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第22話:四つの歯車

 迷宮への侵入から、いつの間にか二日が経過していた。

 日の光が届かない地下では時間感覚が曖昧になるが、腹の減り具合と四肢にたまる疲労が確かな時の流れを教えてくれる。


 四人は比較的安全な小部屋を見つけ、短い野営を取っていた。

 モンスターを呼び寄せる危険があるため焚き火は起こせない。乾パンと干し肉を冷たい水で流し込むだけの侘しい食事だ。だが、不思議と悲壮感はなかった。


「……私の氷結魔法、だいぶ形になってきたと思わない?」


「はい。さっきの動く石像の群れも、ミラさんの氷で足止めしてくれたおかげで助かりました」


「ふふん。炎と氷を使いこなす天才魔道士って呼んでもいいわよ」


『ケッ、調子に乗るなトマト女。俺様がちょうどいい【デカいハンマー】を出してやったから砕けたんだろうが』


「あんたは黙って残飯(魔石)食ってなさいよ!」


 相変わらずのミラとバルの口喧嘩を聞きながら、ユートが静かに立ち上がった。

 休符を打つように、三人の視線がユートに集まる。


「そろそろ行くぞ。漂ってくる魔力の濃度が、ここから先は今までとは違う。……恐らく、次が最下層だ」


 アルトたちも力強く頷いて立ち上がった。

 迷宮での二日間は間違いなく過酷だった。無数の罠、見たこともないゴーレムたち。だが、そのすべてが今の四人の『歯車』を噛み合わせるための最高の研磨剤となっていた。


 通路を抜け、巨大な石の扉を押し開ける。

 四人がついに辿り着いたのは、これまでの無機質な空間とは全く異なる、広大で荘厳な——まるで地下神殿のような最深部の大広間だった。


「ここが……最深部」


 広間の中央には白亜の祭壇が鎮座し、その上には淡い光のドーム——結界に守られた『何か』が浮遊している。

 だが、アルトたちの視線を引き付けたのはその宝ではなかった。


 祭壇を守るように、静かに、まるで数百年もの間ずっと挑戦者を待ち続けていたかのように直立する一体の影。

 それは入り口で戦った四腕のゴーレムなどとは比較にならない——全身を滑らかな白銀の流線型装甲で覆われ、背中に光の輪のような魔力器官を背負った、美しくも恐ろしい人型の機動兵器だった。


「こいつは……」


 ユートが直剣を抜き放ち、極度の緊張を顔に走らせる。


「今までのような小手先の回路や罠じゃない。……純粋な『暴力の理』を具現化したようなヤツだ」


 白銀の機動兵器——『迷宮の守護者』ののっぺりとした顔に走る一本の亀裂が、血のような赤色に発光した。

 次の瞬間、床の石畳が爆発するように砕け散り、守護者の姿がフッと掻き消えた。


「上だっ!!」


 アルトの叫びと同時。

 ユートとミラの頭上から、音を置き去りにした白銀の踵落としが振り下ろされた。


 ガギィィィンッ!!


 ユートが咄嗟にミラを突き飛ばし、直剣の腹で防御姿勢を取る。火花が飛び散り、ユートが立っていた石畳がクレーター状に陥没した。


「ぐっ……重い……っ!」


 守護者は片足をユートの剣に防がれながら、顔の赤い亀裂を不気味に明滅させ、残りの足でユートの腹部を狙う。


「させないわよ! 『炎鎖』!!」


 ミラの炎で作られた鎖が守護者に巻き付いた。だが安堵は一瞬——守護者の背中の光の輪が強く輝いた瞬間、炎鎖がプツンと断ち切られる。


「嘘!? 私の拘束魔法を力任せに……!?」


「下がれミラ! こいつの物理的な出力は桁違いだ!」


 ユートが回避に転じ、反撃の剣閃を見舞う。だが守護者は超高速の斬撃を手刀だけでカンッ、カンッと完璧に弾き返す。


 アルトは少し離れた位置から必死に目を凝らしていた。

 ——試練で開き始めた「見る力」。今こそ使う時だ。


 意識を集中する。ぼんやりとだが、守護者の体内を流れる魔力の奔流が見え始めた。


『……チッ! あの白銀の鉄クズ、魔力を体内に極限まで圧縮してやがる。背中のあの光の輪が加速源だな!』


 バルの解析とアルトの魔力感知が一致した。


「アルト! どうするの! ユートがジリ貧よ!」


 ミラが炎弾を連射するが、守護者はステップ一つで全て躱す。ユートは完全に防戦一方だった。


 ——あいつの体の中を魔力が流れている。背中の光の輪で圧縮して、一気に解放して加速する。その瞬間だけ——


「見えた! あいつ、背中の光の輪から魔力を噴射して加速する瞬間、空中で足場のない状態になります! 着地の一瞬前は、絶対に軌道を変えられない!」


「軌道は変えられなくても、私の魔法じゃあの装甲は……!」


「装甲じゃなくていいんです! ミラさん、あいつが着地する瞬間に、床の石畳を一点集中の炎でドロドロに溶かしてください! 足元を不安定にすれば!」


 ミラの目が見開かれた。なるほど、装甲を貫刃できなくても、足場そのものを奪えば超高速の突進は致命的な隙を生む。


「バル! 一番硬くて、僕でもギリギリ持てる杭を出して!」


『チッ、ただの鉄の棒ならあるぜ! ほらよ、【無骨な鉄柱】だ!』


 アルトが引き抜いたのは、自分の身長ほどの長さがある、ひどく重い鉄の棒だった。アルトはそれを抱えるようにして走り、少し離れた床の石畳の隙間に斜めに深く突き立てた。


「ユートさん! あの鉄柱の場所にあいつを誘導してください!」


「分かった。任せろ!」


 ユートが防御を捨て、一瞬だけ攻勢に転じた。試練で掴んだ身体強化を脚に集中させ、爆発的な加速で守護者の注意を完全に自分に向ける。そのままアルトが立てた鉄柱の奥へと大きく跳躍した。


 守護者がそれを追い、背中の光の輪が爆発的に輝いた。砲弾のような速度でユートへ突進する——

 空中で軌道が固定された、まさにその瞬間。


「今よ! 『紅蓮の熱閃』っ!! ついでにこっちも補強してあげるわ、『氷壁』!」


 ミラの杖から、極太の炎のレーザーと冷気の波動が同時に放たれた。

 炎のレーザーは守護者が着地する直前の床を一瞬で融解させ、周囲の石畳ごと煮えたぎるマグマの沼へと変える。そして冷気の波動はアルトが突き立てた鉄柱の根元を包み込み、分厚い氷塊となって斜めに張られた鉄柱を強固に固定した。


 守護者は着地した瞬間、硬い足場ではなく粘ついた溶岩に足を取られた。超高速の勢いが生んだ突進力が足元で殺され、白銀の巨体が前のめりに倒れ込みそうになる——だがその胸部装甲が、氷でガチガチに固定された鉄柱と正面衝突した。


 ガァンッ!!


 凄まじい衝突音。前のめりの超高速突進が固定された鉄柱に激突したことで、強烈な反動が発生し、守護者の巨体は跳ね上げられるようにして「仰向け」に大きくのけぞった。

 無防備に天を仰ぐ形になったその胸部。装甲の継ぎ目が、衝撃でパキリと——コンマ数ミリだけ、露出する。


「ユートさん!! そこです!!」


 アルトの叫びと同時——ユートの体は既に守護者の真上、はるか頭上の空中にあった。

 彼もまたアルトが作り出す一瞬の隙を確信し、身体強化を全開にして、鉄柱を支点に跳ね上がる守護者の軌道上へと先んじて大跳躍していたのだ。


「秘剣——『絶天』」


 空から振り下ろされた直剣が、アルトがこじ開けた装甲の隙間に一寸の狂いもなく滑り込んだ。

 身体強化で増幅された渾身の一撃が、装甲の内部にある動力コアの魔石を正確に貫き、粉砕する。


「ピィィィィィィン……ッッ」


 断末魔の高周波が広間に響き渡り——守護者の光の輪がスゥッと消え、白銀の巨体がアルトの鉄柱に寄りかかるようにして完全に機能を停止した。


「……はぁっ……はぁっ……!」


 アルトが緊張から解放され、床に大の字に倒れ込む。

 ユートが静かに着地し、剣を鞘に収めた。


「すごいっ! 私たち、やったわよ!! この迷宮のボスを完璧な連携で……!!」


 ミラが歓声を上げ、倒れ込むアルトの手を引っ張って無理やり立たせた。

 ユートも歩み寄り、アルトの肩を力強く叩いた。


「見事だ。アルトの直感とあの不思議な目、ミラの魔法、バルの武器、そして俺の剣。四つの歯車が完全に噛み合った。この迷宮に入る前の俺たちでは、絶対に倒せなかった相手だ」


「はいっ……! 僕たち、本当に……!」


 アルトの胸に、かつてないほどの達成感が込み上げた。

 あの行商の子供に「かっこいい」と言われた時に感じた引っかかりが、今は確かな自信に変わっている。

 この連携なら——ディアルには届かなくても、きっとまだ登れる階段がある。


『さっさと魔石を食わせろ! 俺様は腹ペコなんだぜ!!』


 バルが歓喜の声を上げ、散乱した守護者の魔石の欠片に凄まじい勢いでかぶりつく。


 三人が笑い合い、バルの暴食を眺めていると——祭壇を守っていた光のドームが、主の沈黙と共にフワリと消滅した。

 祭壇の上には、淡い光を放つ古びた指輪が、静かに置かれていた。


「これは……」


 ユートが手を伸ばすが、指輪は反応しない。アルトが触れても同じだ。

 だがミラが何気なく指先で触れた瞬間——指輪が淡い光を纏い、ミラの手の周囲にうっすらと半透明の膜のようなものが一瞬だけ展開された。


「きゃっ!? な、何今の!?」


「……魔力に反応したのか。ミラ、もう一度触ってみろ」


 恐る恐るミラが指輪を握ると、再び淡い光の膜が手を覆った。触れている間だけ、見えない防壁のようなものが展開されている。


「どうやら、持ち主の魔力に反応して防壁を張る魔道具らしいな。俺やアルトには反応しなかった。魔力量の多い術者にしか適合しないのかもしれん」


「ミラ、君が持っておけ。後衛は防御が手薄になる。この先の戦いで、役に立つはずだ」


 ユートがそう言って、指輪をミラに差し出した。


「…………え」


 ミラの頬がみるみるうちに赤くなった。


「ゆ、ユート、から……ゆび、わ……?」


「魔道具だ」


「わ、わかってるわよ! わかってるけど……! そういう渡し方するから……!」


 ミラはぱっと指輪をひったくるようにして受け取り、背を向けてこっそり左手の薬指に嵌めようとして——ハッと我に返り、人差し指に嵌め直した。


『おいトマト女、顔がトマトより赤ぇぞ。完熟か?』


「う、うるさいっ!! あんたには関係ないでしょ!!」


 アルトはよく分からないまま首を傾げていたが、ユートは何事もなかったかのように祭壇の奥を調べ始めていた。


 ——と、祭壇の裏手にあった巨大な石壁が、守護者の停止に連動するように音を立ててスライドし始めた。


「……隠し通路?」


 アルトが覗き込むと、そこには上へと続く真っ直ぐな螺旋階段が伸びていた。

 階段の先からは、微かに外の冷たい空気が流れ込んでくる。


「試練の達成者用の帰り道か。あの罠だらけの道を引き返す気力は残っていなかったから助かる」


 ユートが安堵の息を吐く。あの重力反転やパズルのギミックを疲労困憊の体でもう一度逆走するのは、流石にゾッとする。


「さ、さあ! こんな埃っぽい遺跡からはさっさとおさらばしましょう!」


 まだ頬の赤いミラが、誤魔化すように声を張り上げる。

 魔石をあらかた食い尽くし『ゲップ』と満足げな音を立てるバルを背負い直し、アルトたちは螺旋階段を登り始めた。


 長い階段の先にある重い石の扉を押し開けると——そこは見覚えのある場所だった。

 一番最初に戦った、四腕のゴーレムの広間。その壁の裏側に出たのだ。


「——戻ってきた……!」


 アルトが叫ぶ。入り口の光が見えた時、四人の顔にこれまでにない鮮やかな笑顔が咲いた。

 その足取りには、この迷宮に入った時とは比べ物にならないほどの、確かな強さと絆が宿っていた。


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