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第32話:封印の光

 ズンッ。


 鈍い音が、世界を止めた。


 ユートの直剣が、バルの黄色い体を深々と貫いている。

 ディアルの白い手がその柄を握り、無表情に見下ろしている。

 アルトの腕の中で——バルが、声にならない悲鳴を上げた。


『ッ……ぎ、ぎゃあああ……っ!! なんだ……これ……っ! 中から……何かが……ッ!!』


 バルの体が痙攣するように震えた。剣が突き刺さった穴の周囲から、黒い液体のような魔力が滲み出し——そしてその奥底から、異質な光が漏れ始めた。


「バルッ!! バルッ!!!」


 アルトが叫んだ。涙が止まらなかった。

 バルを抱く腕が震えている。自分の腕の中で、大切な相棒が苦しんでいる。それを止める術がない。

 自分がもっと強ければ。自分が動けていれば。バルが庇う必要も、ユートが盾になる必要もなかった。

 全部——全部、自分のせいだ。


「——何?」


 ディアルの声に、初めて困惑の色が混じった。

 バルを貫いたユートの直剣が——剣自身が白く光り始めている。柄を握るディアルの手に、じりじりと焼けるような熱が伝わってきた。


「何だ……この光は……?」


 ディアルが手を離し、一歩後退した。


 バルの内部で、何かが起きていた。

 剣が——ユートの直剣が——バルの奥底に沈殿していた「何か」に触れ、共鳴している。

 白い光が際限なく膨張し、バルの口から、穴から、縫い目から、ありとあらゆる隙間から眩い光が噴き出した。


 アルトは、その光の中にいた。

 バルを抱えた腕から、光の波が流れ込んでくる。温かくて、豊かで、けれどどこか哀しい——そんな魔力の流れ。バルのものではない。アルトが知っているどの魔力とも違う。もっともっと古くて、もっともっと深い、自分たちの知る魔力とは根本から異なるような光。


 研究施設の瓦礫が、木々が、空気そのものが白い光に照らされ、まるで真昼のような輝きに包まれる。夜の森が白く染まり、空気中の塵の一つ一つまでが光の粒子となって漂っていた。


 その光の中で——バルの体を貫いていた直剣が、凄まじい衝撃と共にバルの内部から弾き出された。

 ビキィッ!! と乾いた音を立てて、剣身のちょうど半ばから真っ二つに折れる。刀身の先端側がアルトの足元に落ち、柄のついた根元側が後方に弾き飛ばされた。


 折れた刀身は——まだ白く光っていた。温かい光を纏ったまま、冷たい地面の上で脈打つように明滅している。


 ディアルは、噴き出す光を前に、さらに二歩後退していた。

 あの男が——この戦いで初めて後退した。


「この光……この魔力の質は……」


 ディアルの目が見開かれた。冷酷な仮面の下から、今まで一度も見せたことのない表情が滲み出してくる。

 それは驚愕でも恐怖でもなかった。


 ——狂喜。


「……ああ」


 ディアルが呟いた。その声は震えていた。恐怖ではない。歓喜だ。

 何百年も暗闇の中を手探りで歩き続けてきた者が、ついに出口の光を見つけた——そんな、狂おしいほどの歓喜。


「ここにいたのか。ずっと、ずっと探していたものが……こんな……こんなとこ——」


 ザンッ!!


 白い閃光が、ディアルの右腕を走り抜けた。


 ——肩の付け根から、腕が落ちた。


 黒い血が噴き出す。切り落とされた腕が、地面に転がった。


 ディアルの視線の外——横たわっていたはずのユートが、左手で白く光る折れた刀身を握りしめ、振り抜いた姿勢のまま地面に崩れ落ちていた。

 折れた右腕では剣を持てない。だから左手で。刀身の半分しかない、刃の欠片。だが、白い光を帯びたその残骸は——ディアルの空間支配を、一瞬だけ貫いた。


 ユートの左手が焼け焦げている。光を帯びた刃を素手で握ったのだ。だが構わなかった。この一撃が届くなら——手の一つや二つ、安いものだった。


---


 一瞬の静寂。


 ディアルの顔に、痛みの表情が浮かんだのはほんの一瞬だった。

 すぐに——それは消えた。代わりに浮かんだのは、やはり狂喜だった。


「ハ……ハハ……!」


 片腕を失っても、ディアルの目はバルしか見ていない。執着が全てを塗り潰している。


 バルの体から漏れ出す気配。それは、ディアルが長い年月をかけて世界中を探し回っていた——「あるもの」の気配だった。

 あの研究施設で「鍵」と呼んでいたもの。葬送の指揮者に探させていたもの。全てが、この黄色い袋の中にあった。


「素晴らしい……実に素晴らしい……! まさかこの黄色い袋の中に封じられていたとは……ッ!」


 片腕を斬り飛ばされたことなど、もうどうでもいい。この世の全てがどうでもいい。ただバルの中にあるものだけが——ディアルの全存在を支配していた。


「頂こう。お前は——」


 ディアルの残った左手が、バルに向かって伸びた。


 ——その瞬間。


 横に倒れ込んでいたはずのユートが、地面を這うようにして起き上がり、弱々しく光る折れた刀身を振りかぶった。


 だが——刃に宿る白い光は、先ほどとは比べものにならないほど弱々しかった。脈打つように明滅していた輝きは、今にも消えそうなか細い燐光に変わっている。


 ディアルはバルに伸ばしていた左腕を僅かに動かしただけで、その一撃を受け止めた。

 先ほどは貫いた空間支配の壁が、今度はびくともしない。


「——邪魔を、するな」


 ディアルの声に、初めて苛立ちの色が混じった。

 その左腕が、受け止めた折れた剣を払いのけるのとほぼ同時に——ユートの胸を貫いた。


「がっ……!!」


 ユートの体をディアルの左腕が突き抜けた。


「ユートさぁぁぁぁんッ!!!」


 アルトの絶叫が、森に木霊した。

 あの優しかった手が、自分の頭を撫でてくれた手が、だらりと垂れ下がっている。たった一日前まで「ありがとうアルト」と言ってくれた声が、もう出ない。


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