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第9話:押しかけ魔法使いと、お試し依頼

 王都に次ぐ規模を誇る防塞都市グランディスの西側に広がる『西の森』。

 昼間でも鬱蒼と生い茂る木々のせいで薄暗いこの森は、低級から中級までの様々な魔物が生息する、駆け出し冒険者から熟練者まで足繁く通う狩場だった。


「さあ! ゴブリンども! どこからでもかかってきなさい!」


 森の入り口を抜け、少し開けた場所に出るなり、真紅のローブを纏った赤髪の少女——ミラは、身の丈ほどもある杖を天高く掲げて叫んだ。


「……おい、大声を出したら余計な魔物まで寄ってくるぞ」


 ユートが呆れたように注意するが、ミラは胸を張ってふふんと笑った。


「それが狙いよ! チマチマ一匹ずつ倒すなんて面倒じゃない。全部まとめて私の火力で燃やし尽くしてあげるわ!」


「お前なぁ……」


 ユートは額を押さえた。アルトもその後ろで、バルの文句を右から左へ聞き流しながら苦笑いを浮かべていた。

 ギルドでの騒動から数時間。結局、彼らはミラの『お試し依頼』として、西の森のゴブリン討伐に駆り出されていた。


「さてアルト。彼女の実力を見極めるのが今回の目的だが、君はどう見る?」


 ユートが小声で尋ねてくる。アルトはミラの背中を見つめながら、控えめに答えた。


「……魔力の量は、素人の僕から見ても桁違いです。周りの空気がピリピリしてるっていうか、焚き火の近くにいるみたいな熱を感じます」


「ああ、同感だ。ただ、あの無鉄砲な性格がな……」


 ユートが苦い顔をしていると、前方の茂みがガサゴソと揺れた。

 現れたのは、緑色の肌に醜悪な顔をした小鬼の群れ——ゴブリンだった。総勢十匹以上。短剣や棍棒など、粗末だが殺傷力のある武器を手にしている。


「出たわね! さあユート、私の活躍を特等席で見てなさい!」


 ミラは杖を構え、流れるような詠唱を始めた。


「——『集え、赤き爆ぜたる熱の精霊。我が魔力に呼応し、敵を穿つ紅蓮の槍となれ』!」


 杖の先端に、ソフトボール大の真っ赤な火球が次々と生み出される。その数はゴブリンの数と同じ、十個。

 アルトは思わず息を呑んだ。ゴブリン一匹につき火球一つ。それは過剰なまでの火力を見せつけるための、ミラの計算だった。


「『炎槍フレイム・ランス』!!」


 ミラの叫びと共に、十個の火球が一斉に射出された。

 火球は空中で槍のような鋭い形に変わり、逃げる間も無くゴブリンたちを寸分違わず撃ち抜いた。


 ズドォォン!!


 森中に轟音が響き渡り、熱波がアルトたちの頬を撫でる。

 ゴブリンたちは断末魔を上げる間もなく、一瞬にして黒焦げの炭と化し、その場に崩れ落ちた。木々がチリチリと焦げ臭い匂いを放ち、地面には小さなクレーターがいくつも出来ていた。


「どう!? これが私の実力よ! ユートの剣術と私の魔法があれば、どんな依頼だって瞬殺よ!」


 ミラは自慢げに振り返り、胸を張った。

 確かに、その威力と対象を的確に狙い撃つ見事な魔法のコントロールは、ユートもアルトも素直に感心せざるを得なかった。これほどの魔法使いなら、どこの高ランクパーティも喉から手が出るほど欲しがるはずだ。


 だが、ユートの表情は硬かった。


「……威力は認める。だが、周りを見てみろ」


「え?」


 ユートに言われ、ミラが再び森の奥へと視線を巡らせる。

 先ほどの轟音と圧倒的な熱量の爆発。それは、森を住処とする他の魔物たちにとって、強力な「敵」の接近を知らせる警報に他ならなかった。


 ガサッ……ガサガサッ……!!


 木々の揺れる音が、四方八方から木霊する。

 現れたのは、先ほどのゴブリンとは比べ物にならない数の——数十匹のゴブリンの群れ。さらに、その奥からは身の丈が三メートルはある巨漢のオークが三体、太い丸太を担いで姿を現した。


「火力を自慢するのは結構だが、余計な者まで引き寄せたようだな」


「う、嘘でしょ……こんなにたくさん……」


 流石のミラも、予想以上の群れの数に顔を引きつらせた。

 彼女の魔法は強力だが、先ほどの『炎槍』の多重詠唱でかなりの魔力を消費してしまっていた。残りの魔力では、これだけの数を相手に広範囲殲滅魔法を撃つのは難しい。


「私が引き付けたんだから、私がやるわ! ……『真紅の壁よ、敵を遮る炎鎖えんさとな——』」


「やめろ、ミラ! それ以上の大魔法をこの森で使えば、火災になるぞ!」


 ユートが鋭く制止する。王都近郊の森を焼けば、騎士団やギルドから重い罰則を受けることになっる。

 魔法の威力が大きすぎるが故の、森での取り回しの悪さ。それが、彼女が前のパーティを追い出された本当の理由だったのだ。


「そんなこと言ったって、このままだと囲まれるわよ!」


「俺が前衛を抑える。アルト、君は後退して死角の警戒を頼む。ミラは単体攻撃魔法で俺の攻撃の届かない敵を狙い撃て! 大規模魔法は禁止だ!」


 ユートが瞬時に的確な指示を出し、美しい直剣を抜いてゴブリンの群れへと単騎で突っ込んでいく。


「ちょ、ちょっとユート!? 一人でそんな数相手に……!」


 ミラが悲鳴のような声を上げるが、その直後、目を疑うような光景が繰り広げられた。

 ユートの剣は、まるで流星のように滑らかで、かつ圧倒的な速さで群れを切り裂いていく。一呼吸の間に三匹のゴブリンの首が飛び、振り返りざまにオークの太い足を正確に斬りつける。


「す、すごい……あんな剣術、見たことない……」


 ミラの頬が紅潮する。彼女のユートへの憧れ——あるいは一目惚れは、その戦いを見て確信へと変わった。彼こそが、自分の隣に立つべき最強の男なのだと。


「よそよそ見してる場合じゃないですよ、ミラさん! 左後ろ、木の上にゴブリンの弓兵が三匹います!」


 アルトの鋭い警告が飛んだ。

 ミラがハッとして見上げると、確かに木々の葉陰りに隠れていたゴブリンが、ユートの背中を狙って粗末な弓を引き絞っていた。


「私の前で小細工なんて生意気よ! 『炎弾ファイア・バレット』!」


 ミラが杖を振るうと、小さな炎の塊が三つ生み出され、ゴブリンの弓兵たちを的確に撃ち落とした。大規模魔法でなくとも、彼女の魔法の精度は非常に高かった。


「……やるじゃない、アルト。よくあんな死角の伏兵に気づいたわね」


 ミラの言葉に、アルトは「たまたまです」と照れたように笑う。

 魔法使い(中遠距離アタッカー)であるミラと、戦場の状況を把握し死角を補うアルトの観察眼。そして、前衛で圧倒的な破壊力を見せるユート。

 図らずも、この急造パーティは互いの役割を見事に補完し合い、恐るべき速さで魔物の群れを殲滅しつつあった。


 だが、戦況が好転したかに見えたその時、オークの一体がユートの猛攻から逃れるように、ミラのいる後衛の——つまり、アルトのいる方向へとターゲットを変えて突進してきたのだ。


「しまっ……! アルト、避けろ!!」


 ユートが叫ぶが、彼もまた一筋縄ではいかない状況に陥っていた。後方に控えていたゴブリン・シャーマンの魔法によって足元の地面を泥沼に変えられ、さらに背後にいるアルトたちを巻き込まないために、広範囲を薙ぎ払う剣技(大技)を封じられていたのだ。手数を制限された状態での乱戦が、剣士の足を泥臭く引き止めていた。

 小山のようなオークの巨体が、太い丸太を振りかぶってアルトへと迫る。


「きゃあっ!?」


 ミラが咄嗟に魔法を撃とうとするが、魔力切れによる一瞬のタイムラグが起きてしまう。


 圧倒的な質量と暴力が、最弱の初心者であるアルトに迫り来る。

 ユートもミラも、最悪の結末を一瞬覚悟した。


 ——だが。

 アルトの表情は、恐怖に歪んでいなかった。

 彼の限界まで見開かれた目は、オークの振り下ろす丸太の軌道、筋肉の弛緩、重心のズレを完璧に捉えていた。

 それは本人すら気付いていない、彼の持つ圧倒的な観察力の片鱗だった。


「バル! 武器を出して!」


『ちっ、人使いの荒いノロマだぜ。ほらよ、とっておきの【ハズレ武器】だ!』


 アルトが背中のバッグに手を突っ込み、引き抜いたのは——。


「……え?」


 それを見たミラは、思わず間抜けな声を漏らした。

 アルトが握りしめていたのは、刃の大部分が欠け落ち、柄がひどく曲がった『どう見ても使い物にならない歪な短剣』だった。

 そんなガラクタで、あのオークの一撃を防げるわけがない。


 しかし、アルトは逃げるどころか、むしろオークの丸太の軌道へと自ら踏み込んだのだ。

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