第27話 継承式の前日
そして、少年は、半ば夢の中にいるような状態で日々を過ごした。
慰霊の礼拝の最中も、その後、弔問客への応対も、自分の中では遠いところでの出来事のように感じた。
父の遺体はまるで作り物のように美しく処理されており、それが生きていたものとは信じがたかったし、お互いが修道士であり、毎日顔を合わす生活ではなかったせいたからなのだろうか。
国王は、慰霊の礼拝に出ることを望んだそうだが、それは叶わなかった。
そして、その最中にシエルダル星域への侵攻が始まり、騎士団はにわかに慌ただしい気配があったが、それもじきに落ち着いた。
遺体は三日の間大聖堂に安置され、一般の弔問を受けたあと、一旦ホージュオン島のルーサザン公爵家の屋敷に移された。
その後、一族によってルーサザン公爵としての葬儀が行われたが、それは一族の流儀に従って、粛々と行われ、少年はただそれを眺めているだけだった。
それでも、いつもと違う時間の流れは、少年を必要以上に疲れさせ、そして、はじめのうちは気持ちが張り詰めて眠るどころではなかったように思うが、そのうち深い眠りに就くことができるようになった。
そして父の死後から十日後には、少年は王宮に赴き公爵位の継承の認定式を受け、そのあと少年は総教主の許に行き、騎士団の継承を宣言する。そして、修道騎士団に行き、騎士団長として、騎士団員の前に立つ。
その前日、家令のザリムが、少年に制服を差し出した。
サイズの確認のために、その服に袖を通した時、少年は初めて涙を流した。
その制服を着る者が、自分である事が、全ての現実の象徴だった。
修道騎士団、その古き名は黒龍騎士団という。
最初、まだトレア星にラーフェドラス王国があった頃、王位の簒奪を危ぶんだラーフェドラス国王は、王弟エリンラーデ公爵カーラギルスに七万二千の兵を与え、大陸の反対側にある、当時勃興しつつあったタルラード帝国に援軍として派遣した。その際にエリンラーデ公爵が王より与えられた自らの軍団に与えた名前が黒龍騎士団であり、その後に組織された聖アムルテパン修道会を守護する任をエリンラーデ公爵が自ら負った。
騎士団が修道会の麾下に入るのは、これよりずっと後のことであり、騎士団は、修道会の麾下に置かれるようになっても、エリンラーデ公爵家の持ち物であり、そして、公爵家の名前がルーサザン公爵家となった今もそれは変わることなく守られている事である。
ゆえに、当主は、その地位を守るだけでよく、修道士として、軍人としてすらも一切の資格を持たなくても、騎士団長を名乗ることができる。長い歴史のうちには、ルーサザン公爵家のうちの多くの当主が、ただ立っているだけの騎士団長であり、一介の古家の貴族に過ぎなかった。
ラヴィロアが王女と結婚し、その立場を守るために規範の古家の因習や、アストレーデの戒律と戦わなければならなくなるその時まで。
少年は、有能すぎる父の後を継ぐ自信はない。
父は、少年の年には、貴族としてそれなりの足場を確立できていた人だった。
少年には、何もない。
生涯を修道士として生きるように、父が定めたものを当然として受け入れてきた。
だが、次のルーサザン公爵を誰が継ぐのだろうか。
少年は、王位簒奪の意志の放棄としての、修道宣誓なのだと思っていた。
一族に連なる候家、伯家の中から選ぶのか。
少年は呆然とした。
古家の貴族としての生き方の何一つを、受け継いでなかったからである。
総教主は、自由交易惑星タリアンファットにあるエストリダ教会への恒星間通信を開いた。
対応したジョーイ・ルイスに、総教主は尋ねた。
「エストリダ大司教の具合は、どうだ」
『先日のそちらへの旅でお疲れなのでしょう。あまり思わしくありません』
「マーブリック大司教の葬儀の件だが、何か申しておったか」
『ご出席にならないそうです。
この件に関しては、一切の慰霊も、服喪もなさらないと』
「詳しい次第を存じておるのだろうか」
『いえ。
ですが、あの方を一番ご存じなのは、ユーリです。
おおよその察するところがおありなのですよ』
「親友のエストリダ大司教が来ないとは。
いぶかしく思う向きもあるだろうな」
『宇宙船での長旅は、普段の生活には大した支障のない程度の病でも、それなりに体力を消耗するものです。無理はできません』
「ユルジサンドは通信には出られぬか」
『祈洞に籠もっておられます。
あの方の罪は、己の罪だと。
出てこられたらお伝えします』
「頼む」
総教主は通信を切った。
本当は、ラヴィロアの死について真実を問いただす気持ちがあった。
恐らく、エストリダ大司教ユルジサンドは、真実をある程度把握しているのだろう。
そして、大司教には、あの事件についての王宮近衛隊からの報告書が来ていた。
事件の首謀者を突き止めたと。
このごろ雇われた庭師が、顔も見知らぬ宮女から金を渡されて仕掛けた事だとなっている。
地雷を仕掛けたのがこの者であったとしても、複数の仲介者をたどればいずれ、それなりの貴族の名が出るだろう。
いずれにしても、その末端の者には、目先の欲以上の罪はない。
国王に対する嘆願書を作成した。
どうせ王太后派が絡んでいる事である。
当事者である修道会が、地雷を仕掛ける行為のみを裁き、ラヴィロアの死、それ自体は神の意志であるとして国王にラヴィロアの死自体の罪の不問を望めば、その件はそこで終わらざるを得ないだろう。
だが、以後、同様の事件の誘発を招くことにも成りかねず、処遇は誠に難しい。
総教主は、嘆願書の文面に今暫く悩まねばならなかった。