最終試合 明日への帰り道
「いやー!盛り上がったっすねー!」
興行が終わり、会場を出た瞬間。日が沈み始めた空に、匠の晴れやかな声が響いた。
「オルトで立ち見なんて初めて見たわ。やっぱ客多いとアガるよなぁ〜」
「物販もかなり出たな。新作は軒並み売り切れたし、ここ数年で一番の売上だな」
「次の興行の問い合わせも多かったわよぉ。いつやるんですかって」
「てやんでい!昔のオルトみたいでぃ!」
エランテ、修司、ロヴィーナにトム。みんなが浮かれる中、貴翔は軽い足取りで輪を抜け、先頭へ躍り出る。
「なにより、終わった後みんな笑顔だったしな!今日の興行、大成功だったよな!」
とびきりの笑顔が振り向く。その無邪気さに、後ろで黙っていた凌の眉間がピクリと動いた。
「…………入野間さん」
低い唸りがこぼれる。わなわなと震える凌に、匠たちの視線が集まる。
「……どこが大成功なんですか」
「だからほら、お客さんいっぱい来て、みんな笑顔で——」
「大成功どころか大事故ですッ!!なんなんですか、あのマイクはッ!!」
溜まりに溜まった怒りが、暮れなずむ空を突き抜けた。
匠たちは揃って、「始まった」と顔を見合わす。その輪をズカズカと割って抜け、凌は貴翔の前に立ちはだかる。
「俺言いましたよね!?みんなの前でオルトを継ぐ宣言してくださいって!それを負けた挙句、どうしてあんな発言が出るんですかッ!!」
「いや、だってオルトには凌が必要だって思ったし」
「それがなんで『息子さんをください』になるんですか!!せめて『一緒に頑張ります』でしょう!!ていうかそもそも、あの流れで俺の話が出ること自体おかしいんです!!」
「えっ、そう?」
捲し立てる凌に、貴翔が大きく瞬く。噛み合わない二人に、エランテが堪えきれず吹き出す。
「アッハ!たしかに『息子さんください』は事故ってレベルじゃないよな〜!死ぬほど笑ったわ」
「ノマさん、ベルトじゃなくて息子を要求した男として、確実にプロレス史に残るっすね」
「残るなッ!残ってたまるか!!」
ケラケラと笑われ、凌が吠える。ロヴィーナは「まぁまぁ」と諌めながらも、小さく笑みを浮かべる。
「でも、ノマちゃんの気持ちは乗ってたわよぉ。あれが本当にプロポーズだったらドラマチックだったのにねぇ」
「勝手にドラマにしないでくださいッ!巻き込まれた俺の身にもなってくださいよ!」
「冗談よぉ」と笑うロヴィーナに、凌がキッと目を吊り上げる。
そんなやりとりを眺めていた貴翔が、ふと首を傾げた。
「でもさ。凌って、俺のこと好きなんでしょ?」
「なッ……はぁッ!?」
叫び声が、また空を突き抜ける。けろりと言い放たれたセリフに、凌の血がカーッと上っていく。
「なんで、何がどうなってそんな話になってるんですか!!」
「だって、凌言ったじゃん。俺に人生狂わされたって。責任取ってほしいって」
貴翔がぱっと笑う。
凌に好かれている。そう思い込んだまま、これ以上ない幸せを浮かべて。
「あれ、俺のこと好きってことでしょ?」
「なっ、ちがっ……!あれは……っ!」
「凌、お前そんなこと言ったのか」
挨拶回りを終えて出てきた政宗が、突然会話に割り込んだ。
ニヤニヤと笑う政宗と、周囲の視線が集まる。追い詰められた凌は、慌てて声を張り上げる。
「違うッ!いや、言ったのは違わないけど、そういう意味じゃなくて!!」
「ほぉ。言ったのは事実なんだな」
「だから違うって!俺はただ、オルトにいてくださいって意味で言っただけで……!」
「あらぁ。それは言葉を間違えたわねぇ」
政宗とロヴィーナに詰められ、グッと奥歯を噛む。そこに追い打ちをかけるように、エランテがにんまりと口を挟む。
「あーあ。それはリョウが悪いわ。ノマにとってはそんなの告白だろ」
「ノマは解釈が飛躍するからな。不用意だったな、凌くん」
「俺が悪いんですか!?勘違いしたの入野間さんなのに!?」
「えっ?凌、俺のこと好きじゃないの……?」
「だから!そういう話をしてるんじゃありませんって!!」
あちこちに向かって凌が喚く。そんな時、スマホを手にしていた匠が「あ」と声を上げた。
「……ノマさんのマイク、バズってる」
「はぁッ!?」
「動画撮ってたファンがSNSに投稿したみたいっすよ。すげぇ拡散されてるっす」
「ほら」と差し出された匠のスマホを、全員で覗き込む。
『イケメンレスラーの公開プロポーズ!』
そう書かれた下には、継承戦のマイクの動画が載せられていた。
——『俺にッ!!息子さんをくださいッ!!』
『…………お前、オルトはどうした』
『あ』
『……俺が!オルトのエースになりますっ!!』
やり直された宣言に、会場の爆笑が響く。
その動画にいいねやコメント、リポスト数が爆発的に増えていく。
「オゥ!こいつぁたまげたねぃ!」
「プロレスファンの反応が凄いな」
「プロレス界隈だけじゃなくて、BL好きも騒いでるっぽいっすよ」
「はぁッ!?」
思わず凌がスマホを奪い取る。そして、食い入るように画面を見つめる。
『誰このイケメン』
『公開プロポーズ最高!リアルBL始まってる?』
『え、マジカッコいい。生で見たい!』
『この人誰?どこで見れるの?』
流れる大量のコメントに、みるみる凌が青ざめていく。その横で、興味深げに修司の目が細くなる。
「……なぁ。これ、オルトの宣伝になってるんじゃないか?」
貴翔の動画は、今なお数字が増え続けている。その様子に全員が顔を見合わせ、目を丸くする。
「……確かにそうねぇ」
「結果オーライってヤツ?これで客が増えんなら、マジで成功なんじゃね?」
ロヴィーナとエランテが頷く。凌はその結論に、青い顔をまた赤く染め直す。
「認めません!!俺は絶対認めませんッ!!こんなの、予定と全然違います!!」
「でもさ、何が起こるかわかんないのもプロレスだろ?そんで、そこがまた面白いんだよな!」
「ブック破った挙句、トンチキなマイクした本人が言わないでください!!」
「トンチキって言われた」
「それはそうっす」
揃って頷かれ、貴翔が「えー」と唇を曲げる。
エランテと匠が、凌と貴翔の様子に腹を抱える。
修司は無言で微笑み、トムは豪快な笑い声を上げる。
ロヴィーナは優しく凌に寄り添い、政宗はその光景を見守っている。
——騒がしい声が、夕暮れの町に響く。
「はいはい。この話題は一旦ここまで。続きはオルトに戻って、鍋でも食べながら話しましょ。ムネさんも一緒にね?」
「そうだな。まずは飯だな。旗揚げ記念と大入りに奮発して、良い肉買うか!」
「やった!俺、すき焼き風がいいっす!修司さんは何がいいっすか?」
「俺は鶏白湯の気分だな」
「オイラはいつものショーユがいいんでぃ!」
「はいはいはい!俺はカレーがいい!この前のキーマカレーみたいなやつ!!」
「は?ココはサルサだろ?」
「意見バラバラじゃないですか!協調性ってものはないんですか!?」
「ふふっ。なら、戻ったらリングで決める?」
「ロヴィさんも、興行の後に余計な試合組まないでください!」
暮れかけた日が、影を伸ばす。
意見は揃わない。
けれど影は重なり、ゆっくりと歩み出した足は、みんな同じ道を進んでいく。
「凌」
貴翔が凌を覗き込む。
近づいた距離を、凌は黙って見つめ返す。
「オルトに帰ろ。みんなでさ」
その微笑みに、凌が静かに頷く。
「……そうですね」
言って、全員の顔を見る。
夕日にも負けない笑顔が、明るく輝いている。その光景に、胸がぎゅっと締め付けられる。
——オルトは、これで立ち直ったわけじゃない。
これからのことを考えたら、まだ不安はいっぱいある。
でも、俺はもうひとりじゃない。
ここには、みんながいる。
「帰りましょう。みんなで」
——帰る場所は、もう、ここにある。
ここまでご覧いただきありがとうございました!ここでオルト・アングルの一作目はひとつの区切りとなります。
団体再建×BLのつもりで書いたんですが、一作目にあたる本作は、主に凌の再起と成長がメインになっています。オルトと出会い、自分の進む道を見つけるその過程を描けていたらいいなと思います。
余談ですが私は書く時、BGMを聴きながら執筆すしています。このお話を書いてる間はペルソナQ、Q2などの音楽を聴きながらイメージを膨らませてました。
イメージOP曲は「MAZE OF LIFE」、ED曲は「changing me」です!よかったら歌詞もあわせて楽曲を聴いてみてください!




