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一章2-4 姫と非人類(4)

 それからは祭のように騒がしくなった。

 ディグマンは食べ物の入った寸胴を近くにいた男に渡し、自分はアンジェリカを抱えて岩場まできた。岩場の中に机やらがあるので、近くで食べたほうが都合がいいからだ。

 外で食べる真昼間の宴会は騒がしく夜まで続いた。ご飯が無くなればそれぞれが芸をしたり歌って踊ったり、とにかく馬鹿騒ぎの様相を呈した。

 最初顔を伏せていたアンジェリカもディグマンや他の者に連れまわされる内に笑顔になっていった。ルナにはできない強引さだ。

 全員が思い思いに楽しみ始めた満月の夜。アンジェリカは喧騒から少し離れたところで夜風に涼んでいた。顔は笑顔ではなくなっていたが、家にいた暗い陰はもうない。

 息を吸うと冷たい空気が入り込み、周りの砂も巻き上がったのか土の味がした。

 考えていたことがどうでもよくなるような、そんな気持ちになっていた。

 振り返るとまだ宴会は続いていた。そこには多くの笑顔がある。王宮の近くでは見ることがあまりなかった心からの笑みだ。

 視線を逸らし岩場の上を見た。アンジェリカには何故そこを見たのか分からなかったが、そこには月があった。満天の星空の中にある満月ではない。最初見たときと変わらない美しい三日月がそこにあった。

 月光を浴びて銀色に光る三日月。触れれば砕け散ってしまいそうなほど儚く見える。

 だから手に取り、触れてみたかった。

 岩場に近寄ったアンジェリカ、だがしかしそこを上るのは無理だった。岩場の下は断崖絶壁のようになって、彼女が上ることを拒んでいた。

 ルナは身動きせずにそこで待っている。その隣に、月の隣にいけばなんだってできそうな気がした。

 と、体が浮く感覚にアンジェリカはとらわれる。足が宙に浮き、三日月までの距離は縮まった。

 後ろを振り向くとディグマンがアンジェリカの両脇に手を差し込み持ち上げていた。得意げな顔が彼女を軽々と持ち上げている。その太い腕からすればアンジェリカなど軽いものだろう。

 それでも持ち上げられることに抵抗を覚えたアンジェリカは体を縮こまらせた。それに対してディグマンは顎でルナの方を示した。両手が使えないので当然のことなのだが、その不敬にあたる行為が彼女には心地よいものだった。

 ディグマンの力を借りて岩場の上にのぼるも、月の隣に行くまでは油断できない。道は岩の上なので足場が安定せず、いつどこに転んでもおかしくない。

 慎重に足場を確認しながら進み歩く。すぐ近くまで辿りついた。

「ルナ。そこで何をしているのですか?」

 彼女が声をかけるとルナは振り返った。

「騎士の剣に月の加護をもたらす儀式だと言われました。月の女神はこの国の守り神だそうです」

「初代フェルディナント王と王妃であり騎士公だったアルテミスのお話ですね。その物語は何度も聞いたことがあります。主従の関係を超えるために月の力を借りて雲の魔人を討伐したとか」

「そう。だからフェルディナント王国の騎士は争いのない夜は月に剣を捧げ、月の神から寵愛を受けるのです」

 言葉の半分は嘘だった、ルナにとって月の女神よりアンジェリカの方が重たい。月に力を貰うよりもアンジェリカに力を貰うほうが何倍もいい。たんに儀式として行っていただけだ。

 岩場の下ではディグマンが落ちないかと不安にしている。だが届かせるように声を張らなければ秘密の話ができる。

「一つ悩んでいることがあるのです。聞いていただけますか? 他でもない私の騎士にしかできないことなんです」

「……それがアンジェリカ姫の望みであるならば」

 ウルは銀色に輝く三日月を下ろし、胡坐だった足を正座に変えてアンジェリカに面と向かった。

 しばらく喋りだそうとして諦めるという動作をして、それでも最後に一回自分に言い聞かせるように頷いてからアンジェリカは言う。

「私を姫と慕う皆に何も返すことができません。それでも、私の我儘にあなた達のような人を巻き込んでしまうことは許されませんか? 私を姫と慕う者に私という人間からお願いすることはできるのでしょうか?」

 考えは決まっていても勇気がでない。アンジェリカは答えが欲しいのだ。

 下した三日月、両腕を見た。そして笑う。

「たとえ誰も付いてこなくても、私が付いていきます。だからアンジェ、やりたいことをすればいい。私はどこまでも付いていく」

 背中を押すのではなく支える。前に進むのはアンジェリカの力でなければならない。押されて進む距離は二人分でよく進むことだろう。でも押す力が消えればそれまでだ。

 一人で歩き出せばどこまでも進んでいける。

 ウルの言葉を聞いたアンジェリカは、ふふっと微笑み立ち上がった。金色の髪が夜風に靡き太陽のように広がる。

「ありがとう。でも私は結構どこでも行ってしまいますよ?」

 それでも付いてきていただけますかと聞く。

 ウルの答え決まっていた。

「どこだって行く。私はアンジェの騎士なのだから」


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