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『ノロマ、死ぬなよ』〜毒舌カバンと最弱少年の英雄譚〜  作者: 塩とわかめ
第二章:沈黙の相棒と、孤独な剣士の反撃
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第55話:灰色の街

 その街は、半分死んでいた。


 かつて交易の要所として栄えたはずの中規模都市、グレイハルト。だが今、城門は片側が崩れ落ち、門の上に掲げられていたであろう紋章は地面に転がって苔に覆われていた。街の中心部は黒い焼け跡に覆われ、崩れた建物の瓦礫が道を塞いでいる。

 住民の半数以上が逃げ出し、残っている者も希望を失った目で瓦礫の隙間に身を寄せている。通りを歩く人々の足取りは重く、誰も目を合わせようとしない。子供の姿はほとんど見えなかった。


「……あいつの仕業か」


 ミラが低く呟いた。拳を握りしめている。二年間、こういう光景を何度も見てきたのだろう。だが、慣れはしない。慣れてはいけない。


 ギルド支部は辛うじて機能していた。壁の一部が崩れ、仮設の柱で支えられた受付カウンターに、疲れ切った職員が座っている。依頼掲示板には復興関連の依頼ばかりが並んでいた。

 アルトが受付で事情を聞く。


「三週間前に、一人の剣士がこの街に現れました。黒い剣を持った、目に光のない男です。封印されていた街の守護碑を壊しに来たようで……止めようとした騎士団の半数が斬られました。殺されたわけではありませんが、全員が重傷です」


「殺されなかった……?」


「はい。不思議なことに、急所は外してあるんです。致命傷を与える力量は明らかにあるのに、全員が生き残った。腕を上げたところを切り落とせたはずの剣が、わずかにそれて肩を掠めただけ——そんな不自然な傷ばかりで。まるで……わざとそうしているかのように」


 アルトとミラの視線が交差した。

 ユートの意志が抵抗していることの、さらなる証拠だった。体は魔核に操られていても、ユートの心は——まだ戦っている。


「その剣士は、今どこに?」


「守護碑を破壊した後、北東の渓谷の方へ去りました。あの方角には古い遺跡があるはずですが……あの辺りは上級魔物の巣窟で、並の冒険者では近づけません」


「わかりました。ありがとうございます」


 * * *


 街の酒場で追加の証言を集めた。

 酒場は半壊していたが、奥の一角だけが仮修繕されて営業を続けていた。カウンターに座った年配の男が、濁った酒をちびちびと飲みながら語ってくれた。


「あの剣士、確かに強かったよ。騎士団の精鋭が束になっても敵わないんだ。剣筋が見えねぇ。速すぎるんじゃなくて、最小限の動きで最大の効果を出す剣だ。無駄がまったくねぇ。……でもな、一番怖かったのは強さじゃねぇんだ」


 男が酒を置いた。指が震えている。


「あいつの目だよ。光がないのに、涙だけが流れてたんだ。自分で何をしてるかわかってて、泣きながら剣を振ってた。あんな恐ろしいもの見たことねぇよ。……ありゃあ、化け物じゃねぇ。囚われた人間だ」


 アルトの拳が、テーブルの下で白くなるほど握りしめられた。

 涙を流しながら剣を振るユート。自分の体が仲間を傷つけていくのを、止められずに——ただ見ている。


(ユートさん……待ってて。もうすぐ行く。絶対に助ける)


 リアラがアルトの震える拳をそっと両手で包んだ。アルトは一瞬驚いたが——力が少しだけ抜けた。


 * * *


 街を出る前に、アルトはミラ、リアラ、バルと方針を確認した。

 崩れた城壁の内側、誰もいない広場で四人は輪になった。


「北東の渓谷に向かいます。ユートさんがまだそこにいるかはわからないけど、足跡は追えるはずです」


「覚悟はいい? アルト。ユートに会ったら……戦闘になる可能性が高いわ。操られたユートは、私たちのことを認識できないかもしれない。もしくは——認識した上で、剣を向けてくるかもしれない」


「わかってます」


 リアラが静かに口を開いた。


「私にできることがあったら言って。戦闘は無理だけど……少しでも力になりたい」


「リアラ。ありがとう。でも、ユートさんとの戦いは——僕とミラさんでやる。リアラは安全な場所にいてほしい」


「……わかった。でもね、アルト」


 リアラが真っ直ぐにアルトを見た。その目に、いつものさっぱりした少女ではなく、覚悟を決めた人間の瞳がある。


「何があっても、帰ってきてね」


 アルトは小さく頷いた。その目は、もう逃げていなかった。


『おいおい、いい感じに盛り上がってるところ悪いんだけどよ。一応言っとく。俺は相変わらず武器は出せねぇ。だが、気配の探知と口での支援はできる。あと——ノロマ、お前の魔法剣だが、出力の上限を上げる方法、一つ心当たりがある。道中で試すぞ』


「心当たり?」


『俺の身体の表面に残ってる魔力を、お前の剣に上乗せできるかもしれねぇ。封印の外側にはまだ俺の残り滓みてぇなのが張り付いてるんだ。量は微々たるもんだが、質はいいはずだぜ。何せ俺様の魔力だからな! ……ゲホッ。まぁ量は少ねぇけど、ユート相手ならその一撃分の上乗せが生死を分けるかもしれん』


「威張ってる場合じゃないだろ……。でも、ありがとう、バル」


『礼なんかいらねぇよ。俺だって仲間を取り戻してぇんだ。ユートがいねぇとツッコミ役が足りねぇんだよ。……まぁ、あのツッコミは結構的確だったからな。価値はあった。ちょっとだけ』


 四人は——三人と一つは、北東の渓谷に向けて出発した。

 二年半ぶりの再会が、その先で待っている。


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