第1話 旅立ち
時間が作れて途中だった1話を書き終える事が出来たので、投稿しました。次からは予定通り毎週土曜日の20時に投稿していきます!遅れる事もあると思いますが、その時は皆さまの寛大な心で許していただけると嬉しく思います。
時刻は深夜零時を過ぎており、チラホラと家が建っているが明かりはついておらずとても静かだ。そんな過疎地域に山へと続く一本道がある。そこには電球の切れかけた街灯が2つ、チカチカと瞬き、一人の男を照らす。
「…………」
この男、鬼貫蒼馬は地下格闘技を終えた後人込みを避けながら帰宅する途中であった。拳に付いた血は既になくなっているが、服にしみ込んだ血は洗い流す事は出来ずそのままとなっている。
蒼馬の家は山へと続く一本道をずっと進み、山に入って少し上った位置に建っており、蒼馬達一族は古くよりこの場所に住み続けている。
一本道を歩き続け山が見える位置まで来た時、背後からの気配を感じた――この気配、地下格闘技で感じたのと同じだな――と。蒼馬は注意を払いつつ歩き続ける。
山への入口まで来た時スッと気配はなくなった、蒼馬は後ろを振り返り辺りを見渡す。だがそこには誰も居ない、あるのは遠くに見える街灯と家、そしてだだっ広く広がる田んぼだけであった。
じりじりと太陽が照りつける夏であるが、夜はそれでも寒く感じる。気配がした方を見つめ続ける蒼馬に、早く登れと言わんばかりに冷たい風が吹きぬける。風に揺られ木々の葉の甘い匂いが微かに漂う。遂にはお腹までも早く登れと音を鳴らす――さて、上るとしよう――と。蒼馬は山を上るために作られた階段に視線を向け歩き出した。
「お帰りなさいませ、蒼馬様。今日のお相手は手ごたえありましたか?」
蒼馬の帰りを出迎えた男。名を犬井と言う。犬井は先代の執事をしていたのだが先代が死んだことにより現在、蒼馬の執事として仕えている。
犬井の言葉は毎日同じである、そして蒼馬の返答もまた毎日変わることなく同じ言葉を繰り返すのだ。いつか別の言葉を言う時が来ることを願いながら蒼馬は今日もこう返答する。
「今回も退屈だった」
「……そうですか、残念です。ルールのない地下格闘技ならと思っていたのですが。もう蒼馬様とまともに戦える者は居ないかもしれませんね」
「…………」
蒼馬は鎬を削る戦いを求めて、名だたる腕利きの者を見つけては戦いを挑んでいた。だが蒼馬の求める鎬を削る戦いには程遠い。腕利きの者が居れば日本だけでなく世界中どこにでも行った。しかし手ごたえのある相手は誰一人として居なかった。
「……犬井、食事をする。準備をしておいてくれ」
「すでに準備は出来ていますので、何時でもご用意できます」
「そうか――なら支度をしてくる」
蒼馬は台所がある部屋を通り過ぎ、廊下を歩く。そして奥にある自分の部屋の戸を開けた。
その後、食事を終えた蒼馬はビールを片手に廊下に座って庭を眺める。退屈な日々の中で唯一、至福を感じるひと時である。
今日の料理は季節には合わない鍋料理であった。しかし蒼馬はそんな事は気にしない――犬井の料理はやはり旨いな――と。蒼馬は先程食べた料理を思い出しながらビールを開ける。
『カシュ』
ビールが開く音が静かな夜の庭に響くのであった。
廊下にはビールが四缶転がっていた。それを見ると時間が経ったのだと感じさせる。蒼馬は飲むのをやめる事はなく五缶目を開けようした。しかしその時、蒼馬は庭の方から気配を感じる。まだ朝を迎えるには早く月の光が降り注ぐ庭に、っすらとだが姿を現した。
「そのお酒頂けませんか? 丁度喉が渇いていた所なのですよ、鬼貫蒼馬殿」
「この気配……お前だったのかここ最近俺を見ていたのは――犬井」
蒼馬は立ち上がり犬井を呼び出す。白い靄に動く様子はない。
「蒼馬様、私はここに――な、なんと、あれは一体!?」
犬井は蒼馬の呼び出しに応えすぐさま現れた。腰には日本刀を挿しており、刀に手を添える。二人の前には人の形をした白い靄が立っている。通常あり得ないその光景に犬井は驚きを隠せないでいる。こればかりは仕方のない事だ――人の道を外れた俺の一族にとっては驚く事でもないがな――と。蒼馬は犬井から視線を外し白い靄を睨めつける。
「おや? 蒼馬殿は驚かないのですね、初めて見た人は結構驚かれるのですが、やはり貴方は他の人と違うようですね」
「お前とてそうだろ。どんな手品か知らないが、俺と同じように人の道を外れた者……同類って気がするぜ、それで一体何の用だ? この酒が欲しくて来たんじゃないだろ」
「その通りです。お酒は要りません、私は今実体のない意識だけの存在で、飲みたくても地面にこぼれるだけで飲めませんので。さて、ここに来た目的ですが――蒼馬殿。貴方を私の世界にお連れしに来たのです」
「……私の世界、だと」
蒼馬は白い靄を睨めつけた、だが相手は目も口もなく表情からは真意を読み解くことは出来ない。「今私の世界では……」白い靄は話を続けている――こいつは一体何を言っている。こいつはこんな世迷言を言う為に来たのか――と。蒼馬は呆れ返り廊下に座った。
「……という事で私達の力になって頂きたく――蒼馬殿、聞いておられましたか?」
「まともに聞く話じゃないな、もっとマシな作り話を用意しておくんだな。異世界だか何だか知れないが余興にもならんぞ」
「信じるか信じないはどうでもいい事なのです。ですが『強者』この言葉を聞いて何も思わないのでは、私の見込み違いだったのかも知れません――忘れてください」
「……何だと」
白い靄を睨みつける。蒼馬は手に力が入り持っていたビールを握りつぶした。ビールの潰れた音が響き酒が流れだす。犬井も刀を握り何時でも斬りかかれる体制を取る。
「私はですね、ここ最近の貴方を見ていて思ったのですよ。力があるのにそれを発揮できないでいると、昔の私によく似ているのです。だから私に貴方を救わせてください」
蒼馬は目を見開く――力を発揮できていないか、確かにその通りだな――と。白い靄を見つめ何かを決心したかのように、笑いながら話し始める。
「フフフ……アハハ。忘れろと言ったり俺を救うと言ったり……面白い奴だな。良いだろう連れて行け、正し俺と犬井二人ともだ」
「――フフ、そう言ってくれると思っていました蒼馬殿。犬井殿も宜しいですか?」
「私は蒼馬様の言葉に従うのみです」
「そうですか、分かりました。では転移ゲートを繋ぎます、こちらも準備がありますのでそちらも準備をお願いします」
白い靄は頭を下げ掻き消える。犬井は消えた事を確認したのち蒼馬に話しかける。蒼馬の急激な態度の変化を気にかけての事だろう。
「蒼馬様の笑った姿を見るのは随分と久しぶりな気がします。どうして受け入れたのですか?」
「さてな――もしかしたら酒のせいかもしれんな……犬井用意をしておいてくれ、俺は行くところがある」
蒼馬の言葉に犬井は察し「はい」とだけ告げ支度をしに向かった。蒼馬は白い靄が消えていった所を少し見つめた後、どこかへ向け歩き出した。
蒼馬は石を持って家から離れたこの場所にやって来た。そこには高さ30センチ程の石がいくつもおいてあり、蒼馬も同じように石を置いた。その隣にはまだ新しい石があった、蒼馬はその石の前に立ち、話しかけるように呟く。
「久しぶりだな、親父。結局、親父が言っていた様にはならなかったよ。だがな、別の世界でなら満たされるかもしれない。俺は行くよ、そしたらもう戻って来ない。だから今日でこの世界の鬼貫蒼馬は死ぬ――親父、俺の墓見ておいてくれよな」
蒼馬は背を向けてこの場所を後にする。
そうこの場所は歴代の継承者達の墓地である。墓は全部で38基、そして今日この時をもって39基となった。蒼馬が異世界へ行くという事は、この世界の鬼貫神伝流の歴史が終わりを迎えた事を意味していた。しかし同時に新たな歴史の始まりであることでもあるのだ。
準備を終えた頃、転移ゲートと思わしき白い扉と白い靄が姿を現した。
「――準備は出来ているようですね。このゲートを通れば私の世界に行けます。そして一方通行、もう戻ってくることは出来ません。それでも宜しいですね?」
「それは最初に言っておくべき事だと思うが、まあいい。それにもうここに戻るつもりはないからな」
「そうですね、気を付けたいと思います――ではあちらでお待ちしております。蒼馬殿、犬井殿」
そう言い残し白い靄は掻き消える。二人はゲートの前に立つと扉が開かれた。そして転移ゲートへゆっくりと歩き始め、二人は白い光の中に消えていくのであった。
小説書くのやっぱ難しいな~