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第15話:廃墟の里と、這い寄る影

 深い森を数日かけて進み、四人はついに目的の地——妖精の隠れ里へと到着した。

 だが、そこにはかつての美しい風景の欠片すら残っていなかった。


「……酷い」


 アルトが思わず言葉を失う。

 巨大な古木をくり抜いて作られた家々は無残にへし折られ、美しい花畑は黒々と焼け焦げている。木々には巨大な爪痕が深く刻み込まれており、それが小規模な魔物の群れによる被害ではないことを雄弁に物語っていた。


 ユートの表情から、完全に感情が抜け落ちていた。

 彼は無言で焼け焦げた花畑の中心へと歩み寄り、灰になった花弁を掬い上げると、剣の柄を強く——それこそ指の骨が軋むほど強く握りしめた。


「ユート……」


 ミラが心配そうに声をかけるが、ユートは応じない。その背中からは、今まで見たこともないような凄まじい冷気と、どす黒い怒りが立ち昇っているように見えた。


「ユートさん! 右奥の崩れた樹の家から、すごく嫌な気配が……!」


 アルトは肌が粟立つような感覚に襲われ、廃墟の中に潜む尋常ではない魔力の塊に気づいた。

 それは、グランディス周辺で遭遇したゴブリンやオーク、そしてあの強大だった漆黒猿ブラックエイプすらも比較にならないほど、濃密で禍々しい気配だった。


『……チッ。臭ぇ臭ぇ臭ぇ! 魔力の濃度だけなら極上だが、不味すぎてヘドが出そうだぜ! ノロマ、気をつけろ! これはただの魔物の寄り合いじゃねぇ!』


 背中のバルすらも、かつてないほどに警戒の声を上げる。

 その直後、アルトが指差した崩れた家屋の陰から、『それ』は姿を現した。


「——誰かと思えば。先日グランディスで私の飼い犬(漆黒猿)を殺した、虫けらどもか」


 現れたのは、奇妙な姿をした存在だった。

 長身で痩せこけた体躯。漆黒のローブを纏っているが、その下から覗く肌は病的なまでに青白く、額からは山羊のような捻れた二本の角が生えている。

 そして何よりアルトたちを戦慄させたのは、その存在が『流暢な人間の言葉を話した』ということだった。


「お前が……この里をこんな風にしたのか」


 ユートの声は、地の底から響くように低かった。

 角の男は不気味な笑みを浮かべ、ローブの下から青白い手を突き出した。


「いかにも。偉大なるディアル様の命でこの里を襲撃したのは私だ。少々手荒に『探し物』の行方を聞いてみたのだがな……薄汚れた妖精どもは、一向に口を割らなくてな」


「探し物……?」


「ああ。幾人かには逃げられてしまったがな。どいつもこいつも痛めつけても何にも知らぬ故、私はそれからずっとこの瓦礫の山を漁らされている。だが完全に無駄足だった。……グランディスの飼い犬も消え、収穫ゼロで戻ればディアル様にどう処罰されるか。あぁ、忌々しい」


 男は苛立たしげに舌打ちをすると、アルトたちを見下した。


「だが、ちょうどいい。グランディスの邪魔者どもをここで始末して手土産にすれば、少しは機嫌も直るだろう」


「……魔族、ね。生で見るのは初めてだけど、随分と上から目線じゃない」


 ミラが杖を構え、挑発的に笑い返す。

 だが、その手は微かに震えていた。彼女の強大な魔力センサーが、目の前の男——『魔族』が、今までの敵とは全く次元の違う力を持っていることを本能で察知していたのだ。


「魔族……」


 アルトは生唾を飲み込んだ。

 おとぎ話や伝承の中だけで語られる、人間と敵対し、魔王に付き従うとされる恐るべき種族。

 魔力を媒介(魔道具など)を介さずに直接行使できる彼らは、人間にとって悪夢そのものだ。


「アルト、ミラ」


 ユートが静かに、だが冷徹な声で指示を出す。


「奴はこれまでの魔物とは違う。殺意も知能も、魔力も桁違いだ。……一切の油断をするな。俺がまず突っ込む」


「っ……はい!」

「任せなさい!」


 ユートの言葉と共に、戦闘の火蓋が切って落とされた。

 ユートが地面を蹴り、一瞬にして魔族の懐へと肉薄する。これまでどんな魔物も撫で斬りにしてきた流星のような一閃が、魔族の首筋を的確に捉えた。


 ——しかし。


 ギィィィンッ!!


「なっ……!?」


 ユートの剣は、魔族の首に届く寸前で、目に見えない強固な『見えない壁(魔力の障壁)』によって弾き返されたのだ。

 オークの丸太ごと両断するほどの剣閃を、魔族は指一本動かさずに防いでみせた。


「遅いな、人間の剣士。私に触れたくば、もっと魔力を込めて振るうことだ」


 魔族は嘲うようにそう言うと、青白い指先をユートに向けた。


「『黒死のダーク・ニードル』」


 無詠唱。

 それだけで、空中に無数の黒い魔力の針が生成され、散弾銃のようにユートへと放たれた。


「ユートッ!!」


 ミラの悲鳴が響く。ユートは咄嗟に剣の腹で急所を守ったものの、防ぎきれなかった針が肩や太ももを容赦なく貫き、鮮血が舞った。


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