第49話:赤い髪の魔法使い
山岳地帯を抜けた先にある中規模の街、マーレン。
交易の中継地点として栄えるこの街には、各地の情報が集まる。石造りの建物が整然と並び、大通りには荷馬車が行き交い、市場には商品を広げる商人たちの威勢のいい声が響いている。今まで回ってきた辺境の宿場町とは比べものにならない活気だった。
アルトはここでユートとミラの手がかりを探すつもりだった。
「バル、街に入ったら喋らないでね」
『はぁあ? なんでだよ? 俺様の美声を聞かせてやっても——』
「喋るバッグが話題になったら面倒なことになるから。前の街でも一瞬喋りかけて焦ったでしょ」
『……チッ。しゃあねぇな。でも心の中で終始ツッコミ入れてっからな。覚悟しろよ』
「心の中なら好きにして」
門をくぐり、街の中心部へ向かう。リアラは物珍しそうに市場の店を見ていたが、アルトは脇目も振らずギルドに直行した。こういう時のアルトの切り替えの早さを、リアラはもう知っている。
冒険者ギルドの支部は、街の中央広場に面した大きな石造りの建物だった。二階建てで、一階が受付と掲示板、二階が酒場と交流スペースになっている。中に入ると、依頼書を品定めする冒険者たちで混み合っていた。
アルトは受付で二つのことを尋ねた。
「すみません。二年ほど前からこの辺りの情報を集めているんですが——ユートという名前の剣士を知りませんか? それと……ミラという名前の魔法使いについても」
受付の男は首を傾げた。
「ユート……その名前は聞き覚えがないですね。この二年で登録された剣士の中にはいません。もう少し具体的な特徴があれば——」
「整った顔立ちだけど目元に疲れがある、左腕に大きな古傷がある男性です。年齢は……今だと二十代前半。剣の腕は相当のもので、優しい雰囲気ですが、戦い方は鋭い」
「うーん……申し訳ないですが、心当たりがありません」
アルトは小さく頷いた。いつものことだ。二年間、どの街のギルドでも同じ答えだった。期待してはいけないと分かっているのに、毎回微かな期待を持ってしまう。それが裏切られるたびの、この小さな痛みにも慣れた。
「ミラという魔法使いについてはどうですか? 赤みがかったブラウンの長い髪の——」
「ああ!」
受付の男が突然声を上げた。目が輝いている。
「赤い髪の魔法使い——それ、もしかして最近噂になってる彼女のことですか?」
アルトの心臓が跳ねた。
「……噂?」
「ここ半年くらい、冒険者の間で話題になってるんですよ。赤い髪の女の魔法使いが、どこのギルドにも所属せずに一人で魔族の拠点を焼いて回ってるって。かなりの実力者らしくて、最前線の冒険者の間じゃちょっとした有名人になってます。『紅蓮の女狐』なんて呼ぶ奴もいますよ」
アルトの手が、カウンターの上で震えた。背中でバルが微かに震動している。喋りたいのを必死に堪えているのだ。
「それは……どこで? どの辺りで目撃されてるんですか?」
「最後に目撃されたのは……確か、南西のラグナ峡谷の付近ですね。魔族の中規模な拠点があったんですけど、彼女が単独で壊滅させたとか。すごい火力だって話で——周囲の岩壁が溶けてガラスみたいになってたとか。正直、Aランク以上の実力だって評価も出てます」
ミラだ。
間違いない。赤い髪、圧倒的な魔法火力、単独行動、ギルドに所属していない。全てが一致する。あの負けず嫌いのミラが、一人で魔族を相手に戦い続けている。
「ありがとうございます……!」
アルトはギルドを飛び出し、街の広場でリアラと合流した。
「リアラ! ミラさんの手がかりが見つかった!」
「本当!?」
アルトの目が、久しぶりに光を取り戻していた。二年間探し続けて何も見つからなかった仲間の消息が、ようやく——
『おーおー、やっと見つかったか、トマト女の痕跡。……でも、一人で魔族の拠点を潰して回ってるってことは、相当やべぇ状態かもしれねぇぞ。あいつ、元々突っ走るタイプだったろ。歯止めが効かなくなってんじゃねぇのか』
バルが小声で呟いた。二人は人通りの少ない路地に入っている。
「……うん。ミラさんは、ユートさんのことがあってから……きっと、自分を追い込んで戦い続けてる」
二年前のミラを思い出す。ユートが胸を貫かれた瞬間の、あの悲鳴。あの声は今でも耳の奥にこびりついている。ミラはあの後、一人で何を思って戦い続けてきたのだろう。
アルトの表情が引き締まった。
「早く合流しないと。ミラさんを一人にしておいちゃダメだ」
* * *
ギルドの情報を頼りに、南西のラグナ峡谷方面への道を調べる。
街の酒場で追加の情報を集めていると、奥のテーブルで冒険者たちが話しているのが聞こえた。酒が入って声が大きくなっている。
「ラグナ峡谷の先の村が数ヶ月前に襲撃されたって聞いたか?」
「ああ。魔物の群れじゃなくて、剣士一人にやられたらしい。人間の剣士だよ? ただ、目撃者によると目に生気がなくて、まるで人形みたいに動いてたって——」
アルトの動きが止まった。
手に持っていたジョッキの水面が、微かに揺れている。
目に生気のない剣士。人形みたいに動く。
——まさか。
「すみません。今の話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
冒険者たちがアルトを見た。若い冒険者が唐突に話に割り込んできたことに一瞬警戒したが、アルトの真剣な目を見て態度を和らげた。
「ん? ああ、あの話か。俺も又聞きだけどな。腕はかなりのもんらしい。村を守ってた自警団が十人がかりでも止められなかったとか。だけど、まるで感情が……いや、意志がないみたいだって。無言で現れて、目的を果たしたら消える。残虐なわけじゃねぇ。殺しはしない。ただ、邪魔する奴を無力化してどこかへ消える。噂じゃ、魔族に操られた人間なんじゃないかって話もあるけど——真相はわからん」
アルトの胸の奥で、何かが冷たく軋んだ。
(ユートさん……?)
二年前。ディアルの手がユートの胸を貫いた瞬間。あの最後に笑った顔。
死んだと思っていた。いや、心のどこかで——死んでいてくれた方が——と、一瞬でも思ったことを、アルトは自分で許せなかった。もし生きていたとして、ディアルの手の中で何をされているのか。想像するだけで胃の奥が凍る。
「……リアラ。予定を変更します」
「え?」
「まずミラさんと合流する。それから——その剣士の情報も追います」
アルトの目に、鋭い光が宿っていた。揺るがない決意が、その奥で静かに燃えている。
リアラは何も聞かず、静かに頷いた。
二人と一つは翌朝、南西のラグナ峡谷へ向けて出発した。
仲間の手がかりが、ようやく掴めた。
だがその手がかりの一方は希望であり、もう一方は——恐怖に近い予感を孕んでいた。




