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第290話:暗槓

 いよいよ南4局(オーラス)。親は和弥。ドラは八索。

挿絵(By みてみん)

(悪くはないが、よくもない。そんな配牌だな……。ただツモ次第でアガれる可能性はある)


 第一ツモは一索。ペンチャンというのは残念だが、いちおうこれで4個つの面子候補と雀頭、いわゆる5ブロックは確保できたことになる。打点面での贅沢をいうなら、いまできた筒子(ピンズ)か、元々ある萬子のペンチャンターツを雀頭にして、代わりにドラを含めた索子の789でひと面子を確保したいところ。目標はリーチをかけて出アガリ7,700、ツモで親満の手だ。

 しかし、この手がいい意味で和弥の当初の予定とは全く異なる形に育っていった。元々の手牌とツモ牌を入れ替え、8巡目にこの形。

挿絵(By みてみん)

 予想だにできなかった456の三色のイーシャンテン。やはり麻雀は、ツモ牌次第でどんな手牌になるかわからないものだ。


(四索引きの筒子の変則三面張にでもなれば、アガれる確率は高くなる……)


 しかし、好事魔多し。


「リーチッ!!」


 菱崎が七筒を切ってリーチをかけた。先を越されてしまったことになる。


(この一手差が勝負を分けることにならなければいいが……)


 一瞬、和弥の頭に弱気な思考が浮かび上がった。

 次巡、ツモは六筒であった。


(四・七筒でも五筒でもなく、よりによって4枚目の六索が来るのかよ)


 一応五・八索を切れば、役なしとはいえ四・七筒のテンパイにはなる。しかし菱崎の(ホー)には、九索と四索が切ってある。五・八索は“間四軒(あいだよんけん)”と呼ばれる危険なスジになっていた。

 例えば四・六・七・九と持っていた場合、そこで2面子を作ろうとでもしない限りは九・四と切るのが自然な切り出しだ。つまりはふたつの裏スジが重なった状態、それが間四軒である。


(五・八索だけは切れない)


 だからといって、リーチ宣言牌が七筒ということを踏まえると、六筒だって待ちになっている可能性が十分考えられるので切るワケにはいかない。ならばどうするか。現物の九索切りによるシャンテン戻しが一番無難な気もするが……


「……」


 和弥が選んだのは、やはり無難な九索切りだった。予定としては、四・七筒を引いて危険な五・八索をノベタンの形で残す。勿論逆の入り方でも構わない。いずれにせよこうすればタンヤオがつくので、リーチをかけずともアガることだって可能になるのだ。

 菱崎の一発目のツモは②であった。

 なお、サラリーマン2人は先ほどと同じくリーチを受けてすぐに守勢に入ったようだった。つまり、和弥がオリてしまえば再び菱崎の一人舞台となってしまうワケだ。


(一度はまだしも、二度目は許さねぇぞ)


 和弥のツモ番。ぐっと力を込めて盲牌した。───五筒だ。もしやと思って親指を外して見てみると、それは赤であった。

挿絵(By みてみん)

 すぐに、ある選択肢が和弥の頭に浮かんだ。六筒の暗槓。

 しかし、そんなことをしてアガリ切れなかった場合は、リーチ者である菱崎に槓ドラと裏ドラをプレゼントするようなもの。ならば、五筒を切って再びタンヤオ狙いの路線に戻すべきか。

 五筒はまず通るハズだ。和弥が六筒を4枚使っている以上、六・七筒の形で五・八筒待ちはありえないし、たった今二筒が出た以上三・四筒という形もないことがわかったからだ。

 無論、シャボや単騎という可能性は残っているが、慎重な打ち手である菱崎がそのような待ちを選択するとは思えない。彼がリーチときた以上、良形、つまり両面以上の待ちであることは間違いないのだ。

 和弥は五筒を掴み、手牌のなかから抜き取った。


「……」


 手が止まる。───本当にこれでいいのだろうか?


 この選択をすれば、十中八九ひとまずの放銃は回避できるハズだ。しかし、もしも菱崎の次のツモが五・八索のどちらかだったら? そしてまた、嶺上牌が四・七索だったら? 和弥はアガリを逃したということになる。その上菱崎にツモアガリを決められたとなれば、もう目も当てられない。

 和弥は自嘲するかのように、ふっと小さく笑みをこぼした。


(ホントにこの試合、迷ってばかりだな……)


「───カン」


 和弥は半ば吹っ切れたような心情で、4枚の六筒を晒した。3人の視線が和弥の手元に集まる。和弥は自分の前にある王牌の新ドラに位置する牌を捲った。───四筒。

 そして嶺上牌を引く。これが四・七索なら和弥の勝ちだ。


 ……しかし、その牌はよりにもよって九筒であった。六・九筒のスジが切れないから暗槓をしたのに、九筒を引いてくるとは。


(今日の俺はつくづく勝負運がないな)


 菱崎の手は間違いなく、六・九筒と五・八索が受け入れのイーシャンテンだったハズだ。そしてどちらかを引き、テンパイとなって曲げた。

 つまり、和弥の読みが正しければ、この九筒が当たる確率は二分の一。

 和弥は唇の端を歪め、心の中で呟いた。


(たかが二分の一、勝負できなくて何が麻雀打ちだ。ここでオリてツモられるのを待つくらいなら、いっそ勝負して死んでやるっ!!)


 和弥は嶺上から持ってきた九筒を空中でクルリと反転させ、そのまま河にぱしんと横向きにして置いた。そして宣言する。


「リーチ……!」


 当たるなら当たれ───そう思いながら、声がかかるのを待つ。

 菱崎は何も言わずに、ツモ山に手を伸ばした。どうやら通ったらしい……。

 直後、ツモ牌を持ってきた菱崎が、すっと目を細めた。そしてその牌を、普段より少し強めに河に置いた。

 七索───は「ロン」の声と同時に手牌を倒した。

 リーチ・一発・赤・赤・ドラ3。裏ドラがひとつでも乗れば倍満となるが……残念ながら裏ドラ表示牌はどちらも字牌であった。

 しかし、親ッパネのアガリである。これで逆転である。


「まさか入り目を打たれるとは……この局は、捕らえられなかった俺の負けだな」


 菱崎が和弥に12,000点分の点棒を置きながら言った。


「六・九筒が入り目じゃなかったらそれまでだったがな」


「ちなみにだが……もう片方はどこだと踏んでた?」


「五、八索」


「正解だ」


 菱崎は六・七索のターツを晒して見せた。

 麻雀の攻防は常に紙一重───今回のこのギリギリの勝負を制したことに、和弥は心から安堵していた。

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