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第19話:古代の足跡

 グランディスで物資を補充し、四人は北西の廃山脈を目指した。

 道中では何度か魔物と遭遇したが、その度に少しずつ連携の噛み合わせを取り戻していった。完璧には程遠い。だが、あの日のように固まって動けなくなることは、もうなかった。


 数日間の山歩きを経て、四人はついに廃山脈の奥深く——人の手が入った痕跡がほとんど残っていない、原始的な岩壁に覆われた谷間へと辿り着いた。


「……あれか」


 ユートが見上げた先に、それはあった。

 巨大な岩壁にぽっかりと口を開けた人工的な入口。その両脇には首の削げ落ちた石像が二体、門番のように朽ち果てながらも直立している。

 苔むした白亜の石で作られた門は、歳月の重みに押し潰されそうでありながら、不思議と崩れずに形を保っていた。まるで、次の挑戦者が来るのをじっと待ち続けているかのように。


「なんか……すっごい場所ね。遺跡って言うか、お墓みたい」


 ミラが不安げに門を見上げる。


「ユートさん、本当にここなんですか?」


「間違いない。『門に首のない番人が二体立つ崖の奥』。あの人が言っていた通りだ」


 ユートの言葉に迷いはなかった。かつて焚き火を囲んで勇者が語った言葉を、一言一句覚えている。あの人は笑いながら「いつか二人で行こう」と言った。結局それは叶わなかったが——今、ユートはここに立っている。


『……おい。門の中からプンプン匂うぞ。古い魔力だ。干からびてはいるが……それでもかなりの濃度だな。ここの石自体に、魔力が染み込んでやがる』


 バルが鼻を鳴らすように言った。


「よし。行こう」


 四人は警戒しながら門をくぐった。

 一歩踏み入れた瞬間、外とは全く異なる空気に包まれた。長年閉ざされた埃っぽさはなく、むしろピリピリとした魔力が肌を刺すように充満している。通路の壁や床にはうっすらと発光する幾何学模様——古代の魔法陣の痕跡が描かれていた。


「これ、魔法の罠ですか?」


「罠と言うよりは、建物全体が一つの巨大な魔道具のような構造になっているようだな」


 ユートが壁の紋様を指でなぞる。紋様はかすかに振動するように明滅しており、まるで遺跡そのものが呼吸しているかのような錯覚を覚えた。


 四人が最初の通路を抜け、広い円形の大広間に出た時だった。

 背後から「ガロロロロ……!」という地鳴りのような轟音が響き、巨大な石の扉が落下して退路を完全に塞いでしまった。


「えっ——閉じ込められた!?」


 ミラが慌てて炎弾を叩きつけるが、石の扉には焦げ目一つ付かない。

 さらに、広間の奥から金属が擦れる重い音が反響してきた。


「構えろ!」


 ユートの鋭い声と同時に、暗闇から這い出るように姿を現したのは、全身を錆びた装甲に包んだ巨大な自動人形——四本の腕を持つゴーレムだった。

 右上に剣、右下に槍、左上に斧、左下に無数の刃がついた盾。四つの異なる武器がそれぞれ独立して動いている。


「生きた魔物じゃない……古代の防衛機構ってわけか」


「私の炎で溶かして——」


「待ってください、ミラさん!」


 アルトが叫んだ。ゴーレムの胸の装甲の奥に、ミラが杖を構えた瞬間から不気味な赤い光が脈動し始めていたのだ。


「あそこ、すごく嫌な感じがします。熱を吸い込むような……炎を撃ったら、もっとマズいことになりそうです!」


「アルトの直感は正しいかもしれない。ミラ、魔法は待て。恐らくあの胸には、熱や魔力を吸収する——あるいは跳ね返す仕掛けがある」


 ユートが鋭い目でゴーレムの胸部を睨みながら告げた。


「じゃあ物理で! ユートの剣で!」


「ああ——」


 ユートが一瞬で懐に飛び込む。だが直剣が胴体を薙ぎ払おうとした瞬間、四本の腕のうちの二本——盾と剣が人間にはあり得ない関節の動きで完全にユートの剣を挟み込んだ。残りの二本が頭上から容赦なく襲いかかる。


「くっ……!」


 咄嗟に剣を引き抜いて跳躍回避。装甲も厚い。力押しでは崩せない。


「……魔法もダメ、剣も防がれる。どうすれば……」


 焦るミラの横で、アルトはゴーレムの四本の腕の挙動を、一瞬たりとも見逃すまいと目を凝らしていた。

 恐怖で強張る体を必死に抑え込み、ひたすらに『観察』する。

 この完璧に見える防衛機構にも、絶対にどこかに綻びがあるはずだ。


 ——そして、アルトの観察眼はそれを見つけた。


「ユートさん! あいつの四本の腕、独立して動いてるように見えますけど、右上の剣と左下の盾だけ連動しています! 剣を大きく振らせたら、盾の防御が一瞬だけ甘くなる!」


「……それを利用しろと?」


「はい! バル!」


『フン! お見通しだぜ! ほらよ、【鎖鎌もどき】だ!』


 アルトが引き抜いたのは、柄の先から二本の紐が伸び、先端に重りのついた奇妙な武器だった。


「ユートさん、わざと右上の剣を大きく振りかぶらせてください! その瞬間に僕がこの紐で盾を絡め取ります! ミラさん、盾が外れたら、火じゃなくて風の魔法で紐をさらに引っ張ってください!」


「風の魔法? 私、炎が専門なのよ!?」


「初級でいいんです! 紐を引っ張る力さえあれば!」


 ミラが一瞬だけ口を引き結んだ。風の魔法——師匠に教わった基礎中の基礎。炎が一番強いからと、まともに練習しなかった魔法。だが今は、その「練習しなかった引き出し」を開ける時だ。


「分かったわ! やってやろうじゃない!」


 ユートが地を蹴り、再びゴーレムの懐へ飛び込んだ。右上の剣を誘うように大振りの斬撃を見舞い、その連動で左下の盾がわずかにブレた瞬間——


「いっけえぇぇっ!!」


 アルトの鎖鎌が盾の関節の隙間に絡みつき、ミラの風魔法がそれを強引に引き剥がす。


「ギギギィッ!?」


 体勢を崩したゴーレムの、守りの消えた胸の中心に、ユートの直剣が深々と突き刺さった。


「秘剣——『雷鳴』」


 コアの魔石が粉砕され、四腕のゴーレムが重々しい金属音と共に崩れ落ちた。


「やったぁっ!!」


 ミラが歓喜の声を上げる。アルトも崩れ落ちそうな膝を必死に支えながら安堵の息を吐いた。


「見事だ、アルト。君の目がなければ長引いていた」


「僕だけじゃないです。ミラさんの風魔法のタイミングが完璧でした」


「ふん……初級の風よ。でもまぁ、ちょっとだけ気持ちよかったかも」


 ミラが照れ隠しに鼻を鳴らす。

 バルが散らばったゴーレムの魔石の欠片を「不味い」と文句を言いながら食い尽くした頃、広間の奥の壁が重々しい音を立てて開き、新たな通路——いや、小部屋への入口が姿を現した。


 その入口の前に立った瞬間、四人の頭の中に直接、低く重い声が響いた。


『——一人にて入れ。汝に足りぬものを映す』


「今の声……頭の中に直接響いてきましたよね」


「ええ。遺跡の魔法かしら……。一人ずつ入れってことね」


「そうらしいな。バルはアルトと一緒だから実質三人だが。……行くか?」


 沈黙は一瞬だけだった。


「行くわよ。せっかくここまで来たんだもの」


 ミラが最初に一歩を踏み出し、石の扉に手を触れた。

 その瞬間、びくりと彼女の体が強張る。


「——っ! 何、これ……中まで見透かされてるみたい……」


 次の瞬間、扉が淡く発光し——ミラの姿が光の中に吸い込まれるようにして、ふっと広間から消え去った。


「ミラさん!?」


「……何が起きたかは分からないが、魔法が作動したんだろう。行け、アルト」


「……は、はい」


 アルトが恐る恐る扉に手を触れると、ミラが言った通り、全身の内側をそっと撫でられるような不思議な感覚が走った。気味悪さよりも、底知れない何かに見定められているようなプレッシャーだ。


「……行ってきます、ユートさん」


「ああ。先で待っていろ」


 アルトの姿もまた、光の中に消える。

 広間に一人残ったユートは、静かに扉を見つめ、そっとその冷たい石に手を置いた。


「……頼むぞ。あいつらを、強くしてやってくれ」


 全身を撫でる奇妙な感覚。

 ユートの体も光に包まれ——広間には、完全な静寂だけが残された。


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