第23話:別れと束の間の休息
迷宮の出口が見えた時、外の光がまぶしすぎて四人は思わず目を細めた。
丸二日以上を地下で過ごした体に、山間の新鮮な空気が染み渡る。
「はぁ〜〜っ! 外の空気って最高! もう地下は一生分味わったわ!」
ミラが両手を広げて深呼吸する。煤だらけのローブが風に靡いて、彼女自身がボロボロであることを改めて証明していた。
「まったくだ。だが、得るものは大きかった」
ユートが指輪を嵌めたミラの手を見やりながら頷く。
四人が出口の門を完全に通り抜け、外の岩場に足をつけた——その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……
背後で、低く重い音が響き始めた。
「えっ? ちょっと……!」
振り返ると、迷宮の入口である白亜の門が——ゆっくりと、自らの意志で閉まろうとしていた。首のない石像の間にある巨大な石の扉が、少しずつ、だが確実にその口を閉じていく。
「嘘でしょ!? ちょっと待ちなさいよ!」
ミラが慌てて駆け戻り、閉まりかけの扉に両手をかけて押し返そうとした。だがビクともしない。杖で炎を叩きつけても、氷をぶつけても、石の扉はゆっくりと——だが圧倒的な力で閉じ続ける。
「なによこれ! さっきは勝手に開いたくせに! 開きなさいよ!」
「……ミラ、無理だ。この扉は術式で動いている。力ずくでは止められない」
ユートがミラの肩に手を置いて制した。
アルトは閉まりゆく扉を見つめながら、そっと迷宮の壁に手を触れた。
——あの感覚が来た。
個別試練の時に初めて感じた、魔力の流れ。
壁越しに伝わってくるのは、かつて迷宮の内部に充満していたあのピリピリとした魔力——だが、その密度が入った時と比べて明らかに薄くなっている。
「……建物の中の魔力が、すごく少なくなっている気がします」
「なんだって?」
「あの試練のゴーレムや仕掛け、全部この迷宮に蓄えられた魔力で動いていたんだと思います。僕たちを鍛えてくれたことで……たくさんの魔力を使ってしまったのかもしれません」
アルトの言葉に、全員が一瞬黙った。
この迷宮は、古代の魔導技師たちが挑戦者を鍛えるために作った試練場だった。長い年月をかけて世界から魔力を吸い上げ、蓄え、挑戦者が来ればその魔力を使ってゴーレムや仕掛けを動かし、試練を与える。
そして今、四人のために全力を出し切った迷宮は——疲れ果てて、眠りにつこうとしているのだ。
「そうかもしれないな。しばらくは、ここで試練を受けることはできないだろう」
ユートが静かに言った。
石の扉は、あと少しで完全に閉まりきる。
アルトは壁に添えた手のひらに、ほんの少しだけ力を込めた。
「……ありがとうね」
小さな呟き。
壁越しに——迷宮からの返事など、あるはずがない。
だが、手のひらの下で、閉じゆく石が最後にほんのわずか温かくなったような——そんな気が、した。
ゴン。
重い音と共に、門が完全に閉じた。
苔むした白亜の石壁は、ただの古い岩壁のように沈黙し、入口だったはずの場所には何の変哲もない崖の壁面だけが残された。
「……行きましょう」
アルトが振り返り、仲間たちに笑いかけた。
四人は迷宮を後にし、廃山脈を下り始めた。
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数日後。四人は廃山脈を抜け、近隣でも有数の規模を誇る防塞都市コルンへと到着した。
高い石壁に囲まれ、冒険者や騎士たちで賑わう活気ある街だ。ここ数日の野営と迷宮生活からすれば、まさに天国のような場所だった。
「おおぉ……! 宿屋のベッドがふかふかです! しかも蛇口からお湯が出ます!」
アルトは宿の部屋で、ふかふかの枕に顔を埋めて感動の涙を流していた。
「迷宮クリアの打ち上げだ。夕食は奮発して一番いいものを頼んでおいた。ゆっくり風呂に入ってこい」
「はいっ!!」
『ノロマのくせに人間らしい生活が板についてきやがって! 俺様にも上質な魔力を食わせろ!』
その夜、宿の一階にある賑やかな酒場で、四人の盛大な宴が開かれた。
テーブルには山盛りの肉料理、新鮮なサラダ、そしてコルン名物だという『ハチミツがたっぷりと練り込まれた甘いパン』が並び、木製のジョッキが打ち鳴らされた。
「かんぱーいっ!!」
アルトはリンゴの果実水、ユートとミラは芳醇な麦酒だ。
「んん〜〜っ! 美味しい! 迷宮の干し肉と比べたら、このローストビーフは神の食べ物ね!」
「僕、こんな分厚いお肉、生まれて初めて見ました……!」
アルトが目を輝かせながら肉にかぶりつく。その隣で、ミラがユートの腕にすり寄っている。
「ねえユート、私にもアーンして? 迷宮では私の新魔法、大活躍だったでしょ?」
「……自分で食え」
「もうっ、照れないのよ!」
呆れ顔のユートと、テンションが壊れたミラ。
アルトはその賑やかなやり取りを、果実水を飲みながらとても幸せな気持ちで見つめていた。
(ずっと……このままでいられたらいいのにな)
ガラクタ市でバルと出会い、ギルドで馬鹿にされながら薬草を採っていた頃。たった数ヶ月前なのに、ずいぶんと昔のことに思える。最底辺で孤独だった自分に、こんな仲間ができるなんて想像もしていなかった。
「……アルト、どうした? 顔が緩んでるぞ」
「い、いえ! ただ、すごく楽しいなって。迷宮に入る前は、ディアルのことを思い出すだけで体が動かなくなるくらいだったのに……。今はもう、怖いけど……怖いだけじゃないって思えるんです」
アルトは両手をぎゅっと握りしめた。
「あの迷宮で、みんな変わりましたよね。ミラさんは氷が使えるようになったし、ユートさんもあの速い動きができるようになったし、バルだって——」
『俺様は元から完璧だ! なにも変わっちゃいねぇ!』
「……うん、バルはバルのままだね」
全員が笑った。
「もっと頑張って、いつか二人の背中をちゃんと預かれるくらい強くなりたい。……だからこれからも、一緒にいさせてください」
ミラがふにゃりと笑い、ユートが静かに果実水を注ぎ足した。
「ああ。頼りにしてるぞ、アルト。……乾杯だ」
「乾杯!」
ジョッキが鳴り、明るい笑い声が酒場に響いた。
美味しい食事、温かいベッド、そして何よりも固く結ばれた仲間との絆。
この街での日々が、ずっと続けばいい——アルトは心からそう思った。
窓の外では、防塞都市コルンの夜空に、穏やかな星が瞬いていた。




