1足す1は2だけれど
通常版のみの回です。
俺の寝室のベッドはセミダブルで、二人で寝るには少し小さいな、と感じた。
物凄く近くに好きな女が寝ていて、抱き締めながら目覚める朝というのは中々良いもんだが……
一緒に住むならベッドはもっと広い方がいいだろう。
(ソファもイチャイチャするならもっと大きいのがいいかな……いや、そもそもこの人ソファに座らないしな)
まだ眠っている渚さんの顔を眺めながら、そんなことを考える。
ずっと眺めていたいけれど、そろそろ仕事の時間だ。
その日は寝不足で身体も重かったけれど……気が付くとニヤニヤしてしまい、周囲に「今日は機嫌がいいですね~」なんて言われてしまう位。
(いかん、気を引き締めねば……)
これからの事を考えると車も欲しい。
普段電車で事足りているが、ふたりきりで出掛けたりとか、したい。
車内のBGMがたとえ「仮面ライダー」の曲ばかりでムードの欠片もなかったとしても、それはそれで楽しそうだ。
(念の為、外堀はきちんと埋めておこう)
営業回りから帰ってきた俺が、処理してもらう書類を新谷さんに出しにいった際「部屋、週明けには内覧に来て平気な様にしとくから」と言っておいた。
新谷さんは最初、その意味をきちんと把握できなかったようで……「あ、ありがとうございます」などとすっとぼけた礼を返してきたが、暫くすると昨日の事をようやく関連付けられたらしく、真っ赤になってプルプルしていた。
「まだ渚には言わないでね」
「は、はい…………」
職場では『大河内さん』、普段は『渚さん』と彼女を呼ぶことにした俺だが、新谷さんには『渚』と呼ぶことにする。
同性の後輩と言えども、俺より彼女と仲良くすることは許さん。
渚さんは急な話に渋った。
まぁ、当然のことだと思う。
今日はもう木曜だ。
だが「土曜に一気に片せばいい」と言ってなんとか言いくるめ、近くのレンタカー店で車を借り、運べる物はそのまま運び出した。
主に、調理器具と服だけ。
後はそのまま家具を運び出してくれる引っ越し業者を探して連絡をつける。
ハウスクリーニングとまではいかないが、料金加算で清掃も行ってくれるそうだ。
……急な事だが、なんとかなった。
こういうとき、人脈って素晴らしい。
そもそも誘われて転職したことで、渚さんと出逢えたのだ。
生まれて初めて俺は、全人類に感謝等をしたりしてみた。一瞬だけ。
(これでもう土曜には片付くな)
元々渚さんの部屋は物が多くはない。
単身者向けマンションなので、狭い分備え付けの家具が充実しているからだ。
自前の家具と言えば精々、チェストとTV台位だ。
後はカラーボックスとか、中に物が収納できるスツールとか、折り畳みのテーブルとか。
そういうのは中身ごとそのまま運んでもらい、片付けたら捨ててしまえばいい。
家電は新谷さんがいると言えばあげる。
渚さんと話し合った結果、そういう感じになった。
新谷さんはここ数日、俺を恐ろしいものでも見るような目で見ていたが、内覧を終えたらスッカリご機嫌だ。
「お茶でも飲みにいく?」という渚さんの誘いを「いえいえ!お邪魔になりますから!」と断り、俺を気遣う笑顔を見せた。
察しのいい子も、現金な子も嫌いじゃない。
(仕事は遅いが、もうちょっと優しくしてやってもいいかな)
俺は優しい方だと思っていたのだが、何故か新谷さんはいちいちビビってくる。
いちいち絡まれるよりは、はるかにマシではあるが。
「…………何考えてるの?」
「ん?うん、新谷さんのこと考えてた」
「ふ~ん、若くて可愛いからねぇ」
からかうように渚さんはそう言った。
(実際どんな気持ちで言ってんのかな)
渚さんの事もわかっているようで、結局のところ何もわかっていないんじゃないかと不安になる。
元カノとは違い、ちゃんと見て考えているつもりだ。だがまたそれも一方的な思い込みかもしれない。
そして、実際に『新谷さんが好きなのだろう』と思い込まれて困惑したことが思い出された。
わかると思うのも、わかってもらえてると思うのも……甘えだ。
「考えてたのはそういうことじゃないですが、まぁ可愛いよね、若いし」
「でしょ~」
満足そうに腕を組んで頷く渚さんだったが……
「渚さんのが可愛いですけどね」
俺がそう言うと、暫し眉根を寄せて俺を見つめ、逸らすように俯いた。
照れているようではあるがそこまで狼狽えてないのは、ある程度想定内の答えだったのかもしれない。
渚さんの態度にちょっと気をよくした俺は、続きを耳許で囁いた。
「年をとっても、きっと可愛い」
なんだか唸り声をもらしつつ、眉間をグリグリしながら、左足で俺の右脛を軽く蹴る渚さん。
まったく……可愛いったら、ない。
いっぱい話をしよう。
この先も、ずっと。
とりあえず軽く食事でもしよう、と車に乗り込む。勿論まだレンタカーだ。
「次は結婚だね、渚さん」
「え、それ早くないすか?」
「だって子供欲しいって言ってたじゃん」
「まぁ言ったけど……」
不貞腐れた顔をして『けど』の後を濁す。
そうだよね、まだ『恋人』をちゃんとやってないもんね?
……こういうとこは女の子だ。
「……暫くふたりでいい?」
この後の期待を込めてそう言うと、渚さんに小突かれた。
普段はあんなにもあけすけなのに、自分のことになると渚さんは、本当に恥ずかしがり屋だ。
「鴬谷君はさぁ……本当に私で良いのぉ……?」
「まだ言ってんの?部屋まで取り上げられて……」
そりゃそうか、と思ったのか、渚さんはそれ以上なにも言わなかった
「渚さんとなら、退屈しない。きっと、一生。そう思ったから」
「…………ふーん」
満更でもないような、ちょっと物足らないような、そんな声。
胸がキュンとなる。
俺、鴬谷 徹。(31)
我ながら甘酸っぱい恋愛をしている、とちょっと気恥ずかしい。
「……ちゃんとは、指輪を渡すときに言わせてよ」
「わぁぁぁぁぁ!…………
甘あぁぁぁぁいっ!!甘すぎるよ!鴬谷氏!」
折角格好をつけたのだが、渚さんは俺よりも更に甘酸っぱいのだった。
「鴬谷君~……結婚式では神父が『病めるときも、健やかなるときも』とか言うんだよ?」
「人生楽しいことばっかりじゃないからねぇ」
俺が笑うと、呆れたような顔をしていたが……きっと不安も大きいんだろうと思う。それを素直にいう人じゃない。
後悔は全くないし、支えていく気もあるが……漠然とした未来への不安ばかりはどうにもならない。
「大丈夫じゃない? 渚さん、責任感はあるから。 生活を続けるのって、愛情と責任感でしょ」
「……愛情もあるよ?まぁそれなりに」
「うん、これから増やして」
(……きっと俺が好きな程には、渚さんが俺を好きになることはないんだろうな)
考え方が違うし、他人との付き合い方も違う。
きっと渚さんは俺のように、俺の同性の友人に、みっともなく嫉妬したりはしないだろう。
でも、それでいい。
『生涯の恋人』を結婚相手にするのだから。
結婚の話はとりあえず切り上げて、ちょっと小洒落た喫茶店に入ることにした。
扉を開けてあげると渚さんは「流石はジェントルや~」と言いながらも、照れ臭そうに俺の手を取った。
ネイルもなにもない爪をしっかりと切った、飾り気はないが清潔感のある手。
ほんの数十メートル先の店舗まで、繋いで歩く。
俺がキュッと握ると、「なに?」と尋ねられた。
ーー来週、渚さんは家具を見に行くつもりでいるが、本当の目的は指輪である。
どうせ、渚さんは値段を気にするから……好みと指のサイズだけチェックできればいい。
後で俺が勝手に買う。
「ん?なんでもないよ」
そう答えて微笑むと「あーやーしーいー!」と言いながら、握っている手に力を込めてきた。
渚さんはそんなに握力が強くないみたいで全然きかない。
むしろ気持ちがいい位だ。
そう言うと悔しそうに何度か繰り返された。
知らぬ間に指輪を買われていたら、また悔しがるのかな?
実際に渡したとき、彼女が泣くことをまだ知らない俺は、そんな事を思ってまた笑ってしまった。
閲覧ありがとうございました!
鴬谷君視点でのエピローグとなります。
また機会があったら書くかもしれません。
その際の為、是非いっちょブクマをよろしくです!(あざとい誘致)




