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第8話:賑やかなる街と、厄介な出会い

 深い森を抜け、アルトとユートはついに王都に次ぐ規模を誇るという大きな防塞都市『グランディス』へと到着した。

 高くそびえる石造りの城壁、活気あふれる市場の喧噪、行き交う人々の多様な衣服。その全てが、これまで辺境の小さな村でその日暮らしをしてきたアルトにとっては、目を丸くするような光景だった。


「す、すごい……! こんなに人がたくさんいる街、初めて見ました!」


 アルトは辺りをキョロキョロと見回しながら、興奮した声をあげた。すれ違う馬車の大きさに驚き、屋台から漂ってくる香ばしい肉の匂いに思わず喉を鳴らす。


「俺は何度か来たことがあるが、相変わらず活気があるな。まずは宿を確保して、それからギルドに顔を出すとするか」


 ユートはそんなアルトを微笑ましそうに見守りながら、手慣れた様子で街のメインストリートを歩いていく。背中で揺れるバルは『ちっ、人混みは嫌いなんだよ。魔力が濁ってやがる』とブツブツ文句を言っているが、アルトはもう慣れっこになっていた。


 ユートが見繕ってくれた宿は、アルトが今まで泊まったことのあるどの場所よりも清潔で、ベッドにはふかふかのシーツまで敷かれていた。さらに、宿の1階にある食堂で出された夕食は、アルトの予想を遥かに超えるものだった。


「うわぁ……! お、お肉です……! しかも、カチカチじゃない……!」


 皿に盛られた分厚い香草焼きの肉を前に、アルトは思わず拝みそうになった。今まで魔物の干し肉や、石のように硬い黒パンしか食べてこなかった彼にとって、それはまさに天上の出来事だった。


「遠慮せずに食べろ。あのオークの討伐報酬は、君のものだからな」


「は、はいっ! いただきます!!」


 アルトが勢いよく肉に噛み付くと、溢れ出す肉汁と香草の風味が口いっぱいに広がった。「おいしい……!」と涙ぐむアルトを見て、ユートは苦笑いしながら自分の麦酒を煽った。


『おいノロマ! 自分ばっかり美味いもん食い上がって! 俺様にも魔力を寄越せ! さもないと寝てる間に全部吐き出してやるぞ!』


「わっ、わかったから! あとで宿代の余りでなんか魔道具買ってくるから、今は静かにしててよ!」


 アルトが慌てて背中のバッグをなだめる様子は、周囲の客からは奇妙な腹話術にでも見えたかもしれない。だが、そんな些細なことも気にならないほど、アルトはこの新しく始まったパーティの『日常』に幸福を感じていた。


 翌日。

 二人は冒険者ギルドのグランディス支部へと足を運んだ。

 アルトが登録している田舎の小さな支部とは比べ物にならないほど巨大な建物の中には、武装した冒険者たちがひしめき合い、様々な依頼書が掲示板に張り出されている。


「ひとまず、君を俺のパーティメンバーとして正式にギルドに登録しよう。その方が、二人で受ける依頼の幅も広がるからな」


 ユートの提案に、アルトは胸を張って頷いた。かつて『役立たずのノロマ』と嗤われた自分が、こんな信じられないほど強い剣士の相棒になれたのだ。期待で胸が膨らむ。


 だが、二人が受付へ向かおうとしたその時だった。


「だから! 私の魔法のタイミングに合わせられないアンタ達がどんくさいだけでしょうが!!」


 ギルドの中央付近から、甲高い少女の怒鳴り声が響き渡った。

 アルトが驚いて声のした方を見ると、派手な真紅のローブを纏った赤髪の少女が、大柄な戦士風の男たちを相手に激しく言い争っていた。


「ふざけんな! お前のそのデタラメな火力のせいで、俺たちまで丸焦げになりそうだったんだぞ!」


「魔法使いが後衛からドカンと撃って何が悪いのよ! 前衛なら、魔法の余波くらい気合いで耐えなさいよ!」


「あんなもん耐えられるか! もういい、お前みたいな自分勝手なガキはパーティから追放だ!」


「上等よ! こっちから願い下げだわ、この脳筋ども!」


 少女——ミラは、思い切り戦士の男たちに舌を出して見せると、大きな杖を肩に担いでプイッとそっぽを向いた。男たちは怒り心頭といった様子だが、ギルド内でこれ以上騒ぎを起こすわけにもいかず、舌打ちをして去っていった。


「……随分と派手な喧嘩だな」


 ユートが呆れたように呟く。アルトも「なんだか凄そうな人だな……」と遠巻きに見ていた。

 彼女は容姿こそ美しいが、その気の強さと自己主張の激しさは、誰の目から見ても『トラブルメーカー』そのものだった。


 アルトたちは関わり合いにならないように受付へ進もうとした。

 しかし、運命とは時に悪戯なものである。

 振り返って怒りを鎮めようとしていたミラの視線が、偶然——いや、吸い寄せられるように、ユートの姿を捉えたのだ。


「……えっ」


 ミラの怒りに満ちていた大きな瞳が、一瞬で丸くなった。

 彼女はユートの整った顔立ち、無駄のない筋肉のつき方、そして腰に差した美しく静謐な直剣を上から下まで舐め回すように見つめると、ゴクリと喉を鳴らした。


「……見つけた」


 ぽつりと呟いた彼女の声は、先ほどまでの怒鳴り声とは打って変わって、熱に浮かされたように甘かった。


「……見つけた! 私の、運命の人……!!」


 周囲の冒険者たちが「またかよ」というような呆れ顔を見せる中、ミラは一直線にユートの元へと突進してきた。


「ねえ! そこの超絶イケメンの剣士さん!」


 突然目の前に立ちはだかった真紅の少女に、ユートは目を瞬かせた。


「……俺か?」


「ええ! アナタ、息を呑むほどいい男ね! 剣の構え方も完璧だし、魔力の気配も只者じゃないわ! 私のパーティに入らない!? いや、私をアナタのパーティに入れて!」


「……は?」


 唐突すぎる猛アプローチに、流石のユートも完全に面食らっていた。アルトに至っては、あまりのスピード展開についていけずポカンと口を開けている。


「私、ミラ! 炎魔法を得意とする最強の魔法使いよ! ちなみに恋人はいないし、理想の男性は自分より強くて、私の魔法を文句言わずに受け入れてくれる人! アナタなら絶対にピッタリよ!」


「いや、俺は別に……」


「よし決まり! 今日から私たちは運命のパーティね! 早速、初陣の依頼を選びに行きましょう!」


「ちょっと待ってくれ! 俺はそんなこと一言も……!」


 ミラはグイグイとユートの腕を引っ張り、掲示板の方へと連れて行こうとする。ユートが慌てて抵抗しようとするが、彼女の腕力は見た目に反してやたらと強かった。


『なんだこの騒がしいメスガキは。俺様よりうるせぇじゃねぇか』


 背中から発せられたバルの呆れ声に、ミラはピタリと動きを止めた。


「ん? なに今の声。アナタが喋ったの?」


 ミラはユートの腕から手を離し、ユートの隣でオロオロしていたアルトの方へと鋭い視線を向けた。


「ひっ!? い、いえ! 僕は何も……!」


「いいえ、確かにこの辺りから聞こえたわ。……あんた、まさか腹話術師? パーティにそんな大道芸人はいらないわよ」


「ち、違います! 僕もちゃんと冒険者で……!」


『おいノロマ、誰が大道芸人だ。この小娘の口を縫い合わせてやろうか』


 再び発せられたバルの声に、ミラはようやくアルトの背中にある黄色いバッグの存在に気がついた。


「……なるほど。喋る魔道具ってわけね。趣味が悪いわ」


 ミラは鼻で笑うと、再びユートに向き直った。


「ねえイケメンさん。こんな変な魔道具を持った落ちこぼれみたいな子より、私の方が絶対役に立つわよ? レベルの低い子のお守りなんてしてたら、足手まといになるだけじゃない」


 その言葉に、アルトは胸がチクりと痛んだ。

 ミラの言葉は、ギルドの連中から散々言われてきた通りだったからだ。自分が強くなったわけではない。ユートに拾われただけの『お荷物』だということは、自分が一番よく分かっている。


 アルトが俯きかけた、その時だった。


「……訂正しろ」


 ユートの低く、冷たい声が響いた。

 先ほどまでの困惑した様子は消え去り、その瞳には明確な怒りの色が宿っていた。


「え?」


「彼は俺の相棒だ。そして、君が言うような『足手まとい』でもなければ『落ちこぼれ』でもない。彼には、俺が見落とした敵の死角を完璧に見抜く『目』がある。そこらの戦士などより、よほど頼りになる」


 ユートの言葉に、アルトはハッと顔を上げた。

 彼は、アルトを本気で『戦力』として評価し、庇ってくれたのだ。


「……なによ、それ」


 ミラは不満そうに唇を尖らせたが、ユートの真剣な表情を前にして、それ以上アルトを貶める言葉は飲み込んだ。


「……分かったわ。そこまで言うなら、ただの『お荷物』じゃないんでしょうね。でも、私も諦めないから! アナタが私の魔法の威力を自分の目で見れば、絶対にパーティに入れたくなるはずよ!」


 ミラはそう言い放つと、勝手に掲示板から一枚の依頼書をもぎ取り、ユートの胸に押し付けた。


「【西の森のゴブリンの巣窟討伐】! これで、私とこの子……アルトって言ったわね? どっちがアナタの隣に立つに相応しいか、勝負よ!」


「俺はそんな勝負を受けるつもりは……」


「逃げるの!? それとも、ただの口だけ男!?」


「…………はぁ」


 ユートは深々とため息をついた。これ以上ギルド内で騒ぎを起こせば、自分たちまで面倒に巻き込まれるのは明白だった。


「分かった。ただし、これが終わったら大人しく引き下がってもらうぞ」


「やった! それじゃあ、早速出発よ!」


 満面の笑みを浮かべてギルドを飛び出していくミラ。

 アルトとユートは顔を見合わせ、同時にもう一度盛大なため息をついたのだった。

 静かだった二人の旅に、とんでもなく騒がしい嵐が巻き起こる予感だった。

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