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第13話:それぞれの持ち味

「グォォォォンッ!!」


 地下水道の空洞に、漆黒猿ブラックエイプの鼓膜を破るような咆哮が響き渡った。

 配下のホブゴブリンたちを一掃されたことに激昂したのか、体長三メートルを超える巨体が、見た目に反する恐るべき俊敏さで前衛のユートへと躍りかかる。


「速いっ……! ユートさん、右から三連撃来ます!」


 アルトの叫びと同時に、丸太のように太い剛腕が風を切り裂いてユートを襲った。

 一撃目、二撃目をユートは剣の腹で巧みに受け流す。しかし、巨体の生み出す圧倒的な膂力りょりょくはそれだけでユートの体勢を崩しかけ、続く三撃目の回し蹴りが致命的なタイミングで放たれた。


「くっ……!」


 ユートが咄嗟に防御姿勢を取るが、まともに受ければ無傷では済まない。

 その瞬間。


「あんたの相手はこっちよ、毛ダルマ! 『爆ぜる熱波フレイム・バースト』!」


 後衛から放たれたミラの魔法が、凄まじい熱量を持って漆黒猿の顔面横で炸裂した。

 直撃こそしなかったものの、小規模な爆発の衝撃と熱風に驚き、漆黒猿の蹴りの軌道が僅かにそれた。ユートはその一瞬の隙を見逃さず、後方へ跳躍して間合いを取り直す。


「助かった、ミラ!」


「当然よ! 感謝のキスでもしてくれていいわよ! ……って、きゃあっ!?」


 ミラがウィンクをした直後、顔面を焼かれて激怒した漆黒猿がターゲットを彼女へと変更し、巨大な瓦礫を掴み取って力任せに投げつけてきた。


『あっぶねえっ! バカ女、戦場でよそ見すんじゃねぇ!』


 バルの文句と同時に、アルトが身を挺してミラの前に飛び出した。

 アルトの両手には、先ほどバルから引き抜いた『先端が異常に重く、アンバランスな双剣』が握られている。


「大丈夫です、ミラさん! ……これなら!」


 アルトはその双剣を、まともに振るのではなく『独楽こま』のようにその場で体を捻って回転させた。遠心力で極端に重い刃先が加速し、飛んできた巨大な瓦礫に下からカチ上げるように衝突する。


 ガァンッ!!


 双剣は甲高い悲鳴を上げて砕け散ったが、瓦礫の軌道は見事に天井へと逸れ、二人の頭上を通り過ぎて後方で砕けた。


「す、すごいアルト! あんな重そうな武器で……!」


「い、いやぁ、手首が千切れるかと思いましたけど……バルが『重さ』をわざと極端にしてくれたから弾けたんです」


『フン! お前みたいな非力なノロマがなかなかうまく俺様の特注品を使うじゃねぇか! さっさと次の武器を引き抜け!』


 アルトは痺れる両手を振りながら、再びバルの口の中に手を突っ込む。

 引き抜いたのは、今度は刃の片面だけがギザギザになった『のこぎりのような歪な長剣』だった。


「これなら……いけます!」


 アルトは、漆黒猿の不規則な動きと魔力の流れに少しずつ慣れ始め、次にどう動くか直感で分かりかけていた。


「ユートさん! 奴は怒りで攻撃が単調になってます! 踏み込みの瞬間、右足の重心が一瞬遅れる癖がある! 次の突進のタイミングで、右膝の関節を狙ってください!」


「分かった!」


「ミラさんは、ユートさんが体勢を崩した瞬間に、奴の左目に最大火力を! 盲点を作ってやれば、完全に隙ができます!」


「オッケー! 任せなさい!」


 誰もが、最弱の初心者であるアルトの指示に一縷の疑いも持っていなかった。

 彼が時折口にする『妙な勘』が、戦いの中で不思議とピンチを救ってくれることに、この数日の戦闘で二人は気づき始めていたからだ。


「グオォォォッ!!」


 再び漆黒猿が咆哮を上げ、ユートへと一直線に突進してくる。

 アルトの読み通り、怒りに任せたその動きは先ほどよりも単調で、右足の踏み込みがほんのわずかに——コンマ数秒の世界で遅れていた。


 ユートの研ぎ澄まされた剣技が、その一瞬の遅れを完璧に捉えた。

 流れるようなステップで突進を躱したユートの剣が、漆黒猿の右膝の裏(関節の隙間)を深々と切り裂く。


「ギャァッ!?」


 体勢を大きく崩し、漆黒猿が前のめりに倒れかかる。

 その瞬間、ミラが完璧なタイミングで詠唱を完了させていた。


「焦げなさい! 『紅蓮の熱閃スカーレット・レイ』!!」


 極太の炎のレーザーが、漆黒猿の左目周辺を直撃する。

 激痛と、左半分の視界を奪われたパニックで、巨獣は無我夢中で腕を振り回した。


「今だっ……!」


 アルトは左の視界が奪われた死角——まさにその左側から、音もなく忍び寄っていた。

 そして、手にした『鋸のような歪な長剣』を、漆黒猿の分厚い毛皮の僅かな継ぎ目、左脇腹の柔らかい部分へと深々と突き立てた。


「ガァァァァァッ!!?」


 ただ突き刺しただけではない。鋸状の刃が肉を食い破り、引き抜く際にも強烈なダメージを与える構造が、魔獣の致命傷となった。

 アルトの一撃で完全に動きが止まった漆黒猿の首を、跳躍したユートの渾身の一振りが、ついに切断した。


 ドォォォン……!


 巨大な質量が、ついに地下水道の汚水の中に沈んだ。

 しばらくの静寂の後、ミラが杖を放り投げて歓声を上げた。


「やったぁぁぁっ! 倒したわよ! 私たちの完璧なコンビネーションの勝利ね!」


「ああ……本当だな。アルト、最後の一撃は見事だった」


 ユートも剣を鞘に収めながら、アルトの肩をポンと叩いた。


「い、いえ……ユートさんとミラさんが隙を作ってくれたおかげです。それにバルの……」


『フハハハッ! そうだノロマ! ついに俺様の極上武器の使い方が分かってきたようだな! その調子でどんどん魔物を倒して、美味い魔力を寄越せ!』


「……はいはい。後でこのボスの魔石、全部食べさせてあげるから少し黙ってて」


 アルトは大きく息を吐き出しながら、ようやく安堵の笑みを浮かべた。

 ミラの圧倒的な火力、アルトの機転とバルの変則的なサポート、そしてユートの絶対的な前衛。誰が欠けても勝てなかった相手を、四人の『それぞれの持ち味』で打ち破ったのだ。

 それは、この急造パーティが真の意味で結束した、確固たる瞬間だった。


 事件の証拠品である奪われた物資と、漆黒猿の巨大な魔石を持ち帰った四人を、街の冒険者や騎士団は驚きと称賛で迎えた。

 妖精族の容疑は完全に晴れ、彼らは街の人々から誤解を解かれただけでなく、スラムの妖精族の代表から深く感謝されることになった。


「本当に、何とお礼を言って良いか……。あなた方のおかげで、我々は肩身の狭い思いをせずにこの街で暮らしていけます」


 老齢の妖精族が、深く頭を下げる。

 ユートは少しだけ悲しげな目を伏せながら、「気にするな」と短く返した。

 しかし、その妖精族の口から出た次の言葉が、ユートの表情を再び険しいものへと変えた。


「……実は、我々がこの街へ逃げてきたのには理由があるのです。我らが故郷——東の森の奥深くにあった『妖精の里』が、何者かによって襲撃され、壊滅状態に陥りましてな」


「襲撃……? 魔物の群れか?」


 ユートの問いに、老妖精は首を横に振った。


「いえ、もっと……恐ろしく、知恵のある者たちのようでした。生き残りの話によれば、彼らは『人間の言葉を解し』、まるで何かを探すように里を荒らし回っていたと……」


「人間の言葉を解す……」


 ユートの呟きは、ひどく冷たかった。アルトにも、それが『魔物』ではなく、より上位の悪意ある存在——『魔族』を示しているのだと、理解できた。


「俺たちは、その隠れ里の跡地を調査することにする。……行くぞ、アルト、ミラ」


 ユートの後ろ姿は、普段の穏やかさを欠き、どこか急き立てられるような焦燥感に満ちていた。

 

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