それだけでいいんだ! 今からでも出来るそれだけのことで!」
「…………僕は全く胡桃の心を理解してなかったわけか、他人のお前には理解出来たのに僕は十年以上一緒にいて気付くことも出来なかった」
「でもやり直すことは出来なくてもこれから変えていくことは出来る」
「ああ、やってみよう。僕も明日からはご飯くらい一緒に食べようかな」
それでいいんだ、これでもう水瀬は俺の家にいる必要がなくなった。帰ってももう兄貴はちゃんといるんだから。
「えっと………私帰る気ないよ」
はい? え、今何て? 聞き間違いかもしれないけど今変なこと言わなかった? 水瀬は兄貴の方に歩いて喋り出した。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんが私のこと思って動いてくれたのは理解できたよ。今までありがとう、これからも頼りにはしてる。でも私ここでの暮らしが気に入っっちゃったの、それについては本当にごめんなさい」
「なら、何で帰らないんだ……やはりもう戻ってこないのか? お兄ちゃんが嫌いか?」
「好きだよ、お兄ちゃんが思ってる程じゃないけど大好き。でも私は――――」
何だ? 小声で何か言ってる? 何て言った!? 今何か言った瞬間水瀬兄の顔が悪魔も逃げ出すような顔でこっち睨んできたんだけど!?
「――――だからゴメンね、私はここで暮らすよ! たまには帰るから!」
え、帰らせる感じで話を始めたのに結局帰らせられなかった。あと怖いから、水瀬の兄貴顔怖いから! 般若か!? あ、こっち来た! 般若がこっち来たよ! だが俺の目の前に立つとすぐに頭を下げた。
「妹のことはよろしく頼む。天使と共に暮らせることを光栄に思いながら十代後半で死んでくれ」
「全然頼んでないよねそれ! もう最後本音出ちゃってるよね!? そんなに嫌なら連れて帰れば!?」
「妹の頼みを無視は出来ない。食費も含め妹の生活費はそちらに送る」
「あ、ああありがとうございます」
水瀬兄は急にバッと顔を上げてこちらを見た。相変わらず顔は般若だ、怖いな。
「だが共に暮らすのは認めても! それ以上は認めない! 絶対にだ! 手を出した瞬間お前の家を爆破してやる!」
「出さないから安心してください」
「僕の天使に手を出さないだと!? 魅力がないとでも言うのか!?」
「どうすりゃいいんだよ!」
「お兄ちゃんいい加減にして!」
「ご、ゴメンよ……僕はもう行く、妹に傷をつけてみろタダではすまさない! お前の家の前に墓が立つことになるからな!」
そんな嫌な捨て台詞を吐いて行ってしまった。せめて墓は墓地にちゃんと立ててほしいな。こっちに戻ってきた胡桃が笑顔で帰ろうと言ってきた。お前の家じゃないけどな。
「でもこれからもよろしくな」
「うん、家事全般は任せてね!」
* * * * * * * * *
「ということがあってだな」
「ふーん、それで最後胡桃は何て言ったのか分かったの?」
「いや今も知らない」
あの時何を話していたのかは知らないがあの水瀬兄の形相は二度と見たくもないな。
「歩! 何してるの!? 遅刻しちゃうって!」
「悪い悪い、もう行くか」
そうして俺と胡桃は玄関から出ていく。
「私には何を言ったか想像ついたけどなあ……鈍感なのか」
家から出る前に背後からそんな声が聞こえたような気がした。さあそんなことより今日も部活に、そしてタイムセールに精を出すとしますかね。あのオバサンに今日こそ勝って見せる!
三話で完結させるつもりだったから詰めたらいつもより文字数多くなってしまった。




