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(十三)闇の中の真実

 弓道場はシャッターが閉まっていて暗かった。師範席の窓が、あの時と同じく青く光り、ぼんやりとした黒い影が揺れていた。だが、もう怖くはない。私は永野のポロシャツの裾を引っ張って道場に足を踏み入れた。

 誘蛾灯のほの暗い青い光に照らされて、鏡の前に立った長身の青年がゆっくりと振り向いた。相沢さんだ。

「相沢さん。どうしてこんな時間に」

 永野が驚いた様子で訊いた。

「引退が近づいた今、みんなと弓を引けるのも、あと僅かなんだ。秋の北信越大会では有終の美を飾らなければ」

 相沢さんの瞳が落ち着きなく左右に動いた。私は言った。

「でも、無理をしたら体に来ますよ。主将もきっと心配されると思います」

「三年のこの俺が、チームの皆の足を引っ張る訳にはいかない」

 父の名にかけても、と相沢さんが呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「もしかして、相沢さんのお父さんは、東西で全皆中を果たした志田広明さんじゃないですか? 結婚して相沢姓に変わったかも知れませんけど」

「どうしてそんな事を知っている」

「前に道場に置き忘れてあった弓道教本、相沢さんの私物ですよね? それから、その道具袋には相沢さんのお母さん、珠希さんの名前が入っていますよね」

「そうだが。それがどうしたんだ」

「すみません。あの教本に、志田さんの写真が挟んであるのを見てしまって。写真と幽霊の噂を調べているうちに、志田さんと珠希さんに行き着いたんです」と私は言った。

「花火大会の夜、道場に忘れ物を取りに来たら誰かがいた。そして次の日、道場の本棚から教本が消えていた。あの時、花火大会に参加していなかったのは相沢さんだけでした。幽霊は相沢さんの演出だったんですか?」

「噂自体は前からあった。それを利用すれば、皆に心配をかけることなく集中して射込めるだろうと思った」

 永野が大きな目を見開いた。

「じゃあ、呪いの話は」

「すまない。俺の創作だ」

 相沢さんが悲しげに目を伏せた。端正な顔立ちが、写真で見た志田と重なって見えた。

「もう。そんな回りくどい芝居打たなくても、普通に練習すればいいじゃないですか」

 隣で、「確かに」と永野が頷いた。

 相沢さんが「すまなかった」と頭を下げ、怯えた瞳で「誰かに言うのか」と尋ねた。

 相沢さんの態度から、真夜中に弓道場に行ったあの日、おそらく相沢さんを目撃したであろう潮見が、何も見なかったふりをしてそっと資料を取ってきたという確信を得た。あの時、どうして潮見のさりげない優しさに気づかなかったのだろう。どこまでも鈍感な自分が歯がゆい。

「言ったりしませんよ」と私は言った。

「でも、相沢さんが隠れて練習してらっしゃるのは、皆に心配かけたくないというよりも、必死になって練習している姿を皆に見られたくないからじゃないですか?」

 瞳をそらそうとする相沢さんを、私はまっすぐに見た。

「カッコ悪くても、いいじゃないですか。がむしゃらに練習している所、みんなに見られてもいいじゃないですか」

 最後の方は相沢さんに対してではなく、中らなくて腐っていた自分の心に言い聞かせていた。


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