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第14話:焚き火の夜、静かなる剣

 妖精族の隠れ里を目指し、四人は再び王都近郊の森を抜け、さらに東へと足を進めていた。

 グランディスを出発してから三日。道中の魔物はユートとミラの圧倒的な火力で蹴散らし、不意打ちはアルトが気付いて未然に防ぐ。戦闘面での連携はますます強固なものになっていたが、パーティの雰囲気はどこか重苦しかった。


 原因はユートだった。

 地下水道で事件を解決して以降、彼は目に見えて口数が減っていた。野営の準備や見張りの指示など、必要なことはこなすものの、焚き火を囲んでの雑談にはほとんど加わろうとしない。

 いつも通りバルとくだらない言い争いをしていたアルトも、ミラの空回り気味のアプローチも、そのピリピリとした空気に少しずつ押し黙るようになっていた。


「……ねえ、アルト」


 四日目の夜。

 交代制の見張りで、ユートが少し離れた岩の上で周囲を警戒している間、ミラが焚き火のそばに座るアルトに小声で話しかけてきた。


「ユート、ずっとあんな感じなんだけど……妖精族の話を聞いてからよね? アナタ、何か知ってる?」


「僕も詳しくは……」


 アルトはパチパチとはぜる火の粉を見つめながら、地下水道へ向かう道中でユートがこぼした言葉を思い返した。


「ただ……昔一緒に旅をしていた人が、妖精族に関係していたみたいです。『その血のせいで謂れのない迫害を受けていた』って」


「昔の仲間……? 女性かしら」


 ミラの声が少しだけ固くなるのを、アルトは敏感に感じ取った。


「その人のことが、隠れ里が襲撃されたことと関係があるのかもしれないですね」


「……そう。だったら、なおさら私たちがユートを支えてあげなきゃダメじゃない。あんなに一人で抱え込んでるみたいな背中、見てられないわ」


 ミラの言葉には、いつも『自分の最強の魔法を見て!』と自己主張ばかりしていた彼女とは思えない、純粋な気遣いがこもっていた。

 アルトは少し驚いたようにミラを見た。


「なんだよ、その目は」


「いえ……ミラさんって、意外と優しいとこあるんだなって」


「意外と、は余計よ! 私は未来のユートのお嫁さんなんだから、旦那の心配事くらい共有して当然でしょ!」


 フンッと鼻を鳴らしたミラだが、その瞳は本当にユートを案じているようだった。

 そんな二人のやり取りを、背中のバルはいびきをかきながら(魔道具のくせにいびきをかくのだ)完全に無視して眠りこけている。


 数時間後。見張りの交代の時間になり、アルトはユートの元へ歩み寄った。


「ユートさん、交代の時間です」


「……ああ。すまないな、少し考え事をしていて時間が過ぎていた」


 岩から降りてきたユートの顔には、焚き火の光を受けても消えない深い疲労の色が浮かんでいた。肉体的な疲れではなく、精神的な何かに苛まれているような、そんな虚ろな表情だった。


「あの……ユートさん」


 アルトは、ミラの言葉に後押しされるように、気になっていたことを口にする決心をした。


「その剣、いつも手入れしてますよね。すごく大事そうですけど、何か理由があるんですか?」


 ユートの腰に差された直剣。

 つばの装飾は恐ろしく緻密で美しく、刀身はどれほどの魔物を斬り伏せようと刃こぼれ一つせず、常に冴え冴えとした銀色の光を一筋帯びている。

 一流の鍛冶師が打った名剣であっても、使い込めば必ず傷がつく。だが、あの剣からは『傷』という概念すら感じられない。まるでそれ自体が特別な力を帯びた、神聖なアーティファクトであるかのように。


「……これか」


 ユートは自分の腰の直剣へ視線を落とし、愛おしむように、そして酷く悲しそうに柄を撫でた。


「俺が打ったものでも、買ったものでもない。……昔、一緒に旅をしていた『大切な人』から、託されたものだ」


「大切な人……」


「その人は、世界で一番強くて、優しくて……同時に、世界で一番不器用な人だった。背負わなくていいものまで全部背負って、自分勝手にこれを置いていってしまったんだ」


 ユートの言葉は、まるで告解のようだった。

 焚き火のパチパチという音だけが響く中、アルトは彼が抱える深い喪失感と、何かに取り憑かれたように強さを求める危うさの理由に、少しだけ触れた気がした。


「俺は、こいつを返しに行くんだ。もう一度あの人を見つけ出して、一発ぶん殴って……そして、並んで歩くために」


「見つかりますよ、きっと」


 アルトは真っ直ぐにユートの目を見た。


「ユートさんはすごく強いです。でも、もし一人で辛い時は、僕たちを頼ってください。僕は一番下っ端のノロマだし、ミラさんは怒りっぽくて魔法をぶっ放すし、バルは性格最悪ですけど……でも、僕たちはユートさんのパーティですから」


 アルトのその言葉に、ユートは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 そして、先ほどまでの張り詰めた空気をふわりと解くように、これまでで一番穏やかな笑みを浮かべた。


「……そうだな。君の言う通りだ。一人で抱え込んで、君たちに余計な心配をかけてすまなかった」


「いえ。……でも、バルが『マズい魔力に当てられてユートが湿っぽくなってやがる』とか文句言い出す前に、少し寝た方がいいと思いますよ」


「ははっ、違いない」


 ユートが静かに笑い、アルトと見張りを交代して焚き火のそばの毛布へと潜り込む。

 ミラの寝息と、バルの妙ないびき(時々歯ぎしり)が響く中、アルトは岩の上に座り、星空を見上げた。


(僕たちは仲間だ。……だから、絶対に見つけよう。ユートさんの探してる人を)


 アルトの心には、ユートやミラと共にこの先もずっとパーティとして旅を続けたいという、強い願いが芽生えていた。

 最弱の初心者から、かけがえのない仲間へと、彼らの絆は確かに深まっていた。


 ——だが。

 その数日後、彼らが踏み入ることになる妖精の隠れ里の無残な跡地で。

 この希望に満ちた決意が、どれほど脆く儚いものだったのかを、アルトたちは文字通り『次元の違う絶望』をもって思い知ることになるのだ。

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