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第29話 王国教会の再建

 マーブリック大司教ラヴィロアの騎士団葬に際し、国王は私人とし参列することになった。

 その席が、騎士団長として、実質的に少年が騎士団員の前に立つ日でもある。

 教主の隣の席から見下ろしたところでは、数日で気持ちも落ち着いた様子が見てとれ、国王はひとまず安堵した。

 その後、総教主と別室において、王国教会の再建に対しての会談の席が設けられた。

「この度のことは、総教主猊下、並びに修道会に対して、深くお詫び申し上げる」

 国王は、総教主に対して跪礼を捧げた。

「どうか、陛下。

 私はただシェル=ダル=シャハールによりこの座を任されただけの、神々の下僕でございます。

 ですが、信徒としての陛下のお気持ちを尊重し、この場はどうか対等ということで、お互いに儀礼は省きましょう」

 総教主は、国王を立たせ、会見の席に座らせた。

「我が配下の士の不手際により、国王陛下には余計な心労をおかけ致します。

 あの男は、事を急ぎすぎる性質がありましてな。

 争いを諫める立場の修道士たる者が、宮廷を無駄に騒がせたのは、あの者と、それを戒める立場にあるこの身の不手際。詫びなければならぬのは、こちらでございます。

 さて、陛下も今は一刻も惜しい立場であらせられる。

 これ以上、余計な時間をとる必要はございませぬ。

 早速でございますが、王国教会設立に関しての確認事項にとりかかりましょう」

 総教主は、国王に資料を一通渡し、自分もそれを見ながら云った。

 確認事項の内容は、以下のようなものだった。 

 王国教会の本体をグランヴィル大聖堂に置くこと。

 それについての現状での大聖堂の改装は必要無いこと。

 マーブリック大司教の喪の期間を、騎士団葬終了の日をもって終わるものとし、その翌日より、マーブリック大司教とともに王国教会の設立に動いていたロムルス副教主に王国教会教主を任命し、それをもって王国教会の設立とすること。

 現行、進行している大聖堂内へのオフィスの用意が整い次第、王国教会としての実務を開始すること。

 ロムルス副教主の王国教会教主就任より、できるだけ早い時点で、元老議会議員として任命すること。

 そして、王国教会の実務が開始されて最初の礼拝の際に、総教主の名で帝国教会の設立宣言を行うこと。

 具体的に、実務の開始は一週間後と定められた。

 そして、設立宣言の礼拝は、その翌日とされた。

 以上の件は、前もって王国議会に案として打診されていたもので、日取りの決定は、元老議会にすでに諮られていたものだった。

 一通りの確認が済んだところで、総教主は云った。

「これは、文書として明らかにせず、ひとまず国王陛下のお気持ちをお尋ねしたくて申し上げることですが、陛下は、摂政陛下について、今後どのように処遇なさるおつもりでしょうか」

 国王は、その問いに対して、明確な返答を持っていなかった。問われることは承知していたが、気持ちが定まっていなかった。

「この国の荒廃は、我が母ばかりに責任があるわけではございません。

 国情を知りながら、自分は無力と投げ出していた我が罪でございます。

 ルーサザン公爵、いえ、マーブリック大司教の死に関しましても、予見できながら、制することができなかった」

「陛下。私は、その事をおとがめする訳ではございません。

 大司教の死に関しては、その前に私は彼に警告致しました。物事を急ぎ過ぎると。

 その上で起こった事に関しては、どこまでも大司教の責任でございます。

 本人も、自分の投げた石が、自らに返ってくることは覚悟の上でありました。

 しかも、修道会と信徒を守るべき騎士団長が、自らを守る事すら叶わないなどあるまじき事でございますれば、もし、犯人が判明致しましても、罠を仕掛けた以上の罪を問うことはなさいませんように、切にお願い申し上げます。

 それと引き替え、と申しますか、王国教会として、元老議会に参与する以上、宮廷の健全な運営を節にお願いする所存でございますれば、いま少し、摂政陛下の政治的なご参与をお控え願いたく、国王陛下に希望するものであります」

「摂政の退陣を要求しておられるか」

「いかにも。

 国情の不安定に関しては、修道会は陛下の責を問うことはできません。

 今、国王陛下が摂政陛下と同じ位置に立つならば、国を憂える心ある者たちの心は誰に従えばよろしいかと。

 国王陛下には、新しい治世の象徴として、今後とも施政に務めていただかねばなりません。

 しかし、宮廷の腐敗と、国情にもたらした不利益に対する責めは、これまで現実に施政に関わっておいでになった摂政陛下に負っていただかねばなりますまい。

 ですが、我らが立場で、この時点で摂政陛下に退位を要求致しますのは、いたずらに事を荒立てましょうゆえ、ひとまず陛下のお立場で、お母君として、摂政から降りて頂くように求めてはいかがでございましょう。

 国家の改革を目指しておられるなら、障害は先に取り除いておくべきでございます。

 摂政陛下の退位の他は、修道会は求めておりませぬ。身分も、お暮らしもそのままでよろしゅうございます」

 総教主は、国王のためらいを見抜いていた。

 国王が、王太后に対して、深い思慕の念を抱き続けている事を。

 親子として全く交わることがなかったゆえに、その関係に正当な位置づけを取ることができない国王の心情を。

 全くの拒絶や、無関心、諍い、憎悪など、立場を明白にする関係が確認できず、幼い頃より抱き続けてきた思慕のみがある。

 そして、その情を大切にするあまり、正面から対峙する機会を失っているのだと。

 国王も、その事についての自覚があった。

「向き合わねばなりませんか、我が母と」

「陛下が、良き陛下となられる為に。この国を真に憂いますなら、お覚悟を」

 国王の中で、少年のあの日、グランヴィル大聖堂の天井裏の聖典の間で、父の手がそのまぶたを覆った感触が蘇った。

 あの日から、国王は目を閉じたまま、母に関しては現実を見ない事にした。

 そして、その目を開く時が来る。

「承知しました。猊下。

 ただ、その日を慎重に選びたいと思います。

 あの母のことです。

 また、いかなる事をしでかすか分かりません。

 せめて、我が妹王女が、アールシャド帝国への輿入れを済ませてからでよろしゅうございますか」

「リオン皇太子の即位式まで、あと二ヶ月足らずでございましたな。

 よろしいでしょう。

 せっかくのリン=レーゼタークの晴れの日。

 兄君としては、心から祝福したいでしょう」

「猊下の寛大なる処遇に、感謝致します」

 国王は、総教主に謝意を述べた。

 宮殿に戻る車に乗り込む時、騎士団長の制服姿の少年が見送りに出てきた。

 国王は、少年に微笑みかけた。


 深夜。

 国王は久しぶりに夜の宮殿を彷徨っていた。

 ルーサザン公爵の死は、国王の中の何かを確かに変えてしまった。

 魂の中にある慟哭は、悲しみではなく、己れに対する怒りなのだ。

 父を失ったギルの為に泣くのではない。

 志半ばにして散った公爵の為に泣くのではない。

 頼みとしていた宮廷の変革者が居なくなったのを泣いているのでもない。

 状況を憐れみ、そして嘆くことしか出来なかった自分への苦渋である。

 そして、総教主から突きつけられた事。

 それはすなわち、子どもっぽさを拭い切れない国王に対しての苦言である。

 宮殿のホールの噴水の縁に座り、水の音を聞く。

 心の迷いは無い。

 そう信じていた。

 今まで信じていたかった事を切り捨て、本当のところを見つめなければならない。

 王太后の、母親としての善意を。

「こちらに居られましたか、陛下」

 凛とした声が響く。

 天窓からこぼれる月の光の中で、ふわりと降りてきた光の精のように浮かび上がる少女の姿を見た。

「そのように薄いお召しものでは、寒くはございませんか」

 王妃は携えてきたストールを国王の肩に掛けた。

「お前たち、さがりなさい。陛下がいらっしゃいます。私は大丈夫」

 王妃は、付き添ってきた女官を部屋に下がらせた。

「お部屋にいらっしゃらなかったので。副女官長にお尋ねしたら、こちらではないかと仰いました。陛下の事を良くご存じね」

 いつもと変わらぬ王妃の声に、国王は不思議と落ち着くものを感じた。

「陛下のお部屋にまいりましょう。

 私も眠れませんの」

 王妃は国王に優しく微笑み掛けた。

「そうだな、僕には、もうきみがいたんだ」

 王妃の笑顔が、愛おしくて堪らない。

 国王は立ち上がり、王妃を抱きしめた。

「ねえ、ライラ、僕はね」

 国王には、その感情を言葉にすることができず、王妃にそのままキスをした。

 そして、ある事を決意すると、耳許で囁いた。

「一緒に来てくれないか。大事な事をお願いしたい」

 国王は、そのまま王妃の手を引き、一旦中庭に出ると、グランヴィル大聖堂の隠された部屋への通路に入った。

 そして、聖典の隠された部屋に伴った。

 王妃は、あまりの暗さに、少しおびえたので、国王は小さな室内灯を点けた。

「国王として、王妃であるライラに、この聖典の間を教えておきたい。

 余がここに、継承者を伴うことが叶わない時は、王妃がその者をここに連れてきてくれ」

 王妃は、事情が飲み込めず、ただ頷いた。

「そして、僕はもう怖れない。

 きみを、僕の運命に巻き込むことを」

 そして、もう一度、耳許に口を寄せた。

「それから、この部屋には当然のごとく、一切の監視装置が無いんだ。

 だから、いい?」

 そして、そのまま、首筋にキスをする。

 王妃は、何も云わずにそれを受け入れ、身を委ねた。

 

 

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