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第27話:防塞都市の戦い Ⅲ — 英雄たちの出発

 防塞都市コルンの夜明けは、勝利の歓喜と瓦礫を片付ける喧騒に包まれていた。


 正門での魔物の群れは騎士団が退け、地下水道からの本命の襲撃はアルトたち四人が壊滅させた。無防備だった夜の街で、誰一人として死者を出さなかったのは奇跡に近い。

 その奇跡を成し遂げたのが、数日前にふらりと街に現れた四人の冒険者だという事実に、コルンの住民たちは驚嘆し、そして惜しみない感謝を注いだ。


「いやぁ、本当に助かりましたよ! あの地下水道を四人だけで制圧するなんて、とんでもないことです!」


 騎士団の隊長が、アルトの手をがっちりと握りしめる。

 アルトは顔を真っ赤にして、「い、いえ、僕はただ居場所を教えただけで……戦ったのはユートさんとミラさんで……」と両手を振って否定した。


「謙遜することはないわよ、アルト! 私の魔法のタイミングも、ユートの斬撃ルートも、全部あんたの指示だったじゃない! もっと堂々と褒められなさい!」


 ミラがアルトの背中をバンバンと叩く。焦げてボロボロのローブが、昨夜の激闘を無言で語っていたが、彼女の表情は迷宮をクリアした時以上に誇らしげだった。


「それにしても、あの指輪すごかったですよ、ミラさん! 蜥蜴の毒針が飛んできた時、パッと光って弾いたのは本当にびっくりしました!」


「ふふん、当然でしょ! ユートが見立ててくれた指輪と、私の完璧な魔力反応が合わさった結果よ!」


 ミラがうきうきと左手の人差し指の指輪を掲げる。昨夜の戦闘中、背後から飛んできた毒針をこの防壁がピンポイントで弾いた。ユートの判断がなければ、あの指輪はミラの手にはなかった。


「ユートさんの見立ては正しかったですね。後衛に防壁があると、これだけ安心感が違うんだ」


「……ああ。君たちが確実に後ろを守ってくれるから、俺は前だけを見て剣を振れた」


 ユートが、いつもの過去に囚われた暗い目ではなく、穏やかな表情で三人を見つめていた。


---


 戦いの後の一日は、あっという間に過ぎた。

 街のあちこちで修復作業が行われる中、四人は騎士団の手伝いをしたり、怪我人の搬送を手伝ったりして過ごした。

 その合間にも、住民たちが入れ替わり立ち替わりアルトたちの元を訪れ、果物の籠や、街の特産であるハチミツを練り込んだ焼き立てのパンを押しつけていく。中には泣きながら感謝を伝える老婆もいて、アルトは何度も照れて赤くなっていた。


 その日の夕方。

 騎士団が街の中央広場に急ごしらえの長テーブルを並べ、街を救った英雄たちのために、盛大な祝勝会を催してくれた。


「アルト殿、ユート殿、ミラ殿——本日は我が防塞都市コルンの守り手として、心より御礼申し上げます!」


 騎士団長が改まった口調で杯を掲げ、広場に集まった住民たちから割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


「え、えぇっ!? こんな大げさな……!」


 アルトが目を白黒させる。長テーブルには次から次へと料理が運ばれてきて、街の料理人たちが腕によりをかけた煮込み料理や焼き魚、蜂蜜漬けの果物が山のように積まれていく。酒場の小さなテーブルでの宴とは比べものにならない規模だ。


『おいノロマ、何ちんたら座ってやがんだ! 俺様にもメシ寄越せ! あの蜥蜴の魔石の残り、全部だ!!』


「はいはい……ちょっと待ってよバル、こんなとこで口開けたら目立——」


『うるせぇ! 腹が減って死にそうなんだよ!!』


「あんたの相棒、いつも元気ね……」


 ミラが呆れながらも、どこか楽しそうにアルトとバルのやり取りを眺めている。

 広場には灯りの魔石が暖色の光を灯し、子供たちが走り回り、兵士たちが杯を鳴らしている。戦いの後とは思えないほど、温かくて賑やかな空間だった。


「ユート、飲まないの?」


「……ああ、もらおう」


 ミラが差し出した麦酒をユートが受け取った。普段はこういう場で自分から杯を手にすることはない男が、今夜は素直に飲んでいた。


「……なあ、ミラ」


「なに?」


「お前の防壁、昨夜は見事だった。あの毒針を防いだ時、正直ひやりとしたが——お前が受け止めてくれると信じていた」


「……っ! い、いきなり何よ。ユートにそんなこと言われたら、調子に乗っちゃうわよ?」


「……事実を言っただけだ」


 ミラが顔を赤くして麦酒を一気に煽った。


 アルトはそのやり取りを眺めながら、広場全体を見渡していた。

 笑っている人たちの顔。泣いている人たちの顔。怪我をしながらも杯を掲げる兵士たちの顔。——この街の人たちが、今夜こうして笑っていられるのは、自分たちが戦ったからだ。


 迷宮での勝利とは、違う。

 あの時は「自分たちが強くなれた」嬉しさだった。今感じているのは——「誰かを守れた」という手応えだ。


「アルト」


 ユートの声に顔を上げると、彼がアルトのグラスに果実水を注ぎ足していた。


「君がいなければ、あの地下水道の本隊には誰も気づかなかった。この街が今こうしていられるのは、君のおかげだ」


「そんな……僕はただ、嫌な感じがしたのを伝えただけで——」


「それだけのことが、できる人間はほとんどいない」


 ユートが、静かにアルトの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「ありがとう、アルト。君がパーティにいてくれて、本当に良かった」


「ユ、ユートさん……!」


 不意打ちの褒め言葉に、アルトの目が潤んだ。慌てて袖で拭う。


『おいノロマ、自分だけいい思いしてんじゃねぇ! 俺様に対する感謝はねぇのかよ! 俺の武器がなかったら壁の向こうの奇襲で死んでたぞ!!』


「あ、ありがとうバル。バルがいなかったら僕もみんなもダメだった。本当にありがとう」


『……フン。当然だ。もっと感謝しろ。あと飯をよこせ』


 広場に笑い声が響いた。


---


 翌朝。


 街の人々や騎士団から餞別の物資と金貨を大量に受け取り、四人は昼前に防塞都市コルンを後にした。

 目指すは、あの手帳に記された東の湿地帯——古代魔道具の研究施設跡だ。


 道中、四人の足取りは不思議と軽かった。

 かつて絶望的な恐怖を植え付けられた敵の影を追っているというのに、彼らの間には、迷宮で絆を深め、コルンで勝利を分かち合った確かな連帯感があった。


 一日目の野営。

 焚き火を囲みながら、これまでの戦いを振り返る。


「あの転移する魔族、最初は本当にどうしようかと思ったわ。ユートの剣でも追いつけないなんて、ずるすぎるもの」


「ミラさんの氷壁がなかったら、僕が見抜いても意味がなかったです。あの判断、すごかったです」


「当然よ。天才魔道士を舐めないでちょうだい」


 ミラが胸を張り、ユートが手加減のないツッコミを入れる。


「天才は寝坊すらしないものだと思っていたが? 今朝は三回起こして起きなかったぞ」


「う、うるさい! あれは疲れが抜けてなかっただけよ!」


 二日目の夜は、ユートが焚き火で干し肉を焼いた。

 バルは相変わらず『メシ! メシをよこせ! 質より量だ今は!』と騒ぎ、アルトが苦笑しながら小さな魔石を頬張らせた。


 三日目の朝、川で顔を洗うアルトの横で、ミラが突然言った。


「ねえアルト。あんたさ、前より目つきが変わったわよ」


「え? ……バルにも同じこと言われました」


「あたりまえよ。迷宮の前は、いつもどこかおどおどしてたでしょ。今は——なんていうか、ちゃんと前を見てる感じ」


「そうですか? 自分ではよく分からないですけど……」


「自分じゃ気づかないものよ、そういうのは」


 ミラが意味深に笑い、指輪をくるくると回した。ユートの顔がちらりと脳裏をよぎったのだろう、ほんの少しだけ頬が赤い。


「……ま、あんたが頼もしくなってくれて、私はすっごく安心してるわよ。本気で」


「ミラさん……。ありがとうございます」


「やめてよ、しんみりするの禁止! ほら、出発するわよ!」


 四日目の道中は、空の高さが変わった。森が途切れ、景色が開けた丘陵地帯に入る。そこから先は、木々が徐々に枯れ始め、空気がどんよりと重くなっていく。


(僕たちは、絶対に大丈夫だ。あのディアルって魔族とも、きっと対等に戦える……!)


 アルトはそう信じていた。

 四日間の幸福な旅路の中で、その確信はどんどん強くなっていた。


 だがこの時のアルトには、まだ知る由もなかった。

 あの宿の酒場で笑い合った夜が——キャンプの焚き火を囲んで馬鹿を言い合った四日間が——もう二度と戻ってこない、最後の平和な時間だったことを。


---


 そして。

 木々が枯れ果て、空気がどんよりと濁った湿地帯の奥。

 苔むした巨大なドーム状の建造物——『古代魔道具の研究施設跡』が、その異様な姿を現した。


「着いたわね……」


 ミラが呟いた。


「ああ。空気が……迷宮よりもずっと古くて、重たい魔力で満たされている」


 ユートが剣の柄に手をかけた。


 アルトは目を閉じ、周囲の魔力を探った。

 ——嫌な感じだ。迷宮の魔力は澄んでいて、試練のための力だった。ここの魔力は違う。澱んでいる。腐っている。まるで何かの「死骸」が長い年月をかけて腐敗した残り香のようだ。


「……行きましょう」


 アルトの声は小さかったが、揺らぎはなかった。

 四人は、湿地帯の泥を踏みしめながら、崩れかけた円形の建造物へと歩を進めた。

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