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繋がれる手


「ま、負けないんだから」



呟いた私を威嚇する様に、



ウォーーーーーーー


ウォーーーーーーー



森の中に、魔獣達の遠吠えが響いた。


木の上に登り、枝に腰を下ろしたまでは良かったけど、下を見ると、その高さに胸がキュッと痛む。


恐怖心は、とうのまえに限界を超えていた。


夜中に連れ去られて以来、水も食料も口にしていないから、お腹も空いている。


寝ている時に連れ去られたから、寝巻き姿。


いくら暖かい季節でも、じっとりと湿気にぬれた服と髪は、怖気を纏って私を震わせる。







娘、何故折れぬ







フワリと、目の前に黒い霧が舞った。


奴の横には、チューニー・チャツボット様の本を掴んで飛ぶ鴉がいる。





「何故、その本を!」



お前達をこの本に導いたのも、其方に鍵となるブレスレットを与えた事も、あの男に本を開けさせたのも我。どこに隠してあるかくらい、お見通しだ。



「そんな」



さぁ、早く我の手に落ちてこい。その為に、この世に連れてきてやったのだから。



「嫌よ!必ず、ウォルフ様が助けてくださいます!」



そいつなら、奈落の底で彷徨っている



「嘘です!こちらに向かって下さっています!」






私は、ネックレスの小さな薔薇を握りしめた。


この輝きが、さっきから少しずつ増している。


きっと、これは、彼が近づいてきている証。


たとえ全てが仕組まれたことでも、私がウォルフ様と出会ったのは運命。


こんな得体の知れない霧に、私達の絆を壊されたりしない!


目を堅く閉じ、ネックレスから感じられるウォルフ様の気配に集中していると、痺れを切らした霧が私の頬を撫でた。









ならば、落ちろ。







ドォン





凄い衝撃と共に、木が大きく揺れた。


ミシミシと幹が軋み、大量の木の葉が上から降ってくる。





ドォン





下を見ると、魔獣が額を木に打ち付けていた。


額から血を流しているのに、まったく躊躇する気配がない。




ドォン


ドォン


ドォン




ミシミシミシミシ




体が、浮いた気がした。


ううん、錯覚じゃない。


大きく軋んだ木が、ゆっくりと倒れ始めていた。

































『行け!必殺円撃殺法、死の舞!』


忠兵衛ちゅうべえ殿、気が散ります。お静かに」


森に到着して早々に、俺達は魔獣の群れに遭遇した。


個体は然程大きくないが、大きな牙を持ち、一撃必殺とばかりに噛み付いてくる。


俺達は、一匹につき数人ずつが組み、集団戦で魔獣と戦うことにした。


こちら側にあるのは、物理的攻撃力と相手の牙を避ける俊敏性。


常に共に戦地を潜り抜けた我らの連携は、魔獣の動きを圧倒した。


だが、一歩間違えれば死。


魔導士団が居れば、ここまで命を賭けなくても良いものを。


「スタンガン団長!こちら、一頭倒しました!」


「よし!では、右前方の部隊の援護に回れ!」


地味にだが、着実に俺達は仕留めていった。


これなら、いけるか?


そう思った瞬間、






ウォーーーーーーー






遅れて現れた一匹の魔獣は、獅子の様なキラキラと輝く鬣を靡かせながら現れた。


やばい。


アレは、上位種。


どんな魔法を操るか分からない。


団員だけでも、逃がせるか?


判断に迷う俺に、



『しっかりしろ!お主なら、出来る!』



忠兵衛殿が叫んだ。


何を根拠に、そんな無責任なことを言う。


だが、小さな手で、必死に俺の胸を叩く姿に奥歯を噛み締めた。



トン、トン、トン、トン、トン



叩かれる度に、血流が激しく全身を駆け巡り、剣を持つ手に熱い血潮が流れていった。




『迷うな!行け!円撃殺法、死の舞!』




どんな技なのかすら、全く分からない。


『開眼』と言う状態が、どんなものなのかすら、想像がつかない。


しかし、俺は、剣を上段に構えて一歩前に出た。


俺が止めなければ、他の団員達がやられる。



「こっちだ!」



敵の意識を自分に向ける為に叫んだ。


ギラリと、真っ赤な目が、こちらに向く。


怖くないなどと、突っ張る気はない。


ただ、自然と体が動いた。


軽く足を前後に動かして、敵が攻撃可能範囲に入るまで待つ。


確かに、踊るようなステップだ。


体が軽く、前後左右どちらの方向でも動ける。





ウォーーーーーーー




魔獣の口が光った。


俺に向かって、バチバチと言う火花を散らす光を一直線に放つ。






ビュン






俺は、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。


すると、





ゴオッ






空気の波動が生まれ、光を真っ二つに割った。


その光景が、俺の目には、ゆっくりに見えた。






ズサッ






体を半分に分断され地面に転がる魔獣が、現実味のないものに思える。



『お主、やりおったな!『必殺円撃殺法、死の舞』を!」


「忠兵衛殿、その呼び名は恥ずかしいので、やめて頂けないでしょうか?」



俺は、苦笑しながら剣を鞘に戻した。
























赤い糸と灰色の糸がピッタリ重なった。


既に、忠兵衛は、オトミーの直ぐそばに居る。


黒い霧に存在を知られる前に、何がなんでも辿り着かなければ。



「ごめんな。あと、もう少しだから」



馬に鞭を入れ、身体強化の魔法を上掛けし、更にスピードを上げる。


着いた途端、この馬は、倒れるだろう。


しかし、今は、1分1秒が惜しい。


暫く駆けると、目の前に、やけに背の高い木が密集する場所が現れた。


荒野の中に、不自然な森。


近づくに連れて、溢れ出る禍々しい気に、馬が怯えた。



「ここまでで充分だ!ありがとうな!」


俺は、馬から飛び降りると全速力で走り始めた。


あの森の中に、オトミーが居る!


倒木を避け、岩を越え、極力直線で糸を追う。


一つ、二つ、三つ。


四つめの岩を飛び越えた瞬間、眼下に魔獣と戦う騎士団が見えた。



「父上!」



「ウォルフ!止まるな!行け!」



叫びながら一振りで魔獣を切り裂く。


父の刀に、見た事のないオーラの様なものが見えた。


魔力とは違う気。


それが、魔法で防護力を最大に上げた敵を紙切れの様に真っ二つにする。


昔から、変わった人だと思っていた。


魔力ゼロなのに、神がかり的に勘が良い。


父が傘を持つと、朝どんなに晴天でも、夕方までには雨になった。


背後から矢を射られても、背中に目が付いているかの如く、易々と避けた。


母からの不意打ち攻撃だけは、甘んじて受け入れていたみたいだけど、それ以外で、父に一発入れられた人間を見たことがない。


武神に愛される人とは、こういう人なんだと思った。





『待て!ワシを連れて行かんか!』





父の胸ポケットで、忠兵衛が叫んだ。


と同時に、ムンズと父の大きな手に掴まれて、天高く放り投げられる。



「うわっと!」



俺は、なんとか空中でキャッチすると、まだ何か叫んでいる忠兵衛をポケットに突っ込んだ。


ここまで来たら、俺と一緒にいるのが一番安全だ。



「忠兵衛喋るな、舌を噛むぞ!」



『くそぉ、人を物のように投げよっ、ガチッ』



どうやら、前歯で舌を思い切り噛んだらしい。


これで、暫く静かにしていてくれるだろう。


















「つぅ・・・」



娘、早く折れろ



「ぃやっ」



私は、大きく傾いた木の枝にぶら下りながら、最後の抵抗をする。


もう、腕の感覚はない。


下には、大きな口を開けた魔獣達が徘徊している。


でも、ここで負けを認めたら、助けに来てくれるウォルフ様に顔向け出来ない。


大丈夫。


落ちても、死ぬだけ。


世界を危険に晒す事はない。


逆に、私みたいな危険分子が消えた方が、この世の為になるのかも。


あぁ、こんな事を考えてしまうだなんて、忠兵衛様に聞かれたら怒られてしまう。


二人一緒なら、反撃のしようもあったかしら?


最近は、錬金術だけじゃなくて、他の魔法も少し使えるようになってたから。


でも、ウォルフ様が許さないわね。


あの方は、とっても過保護だから。


私の事を、本当に大切にしてくださった。


ウォルフ様に出会って、私は、初めて人間になれた気がした。


ありがとう、ウォルフ様。


そして、ごめんなさい。


指から滲んだ血で、枝を掴んでいた手が滑った。


落ちていく私を黒い霧が包み込もうとする。


やめて!


まとわりつかないで!


私は、最後に残された力で、霧を振り払おうと手を動かした。










オトミーーーーーーー!










バシッ








伸ばした手を、温かな手が掴み取った。


そして、逞しい両腕が私を包み込む。


あぁ、この香りは、ウォルフ様。


私は、必死に彼に縋り付いた。


やっと、ここまで来ました。


もう少しだ、がんばれー!と思ってくださる皆様、応援よろしくお願いします!

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