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侵略者  作者: 京衛武百十
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エピローグ

フォーレナの村長、カール・ベリザルトンの家の前に現れた女性。それは、フィニス・ウォレドだった。


あの黒尽くめの復讐鬼の姿はもはやどこにもなかった。そこにいたのは、どこからどう見ても普通の女性にしか見えない、白いワンピースを着た若い女性であった。


村長の家のドアが開き、背の高い女性が彼女を迎えた。ベリザルトン夫妻の義理の娘で元ブロブハンターのベルカ・ベリザルトンであった。フィニスがまだ<エクスキューショナー>であった頃に顔を合わせて以来の再会だった。


自分が見た時の面差しなどまるで残っていない優し気なフィニスの姿を見て、ベルカは苦笑いを浮かべずにはいられなかった。


「ま、あんたもいろいろ苦労してきたってことか…」


フィニスの過去についてはすでに聞かされていたから、ベルカもそれで納得するしかなかったのだろう。


「入りなよ。みんな待ってる」


そう言って手招きしたベルカに、フィニスは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。


促されてくぐったドアの向こうには、彼女の知っている顔もあれば初めて見る顔もあった。


「ようこそいらっしゃいませ!」


そう声を上げてくれたのは、イレーナ・ベリザルトンとイリオ・カーヴィアスとシルフィ・フェルベルトだった。イレーナは人間の姿を取ることにすっかり慣れ、今では一日の大半をその姿で過ごしている。


「さ、座って」


と、イレーナがフィニスの手を取って導いた席はセルガ・ウォレドとネリス・ウォレドの間の席だった。しかし、セルガとネリスの体は椅子の後ろで繋がっていた。実は二人の体を再現してるのはヌラッカだった。ヌラッカが二人同時に再現しているからである。対してイレーナは、髪の毛の先がブロブと繋がっている状態だ。こちらはプリンが再現している。標準的なブロブの大きさは人間二人分以上あるので、どうしてもそうなってしまうということだった。


なお、セルガもネリスもイレーナも、ちゃんと肌の色があり服を着ていて、一見するとちゃんと人間のようにも見えるが、フィニスと違ってあくまでファンデーションで一時的に肌色を再現しているだけである。元がヌラッカやプリンだからという理由もあるが、そもそも人間が本体でその体の一部がブロブの体と置き換わっているだけのフィニスやマリーベルやシルフィやシェリルとは根本的に違うからだ。ブロブの姿に戻った上で再び人間の姿になると、色素を定着させた部分がずれてしまう可能性があるというのもある。


それでも昔のように両親に囲まれて、フィニスは嬉しそうだった。涙さえ浮かべるくらいに。


「パパ…ママ…ごめんなさい……」


そう言った娘に、ネリスとセルガは優しく諭した。


「私達に謝る必要はないわ」


「ママの言う通りだ。けれど、皆さんにはやはりご迷惑をおかけしたことをお詫びしなければいけないな」


そう促されて、フィニスは立ち上がって皆の前で深々と頭を下げた。


「ごめんなさい……」


それに対してマリアンが言う。


「大丈夫よ。ここに、あなたがしてたことを責める人はいないわ。もしそんなのがいたとしても私がさせない。あなたはこれまでで十分に苦しんだ。そして誤解から選択を謝ってしまっただけ。ブロブに対する誤解で間違ったことをしてしまったのは、人間そのものが負うべき罪。決してあなた一人が悪い訳じゃない」


それは、生物学者としての意見だった。フィニスがブロブに対してしていた誤解は確かに人類そのものがしていたことだ。そしてフィニスのしていたことは、一部では法に触れる部分があったことは事実としてもどれも微罪で、ことさら強く罰せられるべきものではない。それに既にそのことについては司法の判断も下っている。<起訴猶予>という形で。フィニスの身に起こったことを考慮し、今回に限り起訴を猶予すると判断されたのだ。


そんなフィニスの前に、一人の少女が歩み出た。キリア・ハミルソツだった。エクスキューショナーとしてのフィニスと出逢い、そして僅かに心通わせた少女。


「おかえりなさい」


キリアがそう言ったのは、色々な意味があったのだろう。自分の前に帰ってきてくれたこと、フィニス・ウォレドという一人の人間に戻れたことも含め。それに対してフィニスも穏やかな表情で応えた。


「ただいま…」


キリア自身は、今では正式にベリザルトン夫妻の養子となり、キリア・ベリザルトンとなっている。そしてそれはイリオ・カーヴィアスとシルフィ・フェルベルトも同じだった。現在ではベルカが長女、シルフィが次女、キリアが三女、イリオを長男とした四人姉弟だ。


ただ、ブロブに襲われて亡くなったとされていたイレーナ・ベリザルトンについては、ブロブと同化した人々の扱いをどうするかという点でまだ行政府が議論中であり、その結論は出ていないことで市民権は暫定的なものとされていて、正式にベリザルトン夫妻の子として立場は戻っていないが、これは今後の課題となるだろう。そのイレーナの隣には、彼女がブロブに襲われる原因を作ったことで精神を病み入院していたレイスの姿もあった。順調に回復に向かい、既に家に帰っている。元よりベリザルトン夫妻は彼のことを責めてはいなかった。彼が自ら気に病んでいただけだ。


そして、シェリルの姿もあった。彼女もまた、フィニスと同じくほぼ本来の姿を取り戻していた。大学を卒業し、現在は前々から誘いを受けていた資源発掘会社に正式に就職を決めて、今日は上手く休日が重なったから顔を出したということだ。実はその職場の男性と結婚の約束を交わしてもいる。今の彼女の体のことを知った上でそれでもと言ってもらえたことで、プロポーズを受け入れた。まあ、付き合い自体はそれ以前からあったのだが。シェリルの隣には兄のクレイドもいる。


それだけじゃない。フィニスの学校の友達も今日は来てくれている。ブロブの中では成長しないので、子供の姿のままだが。もちろん、クレイドもフィニスの友人達も普通の人間に見えるようにファンデーションを使って服も着ている。そして彼らの体はシフォンが再現してくれている。


今日は、フィニスの為の集まりなのだ。彼女が正式に学校に復学が決まったことを祝う為の。


「フィ、おめでとう!」


友人達のその言葉に、彼女は涙を浮かべていた。ちなみに、ブロブと同化した友人達は、ブロブからいくらでも必要な知識を取り出せるので、もはや学校など通う必要もなかったりする。下手な学者では太刀打ちできないほどの知識を備えているのだ。マリアンはそれを知り、「何と羨ましい!」と声を上げたそうだが。マリーベルが十歳にも拘わらずやけに言動が大人びていたのは、それも原因だった。彼女の精神年齢は既に立派に成人のそれだったのだ。


「ま、これからは本当にお手柔らかに頼むよ」


フィニスの前に歩み出てそう言いながら、赤い髪を鬣のように伸ばしたマリーベルは透明な右手を差し出した。その手をがっしりと掴み、


「こちらこそ」


と、フィニスはニヤリと笑ったのだった。




フィニス、マリーベル、イレーナ、シルフィ、ウォレド夫妻、シェリル、クレイド、フィニスの友人達をはじめとしたブロブと同化してしまった者達と人間とブロブの関係は、これから大きく変わっていくことになるだろう。今はまだブロブに対する嫌悪感や偏見は根強いとはいえ、マリアンやバレト達のようなすべての事情を知った人間の働きかけもあり、時間はかかるかもしれないが、完全に嫌悪感や偏見を払拭することは難しいかもしれないが、少なくとも今よりは改善されていくに違いない。


それに伴い、ハンターや駆除業者といった仕事は消えていくかもしれないものの、まあ、敢えてそういうヤクザな商売をする人間達はちゃっかりまた別の仕事を見付けて要領よくやっていくと思われた。


また、ブロブを使った研究については、それがブロブ自身にとってはそもそも何の苦痛になるものでもなかったので、今後も協力してもらえることになった。人間の強引なやり方が不評を買っていただけだ。


そうしていつの日か、この惑星ファバロフに生きる仲間として本当の意味で共生していける可能性もあるだろう。<侵略者>ではなく、<隣人>として。




ただ、この時、人間達は気付いていなかったが、ブロブの中に潜み人間を憎悪していたベショレルネフレルフォゥホは、ブロブの中に残った自らの痕跡を消し、ごく一部のブロブを引き連れてひっそりと惑星ファバロフを脱出していた。人間達がまだ知らないブロブの力、<物理書き換え能力>(ブロブの、生物の常識としては有り得ないその体の構造はこれによるものである)を用いて空間を飛び越え、人間が用いている恒星間航行技術でさえ到達できない遥か彼方の宇宙へと姿を消した。


実はその先で、ベショレルネフレルフォゥホは、ブロブの<物理書き換え能力>の制御を誤り、空間異常、電磁波異常、重力異常の、<宇宙の地獄>とも言える宙域を作り出してしまい、それが一万年の時を経て後に<夢色星団>と呼ばれたりするのだが、それはまた別の物語である。



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