第64話:黒の祭壇
四日目の正午。
黒い岩肌に覆われた山頂の台地に、異様な建造物がそびえていた。
漆黒の石で組まれた巨大な祭壇。周囲には魔族の兵が数十体、規則的に配置されている。祭壇の中心からは赤黒い光が脈動し、空気そのものが歪んでいた。
「——あれが、黒の祭壇」
アルトは山の稜線から祭壇を見下ろした。
祭壇の中央に、魔法陣に繋がれた少女の姿が見えた。
アッシュブルーのショートボブ。見覚えのある小さな背中。
「リアラ……!」
生きている。まだ間に合う。
「見張りは外周に二十体。内部の配置は見えないけど、気配から推測して十体前後。合計三十前後ね」
『最深部にディアルとユートがいる。間違いねぇ』
アルトは一つ深呼吸をした。
「正面から行きます」
「——は? 正面?」
「陽動やルート工作に使う時間がない。それに、ディアルはどうせ僕らが来ることを知ってる。奇襲の意味がありません」
ミラが一瞬目を見開き——それから頷いた。
「確かにね。あいつは最初から『待っている』って言ったもの。じゃあ——」
「最速で突破して、リアラのところに辿り着く。途中の雑兵は倒す必要もない。抜けるだけでいい」
『いいねぇ。真正面からぶん殴りに行くとか、お前らしくねぇけど——嫌いじゃねぇぜ』
アルトが立ち上がった。
腰の剣を引き抜く。魔法剣が蒼白く灯った。
「ミラさん——」
「ええ」
ミラの杖が赤く輝いた。
二人が同時に稜線を飛び越え、斜面を駆け下りた。
* * *
魔族の兵が反応するより早く、アルトが先頭の一体を斬り伏せた。
蒼白い魔法剣が弧を描き、二体目、三体目と転がしていく。二年間の旅で磨き上げた剣技は、下級の魔族を相手にするなら圧倒的だった。
「——道を開けなさい!」
ミラの炎の魔法が扇状に広がり、左右の兵を薙ぎ払う。二年前なら一体を狙うのが精一杯だった範囲攻撃を、息をするように放つ。
外周を抜けた。
祭壇の内部に入ると、空気がさらに重くなる。魔力の圧が肌を刺すようだった。
階段を駆け上がり、通路を抜け、内部の魔族を排除しながら進む。
『奥だ! 真っ直ぐ奥にディアルとユートの気配がある——この通路を抜けた先だ!』
「了解!」
通路を駆け抜ける。立ちはだかる魔族の兵を斬り伏せ、ミラの炎が道を焼き開いた。石壁が赤く照らされ、影が激しく揺れる。
『次の角を抜けたら広間に出る——最深部だ。ディアルとユートの気配がビンビンきてやがる……覚悟しろよ!』
最後の通路を抜けた瞬間——視界が開けた。
広大な空間。
天井は吹き抜けになり、黒い空が見える。中央に巨大な魔法陣が刻まれ、赤黒い光が脈動している。
その魔法陣の上に——リアラが繋がれていた。
手首と足首を光の鎖で拘束され、意識があるのかないのか、項垂れている。
「リアラ!!」
アルトが叫んだ。
リアラが顔を上げた。エメラルドの瞳が、涙に濡れていた。
「アルト……ミラさん……」
「大丈夫だ、今すぐ——」
「——来てくれましたか。予定通りですね」
声が降ってきた。穏やかで、冷たい声。
魔法陣の奥の段上に、ディアルが立っていた。黒い魔力で形成された義肢の右腕が、薄暗い光の中で不気味に脈打っている。あの圧倒的な存在感は、数日前と何も変わっていなかった。
そして——その隣に。
「————。来たか」
ユートが立っていた。
数日前と同じ——胸に赤黒い魔核が脈打ち、生気のない目。腰には真っ黒な剣。
「ユートさん……」
「悪いな、アルト。立場は変わってない。お前らがここに来た以上——俺は、お前たちを殺さないといけない」
ユートが腰の剣を引き抜いた。
ディアルが段上から降り立つ。
「さて。では始めましょうか——最後の舞台を」
アルトは剣を構えた。
ミラが杖を握り直した。
三日間の旅路。そのすべてが——今ここで試される。
「——行くぞ」
アルトが地面を蹴った。




