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第6話:剣士の右手

「立てるか?」


 青年――ユートは、オークの死を一瞥いちべつしただけで剣を鞘に収め、アルトに右手を差し出した。

 その手を取りながら、アルトはガクガクと震える足で立ち上がる。


「あ、ありがとうございます……! 助かりました……」


「気にするな。こんな浅い森にオークが出るとはな。君一人か? ここは危険だ。街まで送ろう」


 ユートはそう言うと、アルトの前を歩き始めた。

 アルトは慌ててその後ろを追いかけながら、ユートの背中に納められた剣にどうしても目が行ってしまう。


(あの剣……。装飾もすごいけど、刃そのものが今まで見たことないくらい澄んでる。それに……)


 アルトの『素人目』にも、あの武器がただの名剣ではないことが直感でわかった。

 それに、ユート自身から放たれる圧倒的な強者の気配。ギルドで見たどんな高ランク冒険者よりも、洗練されたものを感じる。


『おい、アイツ……。妙なモンを持ってやがるな』


 背中のバルが、誰にも聞こえない声でアルトにだけ囁いた。バルの声にはいつもの横柄さがなく、珍しく警戒するような響きがあった。


「妙なものって?」


『あの剣から漏れ出てる魔力の質だ。……チッ、胸糞悪い純度の高さしやがって』


 バルが忌々しげに舌打ちをした時だった。


「ブモォォォォッ!!」

「ガァルルルッ!!」


 周囲の茂みから、凄まじい雄叫びが上がった。

 先ほどのオークは単独ではなかったのだ。木々の間から、血走った目を持つオークが追加で二体、さらにその後ろから獰猛な牙を剥き出しにした狼型の魔物ホーンウルフが三体、飛び出してきた。

 魔物の群れによる包囲網だ。


「……囲まれたか」


 ユートは冷静に呟くと、再び背中からあの美しい直剣を引き抜いた。

 その顔に焦りはない。だが。


(……え?)


 アルトの背筋に、ゾワリと嫌な汗が流れた。

 視界の隅、ユートの右後方――死角となる茂みが、わずかに揺れた『気』がしたのだ。

 ユートは前方から迫るオーク二体に気を取られ、重心を完全に前へ預けている。もし本当にあそこに魔物が潜んでいたら。


 ユートの強さは圧倒的だ。オーク二体は一瞬で倒すだろう。

 けれど、あの死角からの奇襲をもらえば、ただでは済まない。


(防げない……! 今、声を出すと……!)


 アルトの迷いは、コンマ一秒だった。

 考えるより先に、アルトの口が動いていた。


「ユートさん! オークは囮だ! 右後ろの茂みから来る!!」


 その甲高い声に、ユートの目がわずかに見開かれた。

 前へ踏み込もうとしていたユートは、反射的にアルトの指示に従い、体重を右に預けながら剣を真横へと薙ぎ払った。


 ギャンッ!!


 ユートの右足を食いちぎろうと飛びかかってきた四体目のホーンウルフは、空中で両断され、血飛沫を上げて地に伏した。


「……!」


 ユートは一瞬だけ驚きを見せたが、すぐに体勢を立て直し、本来のターゲットであったオークへ流れるように飛び込んでいった。

 アルトが指示した『オークはフェイント(囮)』という言葉通り、オークは大振りの攻撃を外しており、無防備な隙を晒していた。


 ズバァァァンッ!!


 銀色の閃光が三度煌めき、残るオークとホーンウルフはあっけなく肉塊へと変わった。

 すべてが、十秒にも満たない間の出来事だった。


 血糊を振り払うように剣を振って鞘に収めると、ユートはゆっくりとアルトの方を振り返った。

 その目には、先ほどの「保護すべき子供」に向けるものとは全く違う、明確な『興味』が宿っていた。


「……君。あの奇襲、よく気付いたな」

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