第6試合 川、流れる時、帰り道
食事が終わり、場は解散となった。それぞれが帰宅する中、道場に残った凌はロヴィーナと二人になる。
「お疲れ様。明日はプロレスとブッカーの仕事について説明するから、今日と同じ時間に来てくれるかしら」
「……わかりました」
「その後は、週に二、三回来てね。アタシは大体毎日いるから、来る日と時間が決まったら教えてちょうだい」
オルトのスケジュール表を渡され、連絡先を交換する。
凌の勤務は、役割の重さの割に緩い。手伝いという立ち位置は思っていたより気楽だが、その分、給料は約束されていない。
——家にいるための交換条件だしな。
そんな諦めを飲み込んで、凌は顔を上げる。
「じゃあ、また明日。よろしくお願いします」
「ええ。待ってるわね」
話がまとまると、外出していた政宗の車の音が聞こえた。顔を出した政宗は、ロヴィーナと凌に視線を回す。
「どうだった」
「……別に。レスラーの人と会って、練習見て、飯食わせてもらっただけ」
「今日は初日だしね。明日からちゃんと始めるわ」
「そうか。ロヴィ、すまねぇが頼むわ」
「はいはい。任されました」
政宗に連れられ、道場を後にする。
軽自動車のロックを開け、狭い運転席にみっちりと収まる政宗は、いつ見てもサイズ感があっていない。
「……どこで油売ってたんだよ。人のことぶん投げておいて」
「所用だ。社長ってのは忙しいんだよ」
会話は続かず、凌はシートに身を沈める。後部座席からは、引退してもなお広い肩幅と、バックミラー越しの厳つい目つきが見える。
——昔はもっと大きくて、強そうだった気がする。
そう思うのは、子どもだったからかもしれない。けれど艶やかだった黒髪がグレーに染まっているのを見ると、時間は確実に進んでいるのだと実感する。
窓の外には、中川の土手が流れている。
低いガードレールと、並んだ街灯。鈍く太陽を跳ね返す、穏やかな川面。そんな景色に、凌の胸の奥が揺れる。
遠い記憶が、鮮明な色を取り戻す。それは小さい頃、道場に行ける嬉しさを抱え、後部座席からじっと見ていた景色だった。
プロレスを見なくなって十五年。比べれば街並みも、家の有様も、政宗との関係も、何もかもが変わってしまった。
けれどそれでも、中川は変わらない。留まることのない水の流れを見ていると、濁った気持ちすら流れていく気がする。
——違えた月日が、景色と重なる。
凌はその重さにそっと目を伏せ、静かに、まぶたを閉ざした。




